【十二話目】二度目の苛め

花子は、仕事の帰りに、一人電車に揺られながら、興味更新されたシフトをスマートフォンで確認する。

(そう言えば、来週から三ヶ月くらい、綾瀬さんいない時が増えるんだっけ…)



 今から三日程前、綾瀬が大学の学園祭の準備で忙しいから、三ヶ月程休む期間が増えると連絡があった。

(大学の学園祭って、どんなんだろ…)



 色々想像を膨らましてはみるも、なかなかの未知な世界で、花子には想像できなかった。

 それよりも、花子が気掛かりなのは、立花六花のことである。



 綾瀬の話によると、このコンビニでは結構な古株で、あの容姿で仕事もできるから、花子が来るまでは、結構人気も高かったらしい。



 花子は、喜多川に絡み付きながら、自分に舌を出す立花に、良い印象はなく、不安になった。

(何もなければいいけど…)

 花子は、溜め息をつきながら、シフト表を鞄に閉まった。



◇◆◇



 翌日の土曜、九時十分前。

 花子は、初めての朝出勤で、まだ眠い目を擦りながら、重い足取りで、バイト先のコンビニの自動ドアを潜った。

「いらっしゃいませー!」

 明るい立花の声が聞こえてきて、花子は昨日までの不安が一気に吹き飛んだ。



 花子は、出勤前に飲み物を買う為、立花のレジに並んだ。

「お疲れ様です、今日は初シフトですよね、宜しくお願いします」



 立花は、愛嬌のある笑みを浮かべながら、手早く会計をする。

「そういえば、初めてなんだよね。まぁ、新人って訳じゃないから、何も聞かなくても大丈夫よね」



「あ、でも立花先輩に比べれば、まだまだ全然なんで!」

 花子は、会計を済ませた飲み物わ受け取り、謙虚な素振りを見せると立花は、一瞬表情を曇らせた。



「そうよねぇ〜、まだ半年そこらじゃあ、ねぇ?」

 花子は、その一瞬を見逃すことはなく、どことなく、嫌な感じがした。



(私、何か悪いこと言ったかな?)

 胸に何かつっかえた感じを覚えつつ、花子は、バックヤードに向かった。

「お疲れ様です!」

「おー、お疲れさーん!」



 バックヤードには、早朝出勤だったのか、秋山が眠そうに大欠伸をしている。

「お疲れ様です、そう言えば秋山先輩も早朝出勤だったんですよね?」



「そー。綾瀬がいないから、六時に駆り出されてクッソ眠ぃっつの!」

 花子は、心の底から、お疲れ様ですと言って、頭を下ルト、更衣室に入った。



「あっきー、朝からほんと大変だったんだよねぇ〜、お疲れ様〜」

 先程、花子に話していた声とはまるで違う、間延びした声で話す立花に、花子は思わず表情を引きつらせる。

「言ったって、立花さんだって、毎日こんな時間なんだから、俺なんかより全然凄いっすよ」



「やぁだぁ〜、あっきーってば、褒め上手〜♩そう言えば、今日これからデートなんでしょ?」

 立花は、顔に手を当て体をくねらせながら言う。

 花子とは、明らかに対応が違う。



「そうなんスよ!山田の友達なんスけどね!ずっとフラれっ放しなんスけど、山田ほどの特殊性癖じゃないんで、頑張るッス!」



「早朝出勤なのに、これからデートとか大変ねぇ。あたしだったら、そんなことさせないのになぁ〜」

 思わせぶりな態度に、花子はもしかして、立花も秋山のことが好きなのかと勘ぐる。



「お気持ちだけ受け取っておきますよ。時間なんで、そろそろ上がります」

 花子は慌てて更衣室を出ると、精一杯の笑顔で、お疲れ様ですと言って、レジに入ろうとすると、すれ違いざまに秋山に何か手渡された。



 立ち止まって、振り返ったが、秋山はすでに更衣室に入っていた。

(なんだろう?)



 確認しようとしたが、客に呼ばれた為、花子は慌てて紙切れをポケットに入れ、レジに入ると、いつの間にか店内は混んでいる。

 土曜の朝なんて初めてなので、花子は戸惑いながらも、いつも通りに接客する。



(後ででいいか…)

 それから四時間、土日の夜のピークとは比べ物にならないくらい、怒涛の時間が過ぎて行った。



 一時が過ぎ、ようやく客足が引いてきたところで、花子は人目を盗んで先程秋山に貰った紙を確認すると、目を疑った。

 秋山からの内容はこうである。



【お疲れ!今日、初めての九時出勤で大変だろうけど、立花先輩には気をつけろよ。あの人、仕事できるし、男には優しいけど、自分よりもモテる女には手厳しいし、お前も狙われてるっぽいから。

