【十一話】揺れる思い

「えっ、また別の男に告られたの?」

 月曜日の昼休み、花子は昨日のことを小百合に全て打ち開けた。



「星空先輩の件が終わったと思ったら、これまた大変ですなぁ~」

 小百合はまるで他人事のように笑っていると、ラインの電子音が鳴り、小百合が確認してる。



 花子は、液晶画面を見るなり顔を赤らめてる小百合に、誰からかだいたい察知すると、いやらしい笑みを浮かべる。



「もしかして、秋山先輩?」

 画面を確認しようと覗くが、隠されてしまった。

「みっ、見るなっ!」

「そういえば、秋山先輩、小百合のこと諦めないって言ってたけど、それからどうなったの?」



 小百合は少し口ごもってから、液晶画面に視線を落とす。

「そんなこと言ってたんだ…。なんか、デートとか誘われたんだけど…」

「行けばいいじゃん」

「そっ、そんな簡単に言わないでよ。だって、秋山先輩だよ?もやしチャラ男だよ?」



 相変わらず酷い言われようで、花子は苦笑いをする。

「そうかも知れないけど、いい先輩じゃん。なんだかんだでさ」

 言葉に詰まっているのか、何も言わない小百合に、花子は更に追い討ちをかける。



「そういえば、この前お客さんから連絡先貰ったってさ」

 小百合はドキッと胸を高鳴らせて、敏感に反応を示す。

「な、なんて言ってたの?」



「別に?俺は小百合ちゃん一筋だから、興味ない!例え超絶美人でも!」

「だってさ」

 花子は、秋山の真似して、拳を作りながら言う。



 なんて返信しようか悩んでると、また小百合のラインの電子音が鳴った。

【それじゃあ、今週土曜日の十時に、駅前のコーヒー屋で!小百合ちゃんが来なくても、ずっと待ってるから!】



 今度は画面が目に入り、花子はクスクスと笑い声を漏らす。

「健気だねぇ、秋山先輩」

「花ちゃんにフラれた時は、さっさと諦めたくせに」

「まぁ、理由が理由だから」



 小百合はとりあえずと、既読だけ付けてそれ以上は何も返さず、スマートフォンを閉まった。

「行かないの?」

「まだ考え中」

 小百合は、少し怒り気味に、サンドイッチを頬張る。



「デートだったら、服とか買いに行かなきゃいけないだろうし、バイトない日なら付き合うよ?」

「その時は頼むわ」

「はいはい」



「それで?今日、久し振りに神楽坂先輩と仕事なんだよね?あれからなんかあったの?」

 花子は、土曜日まではそのことで頭が一杯だったにも関わらず、喜多川の件ですっかり気落ちしてしまっていた。



「特に何もないよ…。喜多川先輩のこともあるし、神楽坂君が私と真逆の性癖だったからって、私が好きとは言ってないし…」

 花子はふと、星空が言ってた言葉を思い出した。



「星空先輩が言ってたあの言葉、どう言う意味だったんだろう…。私がたぶらかしたー、とかなんとか言ってたけど…」

 


