【九話目】二回目のざまぁみろ!

「なんでよ!なんであたしが謹慎なんか喰らわないといけないの!!」

 星空の叫び声が、階段の踊り場での前で響き渡った。

 どうやら、クレームを送ったコンビニの店長から、学校に連絡があったらしく、担任に呼び出されて、一週間の謹慎を言い渡されたそうだ。



 職員室の前で待機していた取り巻き達は、不穏な面持ちでこちらを見ている。

「もう時期試合もあるっていうのに…っ!」

 星空は、悔しそうに爪を噛んでいると、取り巻きの一人が、恐る恐る口を開いた。



「その話なんだけど…、星李、公式メンバーから外されたって…」

 その言葉を聞いた途端、星空は、はぁ?!と声を上げて、鬼のような形相で睨みつけると、取り巻き達は上擦った声を上げる。



「何よそれ!大会前なんだよ?なのに今更…っ!!」

「だから、星李が、あのコンビニに嘘のクレームを入れてたのが顧問にバレたみたいで…」

「嘘だ、そんなの!匿名で送り続けたのに、バレる訳…っ!」

「へぇ、やっぱり、クレームの犯人あんただったんだ」



 不意に、背後から小百合の声が聞こえて、星空は振り返ると、花子も一緒にいる。

 取り巻き達はと言うと、肩を抱き合って小さくなっている。



「なっ、何よ…っ!」

 星空が、奥歯を噛んで、睨みつけるが、小百合にはまるで効果がなく、腕を組んで冷ややかな目で見下ろしている。



「花ちゃんやあたしだけに止まらず、コンビニの人達にまで迷惑かけて、どう落とし前つけるつもり?」

 初めて聞いた時よりも、心なしかドスの聞いた声で、星空は思わず後ずさる。



「なっ、何よ!年下の癖にっ!!」

 星空が、負けじと拳を振りかざして飛びかかる。

「あ、危な…っ!!」



 花子が言うが早いが、小百合はあっさりと星空の手首を掴むと、道場で教えて貰った、こう言う時の為のとっておきの秘術である、痕が残らないツボを力一杯押した。



「い、痛…っ!!」

「これ以上花ちゃんや、秋山先輩達に迷惑かけたら、これぐらいじゃ済まないからね」



 小百合の後ろで様子を見ていた花子が、小百合の口から秋山先輩と言うワードが出て、こんな場面にも関わらず、敏感に察知する。

 痛みに耐えながらも、星空は喉奥から声を絞り出す。



「みっ、皆あの女が悪いんだ!何が、学校のアイドルだよ!ただ顔がいいってだけでしょ?!神楽坂君まで惑わされて、バッカみたい!!」



 大声を上げて泣き崩れる星空を見かねて、小百合は星空を開放すると、花子に行こう、と先を促して、颯爽とその場を去っていこうとした時だった。

「まっ、待って!」

 取り巻きの一人が、引き止め用と声をかける。



 声をかけた一人が、小百合に向かって深々と頭を下げる。

「ごっ、ごめんなさい!今ままでのこと、全部謝るから…っ!」



「そっ、それにあたし達、星李に言われてやってただけで、流石にやりすぎだよねって、言ってたんだよ。ね?」

 他の取り巻き達にも同意を求めると、同じくそうだと同調している。



「ほっ、本当にごめんなさい!」

 花子は、肩を震わせながら謝罪する様子に、少し可哀想に思えてきた。

 小百合は相変わらず冷ややかな目で、取り巻き達を見ると、冷たい声で言った。



「謝る相手は、あたしじゃなくて、花ちゃんでしょ。あと、コンビニの人達で、特に秋山先輩って言う、ちょっと背の高い男の人、いるでしょ。その人にも」



 取り巻き達は、顔を見合わせると、同時に深々と花子に頭を下げた。

「ごっ、ごめんなさい!あんなことして、許して貰えるなんて、思ってないけど…」



 花子は、今までやられて来たことを思い出し、それだけで済むようなことではないと、内心思いつつも、かと行ってこれ以上の免罪符が思いつかないのも事実で、溜め息をついて仏心を見せた。



