【十五話目】小百合と秋山(後編)

「本っっ当にごめん!!」

 映画館を出ると、秋山が公共の門前なのにも関わらず、膝をつきながら顔の前で手を合わせて、小百合に謝罪する。



「そんなに眠いならデートなんてせずに寝てればいいのに」

 行き交う人の視線を気にしつつも、小百合は唇を尖らせて嫌味を言う。



「いや、マジでごめんって!後で埋め合わせちゃんとするから!」

 小百合は、溜め息をつきながら、もういいからと秋山を諌める。



「それで?この後どこ行くの?」

「え?」

 秋山は、目をぱちくりさせながら、小百合を見る。



「デート。まさか映画観て終わりじゃないでしょ?」

 秋山はすかさず立ち上がると、腕時計を確認すると、十二時を回っていた。

「じゃあ、飯でも食いに行こっか?」



 小百合は空腹具合を確認するが、先程ポップコーンを食べたばかりだが、空いてると言えば空いてるし、空いてないといえば空いてないしと、微妙なところで、暫し考える。



「と言うか、秋山先輩、お腹空いてます?」

「んー、まぁ微妙なとこではあるけど、小百合ちゃん、空いてない?」

「微妙なところですね…」

 秋山は、腹に手を当てながら、だったら、とある提案をする。



「ちょっと散策してからにしよっか?」

「そうですね」

 そういうと、秋山は小百合の手を引いて、駅に向かった。



◇◆◇



 二人は、電車で一駅分揺られたところで降りると、ただ黙って十分程歩いた。

「お、見えて来た」

 先頭を切って歩いていた秋山が、声を上げると、自然の先にはいつの間にか水平線が広がっている。



「海…」

 小百合がポツリと呟くと、秋山は突然走り出した。

「海まで競争!」

「えっ、狡い!」



 小百合は、慌てて秋山の後ろを追いかける。

 秋山の方が先に走り出したのに、あっと言うまに追い越してしまう。

 どんどん距離が離れて行き、小百合の方が先に辿り着いた。



 秋山は、一キロも走ってないのに、息が荒く、辿り着くなり、砂浜に大の字になって寝転んだ。

 海には、まだ夏休みが始まる前だからか、そこまで人はおらず、サーフィンや海水浴を楽しんでる人で、ちらほらいた。



「あー!しんどっ!」

「先輩、遅い。筋トレして鍛えたんじゃなかったんですかぁ?相変わらずもやしなんだなら」

 秋山の顔を覗き込みながら、嫌みを言う小百合に、秋山は小百合の腕を掴んで、引き寄せた。



「きゃっ!」

 小百合は、突然視界が暗転して、そのまま秋山の上に転倒した。

「あんまりもやしもやし言うと怒るぞ」



「怒っても別に怖くないですよー。あたしのが強いし」

 まだ憎まれ口を叩く小百合に、秋山は唇を尖らせると、小百合を抱き締めた。

「ちょっ、何するんですか!離して下さい!」



「あんまり生意気なことばっか言うからお仕置き」

「なんですか、それ」

 先程、全速力で走ったからか、汗の匂いが鼻に付く。

「離して下さい…。汗臭いから…」



 無理矢理引き離そうとするが、力が強くて押し返せない。

 自分の方が強い筈なのに、小百合は唇を尖らせる。

「ってか、あたし達まだ付き合ってないのに、手出すの早すぎ…」



 その言葉が引き金になったか、秋山は小百合を引き離す。

 小百合は安堵の息を付こうとしたが、秋山のどこか悲しそうな目を直視してしまい、言葉に詰まってしまった。



「やっぱり、俺のこと嫌い?」

 小百合は、俯いて歯切れ悪く言葉を紡ぐ。

「別に、嫌いって訳じゃ…」

「じゃあ、好き?」



 小百合はとうとう押し黙ってしまった。

 嫌いならきっぱり嫌いと言えばいいのに、言葉が出て来なかったのだ。

 ただ自分は筋肉フェチだから、秋山みたいな男など今で全然眼中になかった。



 どんなに、しつこく告白されても、きっぱり断り続けて来たのに。

 でも、花子の話を聞いてたからか、秋山は今までの男とは違う、最近はそう思えるのだ。



 だが、これは好きと言う気持ちで合ってるのだろうか?

