【八皿目】エスカレート

その翌日。

 星空達の嫌がらせは止まることはなく、更にエスカレートして行った。



 恐らくではあるが、教員に注意されたことが、更に星空達の嫉妬心を加速させたのだろう。

 流石に、小百合がいる時には何もしてはこないものの、一人の時を狙って、嫌がらせをしてくるようになった。



 それは、朝学校に行くと、上履きを隠されてたり、教室に移動しようとした時、わざとぶつかってきたり、移動教室の時を見計らって、教科書を破いて落書きされたり。



 その明くる日は、体育で着替える時盗撮されたり、トイレに入ってる時に頭からバケツで水をかけられたり。

 更には、バイトがあるひなのも関わらず、教室に夜の十八時頃まで一人で閉じ込められたこともあった。



 その時は流石に、おかしいと思った小百合が気づいて、難を逃れたが、花子の精神は確実に削がれて行った。



 それでもバイトだけは休むまいと、出勤すると、休みなのにも関わらず、神楽坂が顔を出していた。

「神楽坂君、なんで…」



 神楽坂は、花子の様子が最後にあった時からは、想像を絶する程やつれていることに気づき、申し訳なさそうに謝罪をした。



「ごめん、皆から全部聞いたよ。最近一緒に入ることがなかったから、そんなことになってたなんて、全然気づかなかった…」

 花子は、久しぶりに神楽坂に会えたことで、現金にも鬱屈とした気持ちが晴れていくのを感じて、久しぶりに心から笑った。



「ううん、神楽坂君は悪くないよ。それに、休みなのにそれを言いに来てくれたの?」

 神楽坂は、健気な花子に胸が締め付けられて、こうべを垂れると、スマートフォンを取り出した。



「ライン交換できないかな?改めてゆっくり話したいんだ」

 花子は思いがけない提案に、一瞬思考が飛んで、思わず声が裏返った。

「へっ?!」



「あ、いや、嫌だったら別にいいんだ。これ以上は下手に関わらない方がいいかもしれないし…」

「いっ、いや、嫌じゃない!交換しよう!私も話したいことあるし!」

 花子は慌ててスマートフォンを取り出して、ラインを交換した。



 神楽坂が時計を確認すると、出勤時間五分前で、切り上げて先を促した。

「それじゃあ、俺はこれで。お疲れ」

「お疲れ様」

 手を振ると、花子はガッポーズをし、今までのことなどすっかり忘れて、意気揚々とバックヤードに向かった。



◇◆◇



「おう、お疲れ。よかったなぁ、神楽坂とライン交換できて」

 着替え終わり、客足が途絶えたところで、秋山が声をかけて来た。

「そうなんですよーう!まさか、向こうから聞いてくるなんて、思いもしませんでした!」

 秋山はすっかり元気になった花子を、現金に思いつつも、安堵の息をつく。



「そうそう、あれから店長達が色々調べたんだけど、例のクレーマー、やっぱり山田の学校の奴だったみたいだぜ」

 花子はようやく正気を取り戻し、天国から地獄に突き落とされた気分になった。

「やっぱり、そうだったんですね…。でもどうやって調べたんですか?」

 秋山は、ふふんと鼻を鳴らしてお茶を濁した。

「まぁ、やろうと思えば方法なんていくらでもあるってね」



 一体何をしたんだと、花子は益々気になったが、聞かない方がいい気がして、グッと堪えた。

「それでまぁ、とりあえず今は、学校に掛け合ってるみたいだから、それで少しは収まるかもよ?」

「そ、そうなんですか…」

 その言葉を聞いて、花子はほっと胸を撫で下ろした。



 その様子を見て、秋山はよっぽど酷い仕打ちを受けたんだなと察して、花子の頭を軽く叩いた。

「今までよく頑張ったな」

 優しく笑う秋山に、花子は思わず目頭が熱くなるのを感じたが、バイト中だったので、堪えた。

「小百合が、支えてくれたんです。昔から、私が苛められてたら、いつも助けてくれたんです」



 秋山は、この間屈強な男に絡まれていたのとは、意外な一面を聞いて、思わず目を見開いた。

「え、何?小百合ちゃんって、そんな強いの?」

「強いですよ?なんてったって、道場の娘ですからね。下手な男よりもずっと強いですよ」

 その話を聞いて、秋山は唇を尖らせて、頭を掻いた。



「なんだよ、俺が助けなくてもよかったんじゃんか」

「なんの話ですか?」

 花子は初めて聞く話に、目をパチクリさせる。

「あれ、小百合ちゃんに聞いてねぇの?」

「何がですか?」



 秋山が話すべきか考えてると、客が来たので阻まれた。

「いらっしゃいませ!」

 久しぶりに心から笑って接客すると、男は自分を見るなり、気持ち悪い笑みで話かけて来た。

「連絡先渡したのに、全然連絡がないし、いつもの時間にいないからやめたのかと思ったけど、時間が変わっただけだったんだね」



 花子は思わず顔が引きつりそうになるのを堪え、誰か思い出せず躊躇う。

「え、えっと…」

「言わなくてもわかってるよ。僕にラインするのが恥ずかしかったんだろ?だったらさ、今ここでいいから返事ちょうだい?」

 そこまで言われて、ようやく誰か思い出した。



 そうだ、久保明だ。

 まさか今更会うなんて思いもしなかった。

 久保は、カウンターに身を乗り出して、花子の手を握った。

