【六話目】小百合の気持ち

小百合は、秋山をフッてから、それ以上何もなさすぎるので、そのことがずっと気がかりで、頭から離れなかった。

 最初、秋山に会ったのは、花子がバイトが決まって、初めて客として行った時。



 それなりのイケメンで、対応も良かったので、仕事ができる人と言う店は、そこそこ好印象ではあった。

 花子が秋山から告白を受けた話も聞いていたから、まさか今度は自分に白羽の矢が立つなんて、思いもしなかったのだ。

 


 秋山が自分のことを好きなのだと告白してきた時は、なんだこのチャラ男め、と思った。

 だが、どうやら自分に告白する為に、三ヶ月かけて筋トレをしていたことを聞いて、ただのチャラ男じゃなかったのかと、少し見直しはしたのだ。



 しかしだ。

 自分は強烈な苗字フェチの花子並みに、負けず劣らずの筋肉フェチなのだ。

 だから、秋山程度の筋肉なんかでは、なびくものかと、心に決めていたのである。

 


 ところが、花子の話を聞いた限りでは、自分をフッたその後も、全然態度が変わらないらしく、花子に対して最初こそは愚痴っていたらしいが、最初の一日だけで、いつまでもネチネチと言って来る訳でもなく、寧ろフラれた花子を応援する精神に、小百合の心は少し傾き始めたのだ。

 こんなフェチじゃなければ、今頃付き合っていたかも知れない、と小百合は思う。



「なーに考えてんだ、あたしは」

 小百合はブンブンと首を振り、秋山のことを忘れようとする。

 暫くベッドに突っ伏してると、ラインの電子音がした。

 画面を確認すると、花子からだった。



【聞いて!神楽坂君、めっちゃヤバかった!】

 そう言えば、今日から新人が入るとか言ってたっけ。

【もしかして、イケメンだった?】

【イケメンすぎて眩しいくらい!人集りもできてて、アイドル状態!】

 小百合は思わずへぇ、と感嘆する。

 そんなに凄かったのか。



 小百合はふと秋山のことが気になり、聞いてみることにした。

【秋山先輩、どんな感じ?】

【どうした?最近良く聞いて来るじゃん】

【別に深い意味はないんだってば】

 そう、深い意味はない。ただ、気になっただけ。



【別にいつも通りだよ。普通に仕事してる】

【あたしのこと、なんか言ってる?】

【特には、何も】

【そっか…】

(なんだ、何も言ってないのか)



 小百合は何故か残念な気持ちになったが、我に返り首をブンブンと横に振る。

「だからなにもないんだってばー!!」

 大きな独り言を叫ぶと、枕に顔を埋めてジタバタともがいた。



◇◆◇



 放課後、今日は花子がバイトで別行動だった。

 小百合は昨日から秋山のことが頭から離れず、いつの間にか、秋山がいるコンビニに足を運んでいた。

(あれ、あたしいつの間に…)

 小百合は帰ろうと身を翻したが、バイトが終わったのか、秋山が出てきた。



「あ、秋山先輩…」

 名前を呼ばれて、聞いたことある声に反応して、秋山はこちらを見る。

「あれ、小百合ちゃんじゃん。山田ならまだバイトしてるよ?」

 


 ふと視線が合い、小百合は思わず胸が高鳴って顔が真っ赤になり、咄嗟に下を向いた。

「ちっ、違うんです!花ちゃんに会いに来た訳じゃなくて…っ、その…っ」

(あれ?自分は誰に会いに来たのだろう?)

 小百合は自問自答する。



 小百合の様子を見た秋山は、変わらず優しく微笑みかけて来て、耳まで顔が真っ赤になって、すかさず顔を反らす。

「べっ、別に秋山先輩に会いに来たんじゃありません!!」

 小百合は大声でそう言うと、身を翻して走り去って行った。



 その様子に秋山は、ハハッと笑って、

「誰も俺に会いに来たのかなんて、聞いてねぇのにな」

 そう呟くと、小百合と同じ方向に歩き出した。



◇◆◇



 小百合は駅まで全力疾走すると、駅のホームで一息ついた。

(何やってんだ、あたしは…)

