【十話目】ポップ制作
日曜日の昼、花子は、頼まれたポップ制作に奮闘していた。
ポップとは、商品を簡単に且つ魅力的に伝える為の物で、絵心のない花子は、一番苦手な作業である。
今回の依頼内容だが、今当店で一番押している、クリームメロンパンのポップである。
花子は、机の上にある、色取り取りのペン達と、紙を見ながら配色を考えるが、なかなかいいアイデアが浮かばない。
そうこうしてるうちに半時間経ち、とうとう煮詰まってしまい、他の人が描いたものを参考にしようと、店内に向かった。
店内の至る所にあるセンスのいいポップを見て、自分とは雲底さで花子は、どうしたらこんな可愛いポップが描けるのかと、考えていると、背後から綾瀬の声が聞こえてきた。
「あれ、まだポップ悩んでんの?」
「なかなかいいのができなくて…。そういえば、綾瀬さんってアニメとか好きだったら、絵とかは描かないんですか?」
綾瀬は、苦笑いして、手を左右に振る。
「ああ、残念だけど、あたしも絵心は全然ないんだよ。見る専門でさ」
「これ描いたのって、確か喜多川先輩でしたっけ?」
「そうそう、あいつ美容系の専門学生で絵心あるから、こういうの得意なんだよね」
北村とは、
平日の昼間に入ることが多いので、中々会うことがないが、綾瀬と秋山の話によると、秋山とはまた違う、硬派で甘い顔のイケメンだそうだ。
喜多川もそれなりに珍名字だった為、会ったことはないものの、チェックリストには入っていたのだ。
「そういえば、あんた達会ったことなかったっけ?」
「時間がなかなか会わなかったんで…」
綾瀬は顎を撫でながら天井を見ながら、暫く考えると、何か思いついたのか、悪戯な笑みを浮かべている。
「会ってみる?」
唐突に言われて、花子は目を丸くする。
「え、でも、時間が違うし…」
「喜多川だってさ、それなりに珍名字だし、あんたのこと話したら、会ってみたいって言ってたんだけど?」
花子は、神楽坂とは別にあれから特に進展があった訳でもないので、それなら、と花子は合意した。
「よっしゃ!それじゃ、お姉さんがセッティングしてあげよう!いつがいい?」
花子は、つい昨日更新されたばかりのシフトを、脳内で照らし合わせる。
「明日、休みですけど、喜多川先輩って明日入ってませんでしたっけ?」
「そだっけ?」
二人はバックヤードに向かってシフトを確認すると、喜多川は十六時出勤になっている。
「夜だったら大丈夫っしょ。あとで聞いてみるわ。いらっしゃいませー!」
綾瀬がレジに向かうのを確認すると、花子も接客業の為にレジに向かう。
「これ、お願いします」
男性客が差し出したのは、収納代行の用紙であった。
本日、これで四人目である。
曜日や時間帯によって様々だが、こうやって商品の売りげに反比例して、収納代行が多い日もある。
六桁以上の金額を扱うことも良くあり、ポップ制作と同じぐらい花子にとって苦手な作業の一つだ。
「こちらのパネルに金額が出ますので、宜しければOKボタンにタッチをお願いします」
男は案内通りに進め、レシートを受け取ると、何も買わずに入って行った。
「あれ、山田ちゃんのとこも収納代行だったの。今日は収納代行日和かね。ドリンク補充でも行って来るかぁ~」
「行ってらっしゃい~」
そう言うと花子は、まだ客足が少ないうちに済まそうと、喜多川のポップを参考に、自分なりにアレンジしたポップを完成させた。
◇◆◇
「喜多川が、明日行けるってさ~」
花子が上がる時、休憩中にでも連絡を取り合っていたのか、綾瀬が明日の予定を報告する。
「でも、大学があるんじゃ…?」
「なんか、昼までだから暇っぽいよー。十八時からだったら行けるっしょ!」
「どこで待ち合わせですか?」
「えっとね、そこのコーヒー屋とかどう?」
綾瀬は、コンビニの斜向かいにある、花子が行き付けのコーヒー屋を指差す。
「いいですね!そこでお願いします」
「おっけー。時間は十六時ぐらいでいい?」
「いいですよ!」
「それじゃ、明日の十六時、駅前のコーヒー屋でねー!」
花子はお疲れ様でした、と言って帰路に着いた。
◇◆◇
翌日、十六時十分前に、花子は待ち合わせの場所に着いた。
この間、神楽坂とデートしたのがまだ記憶に新しく、花子はついニヤケそうになるのを押さえる。
(いかんいかん、これから喜多川先輩に会うのに何考えてんだ!)
