【十四話目】小百合と秋山(前編)

小百合は、秋山にデートに誘われてから、ギリギリまで返事を先送りにしていた。

 しかし、約束の前日、つまり金曜日の夜、秋山から最終のラインが来た。



【やっぱり、来る気ない?】

 一体どこからの情報やら、小百合好みの可愛いスタンプを添えてのラインである。



 小百合は、その瞬間まで、絶対行かないと決め込んでいたのに、急に心移りしたのだ。

 しかし、小百合は来て行く服なんて用意していない為、どう返事していいか悩んだ。



 すると、そんな様子を察してなのか、スマートフォンの電子音が鳴った。

 秋山からの電話である。



 小百合は、出るか悩んだが、ここまで来れば仕方ないと、腹を括って電話に出た。

「やっぱり、来る気ねぇの?」



 これでもかと言わんばかりの寂しそうな声で言われ、小百合は鬱陶しそうにため息をつく。

「…行くにしても、服とか用意してないんだけど」



 それがどう言う意味なのか理解した秋山は、パッと表情を変える。

「えっ、えっ、てことは、来るの?」



「…暇だし」

 不機嫌そうな声で、端的に言う小百合とは逆に、秋山は、飛び付かんばかりの勢いで喜ぶ。



「本当に来るの?一体どう言う風の吹き回し?!あ、もしかして山田になんか言われた?!」

 正直、言われたか言われてないかで言えば言われたのだが、説明するのが面倒になり、小百合は適当に、別に、とだけ言った。

「でも、服とかちゃんと買ってないから、期待しないで下さいね」



 秋山は、うーん、と顎を撫でながら考える。

「だったらさ、明日買いに行けばいいんじゃん」

 あっさりと言われて、小百合はその手があったかと、同調する。

「じゃっ、じゃあ、それでいいなら…」



「りょーかい!じゃあ、時間は?何時がいい?」

 小百合は暫し考えると、何時でも、と適当に答えると、秋山はじゃあ、と時計を見て、自分のシフトと調整する。



「じゃあ、九時半くらいに、駅前でどう?」

「それでいい…」

 当初と少し予定が変わっているが、小百合は敢えてスルーした。

「OK!じゃあ明日、九時半に駅前で!」



 それだけ聞くと小百合は、さっさと通話を切り、押し切られてしまった情けなさに、深い溜め息を付いていると、すすぐ様ラインが鳴った。



【明日のデートまじで楽しみ!小百合ちゃん愛してる!!!】

 と、まるでカップル同士かのようなスタンプまで付いていて、小百合は更に深い溜め息をつく。



(駄犬みたい…)

 心の中で呟くと、小百合はデート用の服を用意していないとはいえ、流石に適当な服は着ていけないだろうと、クローゼットを物色する。



 どれもこれも、花子と遊びに行く時の服なので、パンツルックのボーイッシュな物くらいしかない。

 小百合は普段から、スカートなんか滅多に履かないのである。



 かと行って、デートの時にまで、パンツルックでいいのだろういかと、唸り声を上げながら、ギリギリまで返事をしなかった自分に後悔した。



 結局ギリギリまで悩んで、一番可愛いトップスと、スカートがないならせめて足を出そうと、短いデニムのパンツを選び、小百合は明日に備えて眠ることにした。



◇◆◇



 小百合は、朝八時、スマートフォンの目覚ましの音で目を覚ました。

 カーテンを開けると、夏の太陽が照り付けている。

 今日も暑くなりそうだ。



 小百合は、花子とは全く逆でメイクは全くしないので、身だしなみと言えば、髪を整えるくらいで済む。



 小百合は適当にご飯を食べて、テレビを見ながら、スマートフォンをチェックすると、花子に今日デートに行くことを伝えた。



 花子も花子で、今日は初めての九時出勤で、大変だと言っていたことを思い出して、ラインを打つ。

【初の九時出勤ガンバ!】



 小百合は、時計の針が、八時四十五分を指しているのを確認すると、テレビと電気を消し、玄関の鍵をかけて、駅に向かった。



十分程揺られて駅に着き、時計を確認すると、九時二十分を指していた。

(ちょっと早いかな…)