ま、なんかあったら相談しろよ】



 どうやら嫌な予感は的中したらしい。

 立花のさっきの不穏な態度は、気のせいなどではなく、紛れもなく自分に対する敵対心だったようだ。



 まぁ、流石に学校が違うので、星空ほどの苛めはないだろうから大丈夫だと、花子は一息つこうと、バックヤードに喉を潤しに行った。



「ちょっと、山田さん?休憩時間でもないのに、何あたしに断りもなく、勝手にお茶休憩なんかしてる訳?」

 喉を潤してると、バックヤードの入り口から立花の声が聞こえ、花子はビクッと肩を跳ね上がらせると、ドリンクの蓋を閉め、慌てて向き直る。



「すっ、すみません!今までそう言うルールなんて、聞いたことなかったので…」



 立花が、明らかに不快そうな顔をする。

「言い訳するとか、ちょっと生意気なんじゃない?入って馬だ半年そこそこでしょ?みんなにチヤホヤされてるからって、調子乗りすぎ」

 花子は、グッと唇を噛み締めると、精一杯の笑顔で対抗する。



「す、すみません。明日からは気をつけます」

 自分が期待してた反応とは違ったのか、立花はつまらなさそうな顔をする。



「あ、そうそう。休憩中にトイレ掃除やっといてね」

「えっ、トイレ掃除って、休憩時間にはやらないルールなんじゃ…」



 花子は、咄嗟に反論するが、立花が冷ややかな目でそれを拒否する。

「先輩の言うこと聞けない訳?名前チェックなんて、あたしがやったことにすればいいでしょ。やらなきゃ、さっき撮ったあんたの着替え中の写メ、あんたの学校の奴らにばら撒くよ」



 そんなのいつの間に撮ったのかと、花子は思考を巡らせるが、花子は仕方なく、これ以上ことを荒立てないように、言うことを聞くことにした。



 立花のせいで、休憩時間を返上する羽目になった花子は、昼食にさえありつけることもできず、空腹の状態で、あと二時間働くことになった。

 花子はホッとスナックを補充しようとしたが、立花にそれを阻止された。



「ちょっと!今からあたしがしようとしてたのに、先輩の仕事取るとか、どう言うつもり?」



 花子は、反論しようとしたが、これ以上事を荒立てないようにと、大人しく謝罪して、品出しに回った。

 先程までの忙しさとは打って変わって、暇になると、空腹との戦いが始まった。



 目まぐるしく忙しければ、それなりに紛れはするが、こう暇になると、そう言う訳にはいかなかった。

 その時、バックヤードから電話が鳴ると、接客をしていた立花が応対に向かう。



 花子は、すかさず接客に回る。

「いらっしゃいませー!」

 客レジを済ますと、さっさと帰って行った。

 花子がまた品出しに戻ろうとした時、電話対応から戻って来た立花が戻って来た。



「ちょっと、山田さん!クレームなんだけど!さっきのお客さん、あんたの対応が気に入らないって言って怒ってんだけど、どうすんの?」



 花子は、身に覚えのないクレームに、戸惑いつつも、直接謝罪しようとバックヤードに向かおうとする。

「えっ、す、すみません!まだ電話繋がってますか?直接謝罪を…」



「馬鹿ね。あたしが代わりに謝ったに決まってんでしょ。ほんっと、調子乗ってるからそうなんのよ」

「す、すみません…」



 花子は、拳を握りしめてなんとか耐え忍ぶ。

「謝れば良いってもんじゃないでしょ。迷惑かけたんだから。そうだなぁ、ジュースでも奢ってくれたら許してあげる」



 意地の悪い笑みを浮かべる立花に、花子は反論しそうになったが、着替えの写真の件もあるので、従うことにした。

「ありがと〜!今月ピンチだったんだよねぇ〜」



 花子は泣きそうになるのを我慢して、何事もなかったかのようにレジに戻ると、半時間もあると言うのに、喜多川が来ていた。



「やっほー、山田さん、お疲れ!初めての九時出勤らしけど、大丈夫?」

「きっ、喜多川先輩!どうしたんですか?まだ早いのに…」



「うん、ちょっとこの辺で用事あってね」

 二人で話していると、接客が終わった立花がやって来て、喜多川の腕にまとわりつく。



「あー!よっしー!どうしたの?まだ時間あるのに!」

「うん、ちょっとこの辺に用事あってね。どう?立花が何かしなかった?」

 喜多川の言葉に、立花はムッと唇を尖らせる。

「何よー!それじゃ、あたしが何かしたみたいじゃない!!」



(現にしたんだよ!このクソ女!!)

 花子は、思わず心ので思い切り毒を吐いた。

「大丈夫だったらいいんだけどね。あ、僕暫く立ち読みしながら時間潰すから、二人は構わず仕事して?」

「えーっ!もっとよっしーとこうしてたいー!」

「はいはい、バイト終わったらね〜」



 まとわりつく立花をなんとか引き離すと、喜多川は本コーナーに向かい、適当に漫画雑誌を取った。

 花子は、まるで、この状況を察して助けに来てくれたような気になり、拳を握り締め、レジに戻った。



◇◆◇



 それから、ようやく十四時前になり、喜多川と神楽坂がバックヤードに入って来た。

「お疲れ様ー!」



 立花は神楽坂を見るなり、一層目の色を変えると、花子は嫉妬心で唇を尖らせた。

「二人共、お疲れ様。山田さんも初めての九時出勤、お疲れ!」



 花子は、神楽坂の蕩けるような笑顔に、先程までの鬱屈な気分が、まるで嘘だったかのように解れて行く。

「お疲れ様。大丈夫だよ、たっ、立花先輩がフォローしてくれたし」



 内心そんなことは全然微塵も思ってないが、先輩なので一応立てておく。

「そっか、やっぱベテランは違うんですね」



 神楽坂は何も知らないのをいいことに、感嘆の声を上げている。

「もぉ、神楽坂君ったらぁ~!そんなこと言われると、照れちゃう!」



 言いながら立花は神楽坂に腕を回そうとしたが、神楽坂は寸手のところで止めた。

「すみません、着替えないと遅刻しちゃうんで」

 立花は、心の中で舌打ちしながらも、笑顔でいってらっしゃいと見送る。



 それから、ようやく時間が来ると、花子はタイムカードを切りさっさと着替えて、空腹を満たす為、どこかの喫茶店に行こうと、一目散に店を出た。

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