 花子から秋山の話を聞く度に、秋山のことばかり考えてしまう。

 秋山がいると、なんだかいつもと同じ景色が、一層輝いて見える。



 それを恋と呼んでいいものか、小百合は訳が分からなくなってしまっていたのだ。

 暫く押し黙っていた小百合は、ゆっくりと口を開く。



「ごめんなさい…。正直、分からないんです。好きなのか、嫌いなのか…。だから、なんて返事したらいいのか分からなくて…」



 ポツリポツリと紡ぐ言葉は、恐らく本心なのだろうと、秋山は今にも泣きそうな小百合を見ると、優しく微笑み、頭を撫でた。

「そっか。だったらいいや。嫌いじゃないんなら。好きになってくれるまで、頑張るからさ」



 そういうと、秋山は小百合を下ろし、徐に裸足になり、ズボンの裾をまくると、海に向かって走り出した。

「うはー!気持ちいい!」

 その様子を見ていた小百合も、ワンピースを腰の位置で絞り、裸足になり秋山の後を追いかける。



「ほんとだ、冷たい!」

 足を浸すと、冷たい水が心地いい。

 海なんて、本当に何年振りだろうか。

 小百合はそんなことを考えながら、暫く秋山と海で遊んだ。



◇◆◇



 小一時間くらい経っただろうか、はしゃいだらお腹が空いて来た。

 秋山は、最初から海に行くつもりだったらしく、用意していたタオルを、小百合に渡す。

「なんだ、最初から海行くつもりだったんじゃん」



 笑いながら小百合は、タオルを受け取り濡れた足を拭く。

 洗濯してから返す、と小百合は綺麗に畳んで、鞄の中に入れた。

「あー、お腹空いた!」



 腹を押さえながら、小百合が大声で言うと、秋山も笑いながら反復する。

「俺も、腹減って来た」

「何食べる?」



「んー、そうだなぁ…。喫茶店でハンバーガーとか?」

「だったら、美味い店知ってるから、行こ!」

 秋山は、小百合の手を引くと、駅に向かって歩き出した。



 電車の中は、今朝と比べて結構混んでいて、熱気が不快指数が上がりそうになる。

 十分程我慢して辿り着くと、秋山が先頭を切って、ハンバーガー屋に向かっていると、どこかで見た家族連れが、こちらを目掛けて歩いて来る。



「あれ、藤田先輩じゃないっスか!」

「おー、秋山、奇遇だな」

 小百合がきょとんとしてると、秋山がバイト先の先輩の藤田藤也だと紹介されて、頭を下げる。



「なんだ、彼女か?可愛いじゃねぇの。まぁ、俺の奥さん程じゃねぇけど」

 悪戯な笑みを浮かべながら、ちゃっかり自慢も交えて聞く藤田に、秋山は苦笑いながら否定する。

「残念でした、彼女じゃないですよ、まだ」



「まだってことは、近いうちになるってことか?」

「そうなるよう、精進中です」

「そっか、頑張れよ。つーか、お前今日朝からバイトだったのに、良く体持つよなぁ。やっぱ若さか?」

「えっ?」

 初めて聞く話に、小百合は目を見開いて秋山を見る。



「せっ、先輩その話はっ!」

「あれ、言ってねぇの?そりゃ悪かったな。こいつ、今日朝六時から九時までバイトだったんだよ。ちょっと、朝勤の奴が休んでてさ。ま、倒れねぇように、な」

 ポン、と秋山の肩を叩くと藤田は、自分達とは逆方向に歩いて行った。



「ったく、余計なことを…」

 唇を尖らせながら、悪態を付く秋山に、今まで知らずに文句を言ってた自分が恥ずかしくなり、小百合は俯いた。



「今の話、本当なんですか?」

「ああ、気にしなくていいから。行こう」

「なんで黙ってたんですか?それならそうと言ってくれたらいいのに…っ!」

 


 声を荒げる小百合に、秋山は溜め息をついて、小百合の頭を撫でる。

「いいんだって。俺が言いたくなかったから、言わなかったんだ。小百合ちゃんが気にすることねぇよ」

 そういうと、秋山はまた小百合の手を引いて歩き出した。



 目的の店に付くと、そこはチェーンではなく、コジャレた若い人向けのコーヒー屋だった。

「いらっしゃいませ!」

「予約してた、秋山です」

「秋山様ですね、ご案内します」



「ここも、予約してたんですか?」

「当然」

 案内された席に辿り着くと、秋山は上座の方の席を譲り、下座の席に座った。



 小百合は、ぐるりと店内を見渡すと、年季の入った梁や、昭和レトロな飾りがいい雰囲気を醸し出していて、アメリカンなBGMがとても落ち着く店内である。



 店員が、お冷やと一緒にメニューを差し出すと、定番品から見たことのないメニューやらががズラッと並んでいる。

「なにする?」

「オススメとかありますか?」



「なんでも美味いからなぁ。俺がよく食うのは、ビーフチーズバーガーだけど」

「じゃあそれ!」

「いいの?」

 さっさと決めてしまう小百合に、秋山は思わず聞き返してしまう。

「チーズバーガー大好き」



 歯を見せながら悪戯に笑う小百合に、じゃあ俺も、と秋山も同じ物に決める。

「ドリンクは?」

「んー…。アイスミルクティーで」

「じゃあ、俺はコーラで。あとオニオンリングとかは?」



 小百合は少し悩んだが、惹かれる物を感じ、頼むことにした。

「店員さん呼んでいい?」

 メニューを閉じながら、小百合が頷くと、秋山は店員を呼んだ。



 注文して、十分くらいで、ハンバーガーがやって来た。

「おー!」

 漂う肉の匂いに、思わず涎が溢れそうだ。



「いただきます!」

 備え付けのお絞りで手を拭き、戦闘準備が整うと、小百合と秋山は、大口を開けて頬張る。

 すると、口一杯にビーフの肉汁が溢れ出し、噛めば噛む程無限に流れて来る。



「うっま!」

「だろ?」

 素直に感動の声を上げる小百合に、秋山は嬉しそうに同調する。



 小百合は、ミルクティーで喉の乾きを潤してから、揚げたてのオニオンリングを口に運ぶ。

 サックサクの衣と、良く上がったオニオンの香りが、また堪らない。

「これもうま!」



 秋山は、本当に美味しそうに食べる小百合の姿に、思わず見とれて、食べるのを忘れそうになってしまうが、どんどん小百合の胃袋に消えて行くので、慌ててオニオンリングを摘まむ。



 それから暫くは、無言のまま、ハンバーガーの味を堪能した。

 最後に、残ったドリンクを飲み干すと、すっかり腹は満たされた。

「ご馳走さまでした」



「この先、何か予定あるんですか?」

「んー、特にねぇなぁ…。行きたいとこある?」

 聞かれて少し考えるが、何もアイデアが浮かばない。

時計を見ると、まだ十五時を過ぎたとこである。


 

「特には…」

「じゃあ、ここで暫く考えるか」

「そうですね」

 二人は、結局何もアイデアが出て来ず、この店で二時間程談笑してから、帰路に着いた。

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