 小百合は、そういえばそんなこと言ってたっけ、と瞼を持ち上げる。

 だいたい察しがついているのか、小百合はニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべる。

「アタックしたらー?案外イケるかもよー?」



「でも、喜多川先輩は…」

 ウジウジと悩んで優柔不断な態度に、小百合は呆れて溜め息をつく。

「あんたが好きなのは誰よ?」



「…神楽坂君…」

「分かってんなら、早めに言いなー。別の女ができたらもともこもないっしょー」

 分かってる、でもそれができないから悩んでるんだと、花子は深い溜め息をついた。



◇◆◇



 放課後、花子は重い足取りでバイト先に向かうと、昼勤務の喜多川がレジに立っており、花子はなんとなく目が合わせ辛く、反らし気味に挨拶する。



「おはよう!元気ないみたいだけど、大丈夫?あれからまたなんかあった?」

 バックヤードに入るなり、神楽坂が心配そうに顔を覗き込んで来て、花子は思わず胸を高鳴らせる。



「だっ!大丈夫!あれから嫌がらせとかもないし!」

「そっか、なら良かった」

 相変わらずのケーキみたいな甘い声と笑顔に、胸が高鳴ってしまう。



「おはよう、今日も相変わらず綺麗な髪だね」

 背後から髪を触られて、全く気配に気付かなかった花子は、思わず全身を震わせ振り返る。



「きっ、喜多川先輩!さっきまでレジにいたんじゃ…っ!」

「終わったから来たんだよ。今日はあんまりお客さん少ないみたいだからね。で、この間の返事考えてくれた?」



 喜多川の顔が目と鼻の先まで迫ってて、こんな近距離で見るのは初めてな花子は、神楽坂がいるにも関わらず、見惚れてしまいそうになる。



「えっ、えっと、すみません、まだ考えてて…っ!」

 花子は断ろうとしていたにも関わらず、こう間近で迫られてしまい、咄嗟に曖昧なことを言ってしまう。

 


 すると、喜多川は含んだ笑みを浮かべると、花子の腰に腕を回す。

「あの時僕が言ってたこと、本当だからね。別に急かす訳じゃないけど、僕を選んでくれたら嬉しいなぁ」



 花子がどうしたらいいのかと戸惑っていると、不意にどことなく不機嫌な神楽坂の声が聞こえた。

「喜多川先輩、すみません。これ、分からないんで教えて頂けませんか?」



 喜多川は、ムッと唇を尖らせて神楽坂を睨み付ける。

「そんなんあとでいいじゃん。俺、今取り込み中なの、見て分かんない?」



「そろそろ着替えないと、遅刻になっちゃいますし」

 時計を指差しながら言う神楽坂に、花子はハッと我に帰り、やっとの思いで喜多川の腕をすり抜けると、逃げるようにして更衣室に入った。



「ちぇー。この間の答えを聞くチャンスだったのにぃー」

 まるで子供のように唇を尖らせていると、背後からまた別の女性店員がやって来て、喜多川の腕を絡ませる。



「もー、よっしーってば、接客中にあたしに押し付けるなんて酷い!」

「ごめんって、ちょっと発注書の確認しに来たんだって」

「そんなん上がってからでもいいじゃん!」

「それじゃあ残業になるから」



 花子はタイムカードを切っていると、困りながら未だに喜多川に纏わり付く女性店員が、自分を見るなり睨み付けて、舌を出している。

 女性店員は朝番が多い、喜多川より一つ上で大学二年生の、立花六花たちばなりっかである。



 彼女は、高校一年生からいるベテランで、仕事もでき、一度聞いたお客の名前は忘れないと言う特技を持っていて、派手めではあるが、なかなかの美人である。



「すみませーん」

「はーい!」

 花子が慌ててレジに向かうと、神楽坂もその後を追う。

 喜多川が、先まで暇だと言っていたのが嘘のように、店内が慌ただしくなった。



◇◆◇



 それから、誰かと会話できる余裕がないくらい、忙しい時間が三時間程続き、最後の客が帰ってようやく花子は深呼吸をした。

 時計が十九時を回った頃、花子はバックヤードに向かい一息つくと、神楽坂もやって来た。



「お疲れ様!大変だったね、大丈夫?」

「大丈夫、ありがとう」

 花子は、出勤前に買ったドリンクで喉を潤す。

「あの、さっき、喜多川先輩が言ってたことなんだけど…」



 神楽坂に唐突に聞かれて、花は思わず胸を詰まらせる。

「なっ、なんのこと…?」

「この間の返事って、もしかして、告白でもされた…?」

 まさに図星で、なんて返せばいいか分からず、花子はしどろもどろになってしまう。



「やっぱり、そうなんだ…」

 花子が顔を上げると、なんだか神楽坂の表情が、先程までの甘い雰囲気がないことに気付いた。

「か、神楽坂君…?」



「喜多川先輩、カッコいいよね。綾瀬さんに聞いたよ、美容系の専門学校行ってて、将来は美容師になりたいんだって。凄いよね、俺、もう二年なのに、まだそういう将来設計とかできてないし…。やっぱり、将来は安泰な人のほうがいいよね…?」



