【七話目】嫉妬
翌朝、花子は学校に行くと、何となく嫌な予感がして、下駄箱を開けて上履きの中を確認すると、案の定画鋲が幾つか入っていた。
「うわ、これはまた分かりやすい…」
あんまりにも古典的すぎて、花子は思わずドン引きしている。
「うっわ、今時いるんだね、こんな嫌がらせする人…。相手、もしかして、例のバスケ部の先輩?」
神楽坂との会話から想定すると、おそらくそうだろうと、花子は確信めいたものを感じた。
「だから嫌だったのに…」
花子は、神楽坂の性癖を知ってから、先輩が振られることなど、ほぼ十中八九想定していたのだ。
何故なら、先輩の名前は
名前を聞いた時、さぞかし鳥肌がたっただろうな、とその光景を思い浮かべて、苦笑いを浮かべる。
先輩本人も、この名前で苦労したこともあったかもしれないと思うと、どこか既視感を抱き少々不憫に思えなくもなかった。
花子は画鋲を取った上履きを履き、教室へ向かう。
ドアを開けると、なんだかクラスの人たちが、こちらを見てざわついている。
花子はもしかして、とその視線の意味を悟ると、人の合間をくぐり、自分の席に向かうと、花子の間は的中する。
(やっぱり)
机には、死ねだのキモいだのとこれでもかと言うほどの悪口が書かれていた。
花子はそれ以上何かないかと、念入りに確認して、安全なことが分かってから席についた。
「流石に、酷くない…?後で、変えてもらうように言ってあげるよ」
「ありがとう…」
花子は溜め息をつくと、ふとある疑問が浮かんだ。
(学年が違うのに、どうやったんだろう?)
「おーい席つけ!出席取るぞー!」
担任がやって来ると、この異常事態に気づくこともなく、平然とホームルームを始めた。
◇◆◇
昼休憩が入り、先生に事情を説明すると、新しい机に変えてもらうことができ、花子はとりあえず安堵の息をつき、小百合と一緒に学食に向かう。
花子は生姜焼き定食、小百合はカレーを頼み、いつもの席に着いた。
「小百合は、いつもならば食事中はあまりスマートフォンは触らないのに、何も言わずラインを打ち始めた。
すると、花子のスマートフォンが鳴ると、小百合はアイコンタクトを取る。
どうやら、内容を本人に聞かれるなもしれないと、配慮して結果のようであることは、すぐに分かった。
「え…っ」
花子はその内容を見て、愕然とする。
小百合からの内容はこうである。
【あの後、別のクラスの子に聞いたんだけど、花ちゃんの机に落書きした奴、隣のクラスの奴で、星空先輩の取り巻きらしい】
小百合は、用心深く花子の反応を見ながら続きを打つ。
【しかも、三人ぐらいいるみたい。先輩も、神楽坂君がフッたのは、花ちゃんのせいだって思ってるみたい】
「そ…っ」
思わず声に出しそうになるのを、グッと堪えて返事を返す。
【そんなこと言われたって、神楽坂君が言ったることは本当だし、私悪くないのに…】
次の文を打とうとして、小百合は花子の背後に、いつの間にか例の先輩がいるのに気づいた。
「危な…っ!」
咄嗟に止めようと立ち上がったが、時はすでに遅く、花子は頭から水をかけられて、ビショビショになっている。
「ごっめーん!つい手が滑ったぁ!」
わざとらしく笑いながら、星空が言うと、さっき言っていた隣のクラスの取り巻き連中も、こちらを見て笑っている。
呆然としてる花子に変わり、小百合が先輩であるにも関わらず、鋭く睨みつけて対抗する。
「ちょっと!なんのつもりだよ?!あんたがフラれたのは、花ちゃんのせいじゃないじゃん!」
星空も、フンと鼻を鳴らし、冷ややかな笑みを浮かべる。
「はぁ?何、あんた。こいつの友達?だったら、あんたも一緒にいじめてやろうか?」
分かりやすい挑発に、小百合はぐっと、握り拳を見せつて反撃する。
「やってみろ。百目鬼道場の娘、舐めてんじゃねぇぞ」
花子は、小百合のドスの聞いた声に、ハッと我に帰った。
取り巻きを見ると、ひっと上擦った声を上げている。
何を隠そう、百目鬼小百合は可愛い顔をしてるので、何年も付き合ってるのにたまに忘れるが、道場の娘らしく、段位持ちの剛腕の持ち主で、花子自身も六年間苛められて来たものの、彼女が守ってくれたおかげで、不登校になることなく、学校に通うことができたのだ。
しかし、星空も、そこはエースのプライドがあるのか、負けじと対抗する。
「なっ、何よ!やろうっての?!」
「やれるもんならやってみな!!」
二人が掴みかかりそうになった時、教員がやって来て、なんとか寸手のところで止めた。
とりあえずその場は収まったが、花子はその日は帰ることにした。
◇◆◇
花子は家に帰った時は一時を回っていた。
とりあえず、濡れた上着をハンガーにかけてベランダに干すと、軽くシャワーを浴びる。
(はぁ、こんな苛め、何年振りかな…)
花子は、シャワーを浴ていると、思い出したくもない記憶が嫌でも蘇ってきて、思わず目頭が熱くなる。
(いかんいかん!こんなことで挫けててどうする!何がなんでも、神楽坂君とゴールインするんだから!)