そう言い聞かせてると、綾瀬と喜多川がやって来た。
「こんにちは、
爽やかな笑みで挨拶をする喜多川に、期待通りの可愛い系イケメンで、花子は胸をときめかせる。
「はっ、初めまして、山田花子です!」
花子は緊張気味に挨拶をする。
「初めまして、喜多川喜希です。バイト先一緒なのに、全然会ったことなくて、気になってたんだよね」
「そいじゃ、入ろっか」
綾瀬は先頭を切って、店のドアを開ける。
店内に入ると、この前神楽坂と来た時と同じ店なのに、前みたいな特別感はなく、花子は少し複雑な気分になる。
「ご注文お決まりでしたらどうぞ!」
「なんにする?あたし、抹茶のやつにしよ」
花子はこの間のこともあってか、いつも通りでいいか一瞬悩んだが、流石にこのメンツで奢って貰うことはないだろうと、好きな物は頼んだ。
注文したコーヒーを受け取り、店内を確認すると、前座った場所は埋まっていて、四人がけのテーブルに腰を下ろした。
「そういえば、僕に聞きたいことがあるんだっけ?」
喜多川は、座って早々に話を切り出した。
「あ、えっと、ポップの作り方が良く分からなくて、店内にあるの作ってるの、喜多川先輩って聞いたから、コツとかあるのかなって…」
コーヒーを飲みながら、喜多川は考える。
「うーん…。こんなこと言うと身も蓋もないけど、ああいうのって、感性だから、教えるって言ってもなかなか難しいんだよね…」
「で、ですよね…」
花子は、期待していたものとは違う回答に、意気消沈した。
「僕も最初の頃は感性だけで描いたりもしたけど、色々見たりもしたよ?美術館行ったり、映画見たり。だから一概に感性だけとは言えないんだけどね」
花子は、色んな努力をしてるんだな、と感嘆の息をついた。
「そういえば、喜多川先輩って、美容系の学校行ってるんですよね?将来は、やっぱりそっち系なんですか?」
「そうだよ。僕、将来美容師目指しててさ。だから今のバイトも学費稼ぐ為なんだよね」
花子は、動機が不純だらけのメンバーばかりなのに、初めてまともな動機の人に出会ったと、感動した。
「嘘ばっかり。本当は山田ちゃん目当てだったくせに」
綾瀬に言われて、喜多川はドキッと心臓が縮み上がる。
「え、私目当てって…?」
目をパチクリさせてる花子に、綾瀬は悪戯な笑みを浮かべる。
「山田ちゃん、時間違うから知らないと思うけど、こいつ、山田ちゃんが入った一週間後に入ったんだよ」
花子はそうだったっけ、と記憶を巡らせる。
「まぁ、会う機会がなかったから仕方ないけどねー。山田ちゃん目当てに入ったはいいけど、なかなか会えないから、あたしが愚痴聞いてあげてたんだよ」
「そっ、そうなんですか…?」
喜多川は胸の内を全部言われて、唇を尖らせる。
「もー、だから綾子と一緒なの嫌だったんだ。絶対バラすから!」
「いいじゃん、どうせいつかはバレるんだから」
否定しない喜多川に、花子はどうしたものかと動揺する。
「僕さ、一目惚れって初めてだったんだよね。子供の頃から人を好きになることって全然なくて。
でも、君に初めて会った時、凄く髪が綺麗な子だなって思ったんだ」
綾瀬の前にも関わらず、堂々と話す喜多川に、花子は顔を赤らめて下を向く。
髪が綺麗なんて言われたのは初めてで、花子は自分の髪に触れていると、喜多川は身を乗り出して、花子の髪をすいた。
「美容師目指してる僕が言うんだから本当だよ。自信持って!」
「あ、ありがとうございます…っ」
「あ、そうそう、ちなみになんだけど、こいつ、髪の毛フェチなんだよね」
「へっ?」
花子は聞きなれないフェチに、すっとんきょうな声を上げる。
「そ、髪の毛フェチ。まぁあんまり自覚なかったんだけど、君の髪を見て好きになったってことは、そういうことなんだと思う」
(か、髪の毛フェチ…)
「そういう訳だからさ、僕と付き合ってよ。綾子の話じゃ、彼氏いないんでしょ?」
「えっ?!」
神楽坂のことを知ってる筈なのに、と花子は綾瀬を見るが、素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいる。
まぁ知ってると言っても、付き合ってる訳でも、ましてやフラれた訳でもないので、なんとも複雑な状況ではあるのだが。
「ご、ごめんなさい…。少し、考えさせて下さい…」
花子は曖昧な返事をすると、コーヒーを飲んでその場を誤魔化した。
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