 秋山が来ていないのを確認し、どっかで暇を潰そうか考えていると、秋山の声が聞こえた。

「やっほー、小百合ちゃん!まじで来てくれたんだ!」



 小百合が、あれだけ言われれば誰でもそう思うわと、呆れ気味に溜め息を付く。

「その服も可愛いよ」



 持ち合わせの服を選んだだけなのに、可愛いと言われて、小百合は思わず赤面して、顔を逸らす。

「べっ、別に可愛くない…!今持ってるやつ、適当に選んだだけだし…っ」

 秋山が、顔を覗き込むと、小百合は仰け反った。

「照れてんのもかーわいい」



 満面の笑みで、恥ずかしげもなく言う秋山に、小百合は更に顔を真っ赤にさせる。

 行こっか。

 秋山は、さりげなく小百合の手を取ると、服を探す為、駅の中にある店に向かった。



◇◆◇



「こんなんどう?」

 秋山は、服屋に入り、暫く物色した後、フリフリの白のワンピースを持って来た。



 小百合は、先程とは違う意味で、顔を真っ赤にさせて、顔を腕で覆い隠す。

「こっ、こんなん、似合う訳ないじゃん!花ちゃんなまだしもっ!」



「ええ〜、小百合ちゃんも似合うと思うよ?だって、俺が可愛いと思ったくらいだし」

「一体どんな基準だっ!」



 小百合は、思わず大声で突っ込みを入れるも、秋山は無視して、小百合にワンピースを合わせる。

「いいから着てみって!」



 秋山にせがまれて、ワンピースを受け取ると、小百合はそこまで言うなら、と渋々試着室に向かう。

「俺、ここで待ってるから」



 秋山が、更衣室の前にいるのを確認した後、改めてワンピースを合わせてみる。

(絶対似合わないよ、こんなの…)