花子はブンブンと首を振り、喝を入れると、風呂場から出て髪を乾かした。
着替えが済んで時計を見ると、まだ二時を過ぎた頃で、花子はどう時間を潰そうと考えながら、とりあえずとスマートフォンを開くと、小百合からのラインがあった。
【どう?大丈夫?】
あんな状況でも尚自分を心配をしてくれる小百合に、花子は感動が込み上げてくる。
【大丈夫、ありがとう。小百合も大丈夫?あれから何もない?】
【うーん、まぁちょっと先生に絞られたけど、あたしは悪くないって言って泣き落としたら、なんも言わなかったかし、あんだけ拳チラつかせときゃ大丈夫っしょ】
「さっすが、小百合…強いわ」
思わず本心をこぼすと、花子は返信を打つ。
【もうすぐ給料日だから、なんか奢ったげる】
【マジで?期待してる!】
花子は既読がついたのを確認すると、小腹が空いたので、買い置きの焼きそばで胃袋を満たすことにした。
◇◆◇
十五時になり、花子は電車に揺られてコンビニに辿り着くと、何やら秋山と綾瀬が不穏な表情でこちらを見ている。
花子は何かミスでもしたのかと考えるが、思い当たる節などなく、恐る恐る尋ねる。
「何か、あったんですか?」
聞かれて秋山が、数枚のファックスを差し出す。
「これって…」
花子が確認すると、そこには身に覚えのないクレームが記されてあった。
「店長にも確認したんだけど、三日位前から、電話でお前宛に何件かクレームがあったって」
秋山に言われ、花子がすかさず反論する。
「わっ、私、こんなことした覚えありません!」
秋山は、眉をひそめて溜め息をつく。
「それは、俺と綾瀬も言ったよ。お前の働き振りは分かってるし、今までそんなミスなんてしたことないし」
「しかも、全部匿名だから余計タチ悪いよね。なんか心当たりない?」
「心あたりなんて…」
綾瀬に聞かれて、即座にないと答えようとして、花子はハッと息を飲んだ。
花子は、言って良いものか悩んだが、正直に言うことにした。
「なるほどね…」
秋山と綾瀬は呆れた顔をしている。
「で、その腹いせにあることないことデッチあげて、あんたを苦しめようってことか」
「くっだらね」
そのクレームが嘘だとわかって貰えたようで、花子は安堵の息をついた。
「店長はなんて言ってました?」
「とりあえず、本人に確認してみて、それから様子みようって」
「そうですか…」
「まぁ、今日は神楽坂は休みだから何もないと思うけど、心配だし、上がるまで待機するわ」
秋山の意外な言葉に、花子は断ろうと声を上げる。
「そっ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です!流石に、店に来てまでは、嫌がらせはないと思いますし…」
秋山は、頭をかきながら、心配そうな顔をする。
「でもなぁ…」
歯切れ悪く言う秋山に、綾瀬がふむ、と顎を撫でる。
「だったら、私が十九時までだから、それまではしっかり見張っとくから、秋山君は帰っていいよ」
そう言うと綾子はグッと拳を見せる。
「フラれはしたけど、一応惚れた女だからね。お姉さんがしっかり守ってあげる」
男よりも男らしいセリフに、花子は感動した。
「綾子さん…!」
「それに、その子がもし可愛かったら、女の快感を与えるってのもありだと思うしぃ〜」
こんな状況で自分の欲を満たそうと考える綾子に、逞しいと思うべきか呆れるべきか複雑な感情を抱いた。
「とりあえず、時間ないから着替えておいで」
「分かりました。ありがとうございます」
花子は深々と頭を下げると、更衣室に入り、本当に今の職場で良かったと、感慨に浸った。
◇◆◇
十九時が回り、綾子は後ろ髪を引かれながらも、タイムカードを切り帰って行った。
今一緒にいるのは、花子のことが心配で休みだったにも関わらず、心配で様子を見に来た店長の、
店長と秋山と綾子は味方をしてくれてはいるが、藤田に至っては、接点があまりないのと、花子のことには全く興味がなく、基本事勿れな性格なので、我か関せずと言った具合である。
その日はなんとか、何事もなく無事に終わったが、クレーマーの件のことは、犯人が特定できた訳ではないので、神楽坂とはことが落ち着くまでバッティングしないと言う方向で収め、急遽変更されたシフトを受け取り、花子は帰路に着いた。
「あーあ…。これじゃあ、暫く神楽坂君に会えないじゃん…」
電車に揺られながら、花子は深い溜め息をついた。
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