「もう分かったから、頭上げて」

 それでも取り巻き達は、頭を下げ続ける。

「さっき小百合も行ったけど、コンビニの人達にも謝ってくれたら、それでいいから…」



 キーンコーン…、それ以上かける言葉が見つからず、どうしたものかと考えていると、予冷が鳴り、花子はそれ以上は何もすることはなく、身を翻した。



「行こ。授業始まっちゃう」

 小百合は花子の生ぬるいやり方に、溜め息をこぼす。

「ほんと、爪が甘いなぁ、花ちゃんは。あたしだったら、二度と顔を合わせられないくらい、叩き潰すのに」



 さらっと怖いことを言っているのが聞こえ、取り巻き達は、喧嘩を打った相手が小百合じゃなくてよかったと、心の中で呟いたそうな…。



「そういえばさ、さっきやたら秋山先輩に謝れって言ってたけど、なんで?」

「ああ、あれね。実はさ、裏であたしが秋山先輩に、花ちゃんのこと根回しして、助けてくれるように頼んでたんだよね」



「いっ、いつの間に…」

 花子は唖然として、小百合を見る。



「しかも、コンビニのクレーマーを特定したのも、実は秋山先輩なんだよね」

「ええっ?!」

 花子は思わず大声を上げると、そう言えば、神楽坂の正体を炙り出したこともあり、あの先輩にどこにそんな人脈があるのかと、疑問が浮かんだ。



「そうそう、本人から聞いた話なんだけどね、秋山先輩って、実は友達のお父さんが警察官らしくてさ、そっからいろんな情報を収集してるらしいよ」



「…な、成程…」

 ようやく全てのことに合点が行った花子は、ふと新たな疑問が浮かび上がった。



(そう言えば、星空が、神楽坂君まで惑わされたと言っているのを思い出した。一体どう言う意味だろう?)