 渋々、小百合は慣れないワンピースに着替える。

 なんとか、バックのファスナーを上げたあと、小百合は姿見で自分の姿を見る。



 普段着ない服だからか、小百合はいつもと違う自分が映ってるような、不思議な気持ちになった。

 やっぱり脱ごうかと考えながらも、恐る恐るカーテンから顔を出す。



「お、終わった…」

 秋山が口を開いた時、思わず目を見張って絶句した。

「やっ、やっぱり変だよね!ぬ、脱ぐから!」

 小百合は慌ててカーテンの中に隠れようとしたが、秋山がその手を掴んで止めると、真剣な面持ちをする。



「凄ぇ似合ってる」

 小百合は言葉に詰まって、俯向く。

「あ、ありがとう…」

 素直に礼を言うと、小百合は更衣室を出た。



「じゃあ、それに決まりな。会計行こ!」

 秋山と小百合は会計に向かう。

「この服下さい。着て帰るんで、タグも切って下さい」

「お会計、一万円になります」



 小百合は、値段を聞いて飛び上がった。

 高すぎる。

 一体誰が払うのかと考えていると、当たり前のように、秋山が財布を出す。

「ちょっ、もしかして秋山先輩が払うの?!」



「そのつもりだけど?俺、バイトしてて貯金もしてるから、余裕あるし、プレゼントさせてよ」

 サラッと言って退けるが、あまりの額に流石に受け取れず、小百合は無理やり断った。



「すっ、すみません、やっぱり返します!失礼しました!」

 小百合は、無理やり秋山の腕を引っ張り、更衣室に戻り、着替えた。



「もう、何考えてんだよ!相談もなく勝手にあんな高価な物買うなんて!」

 小百合と秋山は店を出ると、ラウンジに移動した。

「いいじゃん、俺の金だし、その為に働いてんだから」

 小百合は呆れて溜め息をつく。



「そう言う問題じゃないでしょー。お金は大事に使いなさい!」

 年下に説教されて、秋山は子供のように不貞腐れてる。



「ワンピースの小百合ちゃん、可愛かったのになぁ〜」

 まだ尾を引いてるようで、小百合はやれやれと肩を落とす。



「自分の服くらい自分で買うから。もっと安い店で選べばいいでしょ」

「じゃあどこがいいんだよ?」



 聞かれて小百合は、店内をぐるりと見渡すと、先程の店より半分以上も安い店を見つけ、指を差す。

「あそこ!あそこ行きたい!」



 自分の返事を聞くよりも早く、小百合は指差した店に向かった。

 やっと辿り着いた秋山に、小百合は、花子とよく来る店なんだよと言って、店内を物色する。

 なるほど、確かに先程よりは随分安いと、秋山も服を探し始める。



 暫く店内を探してみるも、先程のような服は見つからない。

 こんなのどう?と小百合が持ってくる服は、どれもこれも今着てるのとあまり大差ない、ボーイッシュな服である。 



 秋山は全て却下して、いよいよ頭を抱えていると、少し地味な色ではあるが、一応今トレンドではある、グレージュのフリルがあしらわれたワンピースを見つけた。



「これは?」

 秋山に手渡され、先程よりは地味ではあるものの、フリルがあしらわれているのに抵抗があるのか、気が引けてしまう。

「絶対可愛いって!」

 半ば無理矢理押し切られて、渋々更衣室に入った。



 着替え終わって、更衣室から出ると、秋山は満足げに笑う。

「うん、やっぱり可愛い」

 小百合は渋々この服に決めると、レジを向かって会計を済ませた。

「ありがとございました!」



 なんとか小百合の予算内で買い物が終わった後、秋山は小百合の手を握った。

「どっか行きたいとこある?」



 急に振られて、何も考えてなかった小百合は、困ったように顔を逸らす。

「べっ、別にない…。ギリギリまで行くつもりなかったから…」



 秋山は、そっかー、と鞄を漁りながら言うと、スマートフォンを取り出した。

「そんなこともあろうかと思って、色々プランは考えてたんだよね〜。映画とか見る?」



「えっ、たまに花ちゃんとみたりするけど…」

「この時間なら、アクション物があるけど、見る?」

 小百合は特になのも考えてなかったので、拒否する理由もなく、素直に合意した。



 映画館に入ると、土曜日だからか、それなりに混んでいた。

 二人はチケットを受け取ると、ポップコーンとドリンクを購入して、指定の席に腰を下ろした。

「ふぁあ〜」

 座るなり、秋山が大欠伸して、小百合はようやく目の下にクマができていることに気づいた。



「あ…っ、もしかして、急にデートに行くことになったから、徹夜した…とか?」

「ああ、違う違う。予定は行く行かない関係なく、前々から考えてたから」

 秋山は、手を上下にヒラヒラさせながら笑う。

「じゃあなんで…」



「んー?ま、色々あんのよー」

 誤魔化すと秋山は、コーラとポップコーンを食べながら、それ以上何も言わず映画に集中sることにした。



 小百合も、いつも余計なことまで言うくせに、肝心なことは言わない秋山に、モヤモヤを感じながら、秋山の意思を尊重し、それ以上は何も聞かず、映画に集中することにした。



 約二時間程の映画が終わり、久し振りのアクション映画にすっかり見入ってしまった小百合は、エンドロールが終わると、興奮状態で秋山を見た。



 しかし、秋山は、スヤスヤと寝息を立てており、小百合は思わず、恥ずかすくなり、顔を真っ赤にして、秋山の体を揺さぶった。



「ちょっと、先輩!起きてくださいよ!」

「ん…、あれ、もしかして、終わった…?」

 秋山が目覚めた時は、すでにスクリーンは真っ暗で、周りの客は帰る準備をしていた。



 小百合は、回りがこちらを注目してるような気がして、恥ずかしさと何故か怒りが込み上げて、無理矢理秋山の腕を引っ張り、映画館を後にした。

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