「僕は、今まで君のこと一度も忘れたことなかったよ。今でもずっと好きなんだ。だから、付き合ってよ」



 花子は流石に耐えられなくなり、身の毛がよだち、全力で手を振り解こうとする。

「はっ、離してください!仕事中なので困ります!」

「あはは、困ってる顔もか〜わいい」

 語尾にハートマークがつく勢いで言われ、花子は心の中で叫ぶ。



「おい、お前、俺の彼女に何やってんだ」

 不意にドスの効いた男の声が聞こえて、花子は目を丸くした。

 久保が振り返ると、その男を睨みつける。

「はぁ?なんだテメェ!邪魔すんじゃねぇよ!」



 久保は、思い切りその男に顔面をぶん殴られて、その場に尻餅をついた。

 その男の正体は、いつの間にか私服姿になった、秋山だった。

 久保は殴られた顔を抑えながら、涙目で秋山を睨む。

「ちっ、ちくしょう!覚えてろよ!!」



 情けない捨て台詞を吐きながら、久保は脱兎の如くに逃げていった。

「ったく、諦めたのかと思ったら、全然諦めてなかったのかよ」

 乱れた上着を整えながら、秋山は溜め息をつく。

 花子は暫くポカンとしてたが、不意に笑い声を上げた。



「なんか久し振りですね、秋山先輩に助けてもらうの」

「そうだなぁ、最初の頃は茶飯事だったけどな」

 そうなのである。

 こんなヒョロッちい体のくせして、正義感は強く、花子が今みたいに男に絡まれては、彼氏のフリして助けてくれたのだ。



「先輩、いっそ、小百合ん家の道場の生徒になったらどうですか?」

 素早く着替えて出てきた秋山に、花子は提案する。

「あー…それもいいかもなぁ…。そしたら毎日小百合ちゃんにも会えるし」

 満更でもない秋山に、花子は意外そうな顔をする。



「先輩、もしかして、まだ小百合のこと好きなんですか?」

 聞かれて秋山は、この前のことを話してなかったことを思い出して、頭を掻いた。

「ああ、そういや話してなかったんだっけ…」

 その言葉を皮切りに、望月とのことを含め全て話した。



「そうだったんですか…」

 花子はまだ望月が、自分に謝罪することを諦めていないことを知り、深く溜め息をつく。

「でもまぁ、今の話聞いたら、俺が出る幕なかったんだなって思ってさ…」

 ここで途切れた話が繋がって、花子はモヤモヤが晴れた。



「俺、諦めるつもりねぇから」

 自信たっぷりに言う秋山に、これは本当にもしかしたらもしかするかもしれないと、花子は改めて秋山を応援することにした。



◇◆◇



 花子はバイトが終わり、電車に揺られながら、神楽坂にラインを送った。

【こんばんは、バイト先の山田花子です】

 ドキドキしながらラインを待つと、五分ぐらいして返事がきた。

 返事を確認すると、以外にも可愛いウサギのスタンプ付きで、花子は思わず顔が綻んだ。



【お疲れ様、神楽坂です。例の話なんだけど、ラインじゃなくて、ちゃんと謝りたいから、次の休みにでもお茶しない?】

 ラインで十分済む話なのに、紳士な対応に、花子は感嘆の息を漏らす。



【分かりました。次は、金曜日休みなんですけど、放課後にどうかな?】

【大丈夫だよ。場所はどこがいい?】

 花子は顎に手を当て、暫し考える。

【駅前のコーヒー屋とかどう?】

【いいよ。時間は、何時ぐらいがいいかな?】



【十六時でどう?】

【分かった!じゃあ駅前のコーヒー屋に、十六時に!】

 その返信のすぐ後に、了解と言う意味のスタンプがついていて、自分も気の利いたスタンプを送って、スマートフォンを閉じた。

(金曜日の十六時かぁ〜)

 花子は、電車の中にも関わらず、帰宅するまで、顔が緩みっぱなしだった。



◇◆◇



 翌朝、花子は昨日秋山が行っていたことを思い出し、まだ少し気が思いが、学校へ向かった。

「おはよー」

 駅のホームで小百合とバッティングして、花子は明るい表情で挨拶をする。

 昨日まではとは打って変わった表情に、小百合は目を見開いたが、フッと安堵の息を漏らす。



「どした?なんかいいことでもあった?」

「うん、まぁ色々ね。秋山先輩に聞いたんだけど、例のクレーマーの件、やっぱり星空先輩だって」

「そっか…。それで、どうするの?」

「店長がさ、学校に掛け合ってるってさ。もしかしたら、もう嫌がらせを受けることはないだろうって」

「そっか!よかったじゃん!」

「小百合や、秋山先輩達のお陰だよ。ありがと」



 素直に礼を言われて照れ臭くなったのか、小百合は顔を赤らめて顔を逸らす。

「秋山先輩も、意外と役に立つんだね」

 少し皮肉った物言いに、花子は昨日秋山が言っていたことを思い出し、ニヤリといやらしい笑みを浮かべ、唇に手を添えてからかう。



「おやぁ?もしかして、秋山先輩のこと、気になるのかな?」

 言われて小百合は顔を真っ赤にさせる。

 分かりやすい奴め。



「あれぇ?図星かなぁ?」

「ばっ、何言ってんの!そんなんじゃないに決まってんでしょ!あんなヒョロッちぃ男なんて!!」

 両手の拳を握り締めて、必死になって反論する小百合に、花子はお腹を抱えて笑った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る