 花子は、教室に辿り着くまで、その言葉の意味を考えたが、全く腑に落ちなかった。



 花子は、まぁいいかと考えるのを止めて、もう明日に迫る神楽坂とのデートのことを考えることにした。



◇◆◇



 そして、とうとう待ちに待った金曜日がやって来た。

 花子は、学校帰りということもあり、わざわざ私服の白のワンピースに着替えて、待ち合わせのコーヒー屋に向かった。

 駅のホームを見ると、時間まであと十分程余裕がある。



 一足早く行って待つか、コンビニで時間を潰すか悩んだが、十分くらいならと、待つことに決めてコーヒー屋に向かうことにした。



 コーヒー屋に辿り付くと、軒先では、女性の人集りができていた。

 花子は何事かと、背伸びをして覗き込むと、キラキラと輝きを放つ男性がいた。



 言わずもがな、神楽坂である。

 どうやら花子よりも一足先に来て待っているうちに、街ゆく女性に絡まれたのだろうなと、花子は苦笑する。



「ねぇねぇ、よかったら私達とお茶しない?」

「えー、あたしのがいいでしょ?」

「す、すみません…これからある人と待ち合わせしてるので…」



 困った顔して断っている神楽坂に、どう声をかけたらいいものか悩んでいると、神楽坂が花子の存在に気づいた。



「あ、山田さん!」

 女達は、神楽坂の視線の先を追いかけ、花子を見ると、勝手に彼女だと決め込んで、鋭い視線を投げる。

「なんだぁ、彼女いたんだぁ。つまんない、行こ」



 そう言いながら、女達は身を翻すと、花子に向かって舌を出したり、ブスなどと罵ったりと、各々の反応をしながら、その場を去って行った。



「ごめん、待たせちゃった?」

「ううん、そんなことないよ」

 久し振りに見る、神楽坂の甘い砂糖菓子のような笑みに、花子の心も自然と溶かされて行く。

「って言うか、私服…」



 花子は、神楽坂が制服を着ていることに気づくと、自分だけ気合いを入れて来たことが恥ずかしくなり、顔を赤らめる。



「こっ、これは別に、家が近いから着替えて来ただけで…っ!!」

 慌てて言い訳する花子に、神楽坂は優しく微笑む。

「可愛いよ。良く似合ってる」



 そう言われて花子は、胸を射抜かれ、完全ノックアウトして立ちくらみがしたが、なんとか自力で体制を立て直す。



「行こうか」

 神楽坂がリードして、店内のドアを開け、花子をエスコートする。

「あ、ありがとう…」

 ここまでのエスコートは慣れておらず、花子は少し緊張気味に店内に入る。



いらっしゃいませ!二名様ですか?」

「予約してた神楽坂です」

「神楽坂様ですね、かしこまりました。ご案内しますので、先にご注文の方お願いします」



 花子はまさか、予約までしてあるとは思いもよらず、呆気に取られてしまう。



「何にする?」

 暫く呆然としていた花子だったが、我に帰り、メニューを確認して、新作の苺あじのフレーバーのMサイズを頼んだ。

「お連れのお客様は、お決まりでしょうか?」



「ブラックコーヒーのMサイズを」

「かしこまりました。今すぐご用意しますので、あちらでお待ち下さい」



 二人は案内された場所に移動する。

「わざわざ予約してくれたの?」

「まぁ、ここ結構混んでるからね。待たしちゃうのも申し訳ないし」

「そ、そっか…」



 花子は、まるで高校二年生とは思えない身の振る舞いに、自分とは違う世界に住んでるのだな、などと卑屈に思ってしまう。



「お待たせしました!お席ご案内しますね」

 神楽坂はコーヒーを受け取ると、店員の後をついていく。

「こちらのお席になります」

 通されたのは、窓際の二人がけの席だった。



 いつも小百合と座る場所で、予約なんかしたことないのに、花子はなんだか特別な空間にいるような気分になる。



 神楽坂は、持ってるコーヒーをおくと、奥側の椅子を引いて、どうぞ、と花子を案内する。

「あ、ありがとう…」



 花子は流石に少し、気恥ずかしくなって、肩を竦めながら遠慮がちに座る。

 花子が座るのを確認してから、神楽坂もようやく腰を落ち着けた。



「今日はありがとう、付き合ってくれて」

「ううん、私も、久しぶりに話したいって思ってたから…」

 神楽坂はコーヒーに、砂糖やミルクなどは入れず、真っ黒いまま口に含んだ。



「ブラック派なんだ…」

「俺、甘いの苦手でさ…」

「そうなんだ…」



 まるで飲んでるコーヒーのような、苦い笑みを浮かべる神楽坂を習い、全く逆の余ったるいコーヒーを一口飲んだ。

 少しの間、沈黙した後、神楽坂が深々とこうべを下げた。



「ごめん、俺のせいで、色々迷惑かけて…」

 花子はすぐになんのことか察すると、慌てて両手を左右に振ってフォローする。



「いっ、いいよもう、その話は!神楽坂君が悪い訳じゃないし」

「バイト先の人から聞いたよ。俺がフった人から、嘘のクレームがあったって。しかも、学校でも壮絶な苛めにあったって…」

 花子は、言葉に詰まって下を向く。



 心なしか注目を浴びているような気がして、花子は居心地が悪くなり、どうしたら分かってくれるのかと、必死で言葉を探す。



「本当に、その話は大丈夫だから…神楽坂君が謝ることじゃないし…だから、頭あげて?」

 暫く頭を下げた後、ようやく神楽坂が頭を上げる。



「一応、あれからクレームも来なくなったみたいだし、もう気にしなくても大丈夫だから!ね!」

 そう、何度も言い聞かせていると、不意に神楽坂は緊張の面持ちで、口を開いた。



「本当にごめん…。あ、そうだ、店長から聞いたんだけど、その件で暫くシフトバッティングさせないようにしてたみたいだけど、来週から戻るみたいだから、宜しくお願いします」



 神楽坂は、礼儀正しくそう言うと、蜂蜜のような笑みを浮かべた。

 花子は、一層顔が真っ赤になって、それを誤魔化そうと、コーヒーを飲む。

 その後の二人は、ただただいつものように、談笑するだけの時間を過ごした。



 コーヒーを飲み終えたところで会計に行き、財布を取り出そうとしたが、神楽坂に止められてしまった。

「いいよ、僕の奢りだから」

「えっ?!」

 その時花子は、自分が払うことを前提に頼んだので、安い物を頼むんだったと、後悔しながら店を出た。

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