 いつも冷静な神楽坂が、唐突に脈絡のないことを言い出して、花子は意味が分からず、困惑する。

「えっと、神楽坂君…?大丈夫…?」

 次の瞬間、力強く両肩を捕まれた。



「聞いてるのは俺の方なんだよ!山田さんは、喜多川達に告白されたんでしょ?!」

 神楽坂の声が荒ぶっていて、明らかにいつもと様子が違う。

 花子は、いよいよ混乱して、我を忘れてしまう。



「あの、かっ、神楽坂君?ちょっと、落ち着いて…っ!」

 戸惑いを隠せない花子に、ようやく我に帰った神楽坂は、花子を解放して、謝罪をした。

「ごっ、ごめん」

「だっ、大丈夫…」



 花子は、乱れた服を直しながら、神楽坂を見た。

 やっぱり、なんだかいつもと違う。

「ごめん、品出して来る…」

 花子は、ただただ呆然と神楽坂の後を見送ると、ホットスナックの賞味期限チェックに入ることにした。



「お疲れー!」

 それから半時間程が立ち、遊びに来ていた秋山が、買った商品を持ってレジにやって来た。

「お疲れ様です。今日はどうしたんですか?」



「ん?ちょっと、学校の友達と遊んでた帰り。あ、そんでさ、聞いてくれよ!小百合ちゃんに昼休みにラインしたのに、既読だけでスルーされたんだけど、なんか言ってなかったー?」

 花子は、来るなりその話かと、思わず苦笑う。



「さぁ、どうするか悩んではいましたけど?」

「てことは、見てはくれてんだな!絶対来るように言ってくれよ!頼むからさ!」

 必死に花子に頼み込む秋山に、やれやれと溜め息をつく。



「ま、頑張って下さい」

「あ、そういえばさ、綾瀬に喜多川の話聞いたよ。大変だな、お前も」

 ようやく平常心を取り戻したのに、また話を蒸し返されて、花子は溜め息をつく。



「大変だな、お前も。神楽坂も喜多川も珍名字だし、お互い違うタイプのイケメンだし、悩むよなぁ~」

 人の気も知らないで、他人事のように言う秋山に、花子な睨み付ける。



「そんなこと言ってると、小百合との件、何も手伝いませんよ?」

 すると、すかさず秋山は手を合わせて謝罪する。

「わー!ごめんなさい!撤回するから、許して!」

 はいはい、と花子は軽くあしらう。



「そいじゃ、お疲れさーん!」

 手を振りながら帰る秋山に、花子も軽く手を振って見送る。

 そうこうしてるうちに、二十一時半前になり、夜勤組の藤田がやって来た。



「お疲れ様です!」

 花子と神楽坂は、藤田に引き継ぎをすると、タイムカードを切った。

「あ、そうそう、君らにさ、また連絡先預かってるんだけど、どうする?」



 藤田は、花子と神楽坂、それぞれの連絡先を見せながら聞く。

 二人は顔を見合わせると、先程の少し殺伐とした雰囲気は消えて、お互い笑った。

「シュレッダーにかけといて下さい」



「了解ー。しっかし、いつの間にうちのコンビニはこんなホストやキャバクラみたいな店になったんだ。俺なんか連絡先なんか一度も貰ったことねぇってのに」

 藤田は、愚痴愚痴言いながら、連絡先をシュレッダーにかけて行く。



「って、藤田先輩、結婚してるじゃないですか。子供もいるんですよね?」

 藤田は、ふふんと自慢げに鼻を鳴らすと、スマートフォンの画像を見せびらかす。



「どうだ、俺の奥様と二歳の息子だ!可愛いだろ!つまり、このコンビニじゃ可愛い奥様と息子がいる俺が一番の勝ち組なんだよ!」

 何故かマウントを取られつつも、幸せな画像に、花子と神楽坂は思わず表情が綻んだ。

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