 息を切らしながら自暴自棄になっていると、聞き覚えのある声に気付き顔を上げる。



「も、望月…」

「あんた、確か友達だよな、山田の」

 小百合は鋭く睨み付ける。

「なによ、それがどうかしたの?」



 望月は懇願するように頭を下げる。

 思わず小百合は辟易して、一歩後ずさった。

「恥を忍んであんたに頼みがある!」

「はぁ?何よ、この期に及んで…っ」



「もう一度、山田に会わせて欲しいんだ!山田はああ言ったけど、どうしても俺の気が済まないんだ!」

 小百合の表情が歪む。

「知らないよ、そんなこと!花ちゃんがああ言ったんだから、もうこれ以上は無理だよ!諦めな!」



 叱責する小百合を、望月は諦め切れず、強く腕を掴む。

「…っ!」

 予想以上に力が強く、痛みが走る。

「頼むよ、会わせてくれるだけでいい!だから…っ!」

「止めろよ、嫌がってんだろ」



 小百合は目を見開いた。

 先程別れた筈の秋山が、望月の肩を掴んでいる。

「秋山、先輩…」

 見ず知らずの奴に邪魔されて、望月はとりあえず、この場は大人しく身を引き去って行った。



 小百合は、自分よりも屈曲な男から助けてくれた秋山を、まるで王子様か何かと錯覚した、と思えたが、秋山はヘナヘナと力なくその場にしゃがみ込んだ。

「あー!怖かった!ブン殴られたらどうしようかと思った!!」



 情けない声を上げる秋山に、小百合は一瞬で白けてしまって、さっきのトキメキ返せと、心の中で毒を吐いた。

 やはり、たった三ヶ月ジムで鍛えたくらいじゃあ、たかが知れているのだと、小百合は落胆した。

 望月が暴力を振るわなかったのが、せめてもの救いである。



「なんで弱っちぃ癖に、助けたりしたんですか」

 小百合の容赦ない言葉に、秋山は苦笑いをする。

「助けて貰った人に対してそれかよ。ったく、山田と言い小百合ちゃんといい、俺の周りには冷たい女しかいねぇのか」

 唇を尖らせて嘆く秋山に、小百合は溜め息をついて秋山の隣にしゃがみ込んだ。



「悪かったですねぇ、冷たい女でー」

「結局変わんねぇのかよ…」

 秋山は、小百合の腕が赤くなってることに気付いた。

「腕、大丈夫か?つーか、彼氏居んならそう言えばよかったじゃんか」

 



 小百合は、腕をさすりながら、あからさまに不服そうな顔をする。

「違いますよ。あいつは、昔、花ちゃんを苛めてて、花ちゃんを苗字フェチにした張本人ですよ」

 秋山は、ああ、と納得した。

「じゃあ、なんでそんな奴が小百合ちゃんに言い寄ってた訳?」



 小百合は面倒臭そうな顔をして、ポツリポツリと説明する。

「なんか色々思うことがあったみたいで、この間たまたまこの駅で会ったんですよ。

 で、その時に、花ちゃんに昔やったことを謝らせてくれって言ったんですけど、花ちゃんが許してくれなくて。

 だからもう一度会わせてくれって、あたしに講義してたんです」



 なるほどな、と秋山は納得すると、自分の頭を掻く。

「そりゃあまぁ、山田の言うことのが最もだろうな。六年も苛めてりゃあ、そう簡単には許せる訳ねぇわな」

 そう言うと秋山は、小百合の顔を覗き込む。



「で、それはそうと、小百合ちゃん、今フリーなんだ?」

 小百合はしまった!と余計なことを言ったことに気付き、咄嗟に自分の口に手を当てた。



 その様子を見た秋山は、悪戯な笑みを浮かべる。

「へぇ、じゃあ俺、もしかしてまだワンチャンあるってこと?」

 小百合は顔を真っ赤にして顔を反らす。

「あっ、ある訳ないじゃないですか!誰が、あんたみたいなひょろっちいチャラ男と!」



「じゃあ、さっきは誰に会いに来たのかな?山田がバイト終わる時間くらい知ってる癖に」

 ニヤニヤといやらしい笑みを向けて来る秋山に、小百合は拳を握り締めて、精一杯顔に張り手を食らわした。



 しかし、全然力が籠っておらず、秋山は何事もなかったかのような顔をして、自分にまとわりついて来る。

「小百合ちゃん、かーわーいー!」

「うるさい、死ね!このミジンコ野郎!」

 小百合は思い付くだけの暴言を吐きながら、必死に秋山を押し退けようとした。

 


「何やってんの、秋山君?」

 不意にバイト帰りの綾瀬の声が降って来て、二人は顔を上げると、秋山は小百合の手を引いて立ち上がる。

「綾瀬さん、今上がり?つか、今何時?」

「十九時だけど…」



「げっ、もうそんな時間?!」

 秋山が慌てて帰ろうとした時、綾瀬が目敏めざとく小百合に目をつけると、目の色を変えて、近づいた。

「君、どっかで見たことあると思ったら、いつも山田ちゃんと一緒にいる子だよね?」



 小百合は思わずたじろぎ、後退る。

「そっ、そうですけど…」

「知らなかったよ、まさか秋山君に、こんな可愛い彼女がいたなんて」

 何か勘違いしてるようで、彼女と言われて、小百合は思わず、上ずった声を上げる。



「見たところ、秋山君なんかには勿体ないと思うんだよね。だからさ…」

 そう言うと、腰に手を回してこれでもかと言わんばかりの色目を使って来る。

「秋山君なんか止めて、あたしと付き合わない?」



 そう言った時、頭に強い痛みが走った。

「痛っ!」

 振り替えると秋山が、拳を握り締めて、身を震わせている。

「綾瀬、てめぇ、いい加減にしろよ!そいつは俺の彼女じゃねぇよ、まだ!!」



 秋山の言葉を聞くと、綾瀬は一層目を輝かせて小百合に纏わりつく。

「そうなんだ?!だったら尚更あたしと付き合うチャンスじゃん!」

 腰に手を回そうとしたが、秋山に首ねっこを掴まれ、無理矢理引き離される。



「だから止めろっつってんだろ!つーか、可愛い子見つける度にナンパすんのも止めろ!」

「なによ!あんたに関係ないじゃん!この面食いチャラ男!!」



 公共の場で口喧嘩を始めた二人に、やっぱり秋山はチャラ男なんだと、小百合は改めて思い、盛大な溜め息をついた。

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