【四話目】新人
その翌日。
ようやく待ちに待った新人との対面の日がやって来た。
花子は、今までのことは全て忘れるんだと言い聞かせ、顔を両手で叩き気合いを入れて、まるで戦場に向かうかのような足取りで、バイト先に向かった。
コンビニに辿り着き、店に入ると、花子はレジに人集りができていて、何かトラブルでもあったのかと、背伸びをして様子を見る。
「ねぇねぇ、お兄さん、名前なんて言うんですか?」
「連絡先教えて下さい!」
「あ、ずるい!あたしが先に言おうとしてたのに!」
人集りはどうやら全員十代後半~二十代前半くらいの女性のようで、店員に連絡先を聞こうと必死になっているようだった。
花子は、うちにそんなイケメンなんていたっけ?と首を傾げる。
秋山もそこそこ整っているので、一度くらいは連絡先を聞かれたことくらいはあるらしいが、ここまでの人集りができたことはなかった。
花子はレジの入り口まで塞がれているので、その間を掻き分けて、やっとの思い出バックヤードに入ると、疲れ切った顔をした、秋山とは違うもう一人の女性店員が、グッタリと机に突っ伏していた。
「お疲れ様です…。もしかして、あの人が例の新人さんですか?」
「おつかれー。そうそう!
どうやらその女性店員は、休憩に入り今のいままで、人だかりを追い払いながら仕事をしていたらしい。
花子は苦笑いして、あのルックスだと、そうなるだろうなと、妙に納得した。
女性店員の名前は、
中性的なスレンダー美人なのだが、男には全く興味がないそうで、美少女系アニメや可愛い女の子が好きな女性であり、もったいないと花子は思ったものである。
「ったく、ここはホストやライブ会場じゃないっつの!」
文句を言う綾瀬に、花子はふと疑問を抱き質問する。
「でもいいんですか?一人にして。今日からですよね?」
「って思うでしょ?めっちゃ優秀だよ、彼。前も違う店舗のコンビニでバイトしてたらしいから、全然教える必要なし!」
へぇ、と花子は思わず感嘆の溜め息をつく。
「でもだったらなんで、うちに来たんですか?もしかして、掛け持ち?」
綾瀬は溜め息をつくと、腕組をして、遠くを見つめる。
聞かれて綾瀬は言い辛そうに口を開く。
「それがさ、あのルックスでしょ?だから前のところで、同僚にストーカーされたんだって」
「ストーカー…」
花子は思わず顔がひきつる。
「でも苦学生だから稼がないといけないからって、うちに来たんだって。偉いよねぇ~」
「先輩だって充分偉いじゃないですか。大学行きながらバイトしてるんですよね?」
綾瀬は、おばさんみたいに手を上下に振って、あっはっは!と豪快に笑う。
「なーに言ってんの!違う違う!あたしなんか、ただコンビニでバイトすりゃ推しのグッズとか手に入りやすいし、可愛い女の子達が見れるってだけだから、神楽坂君とは雲泥の差よ!」
そうだった。そういえば、秋山がそんなことを言ってたのを思い出した。
すると綾瀬はおもむろに立ち上がると、着替えている途中で、男性陣が出払ってるのをいいことに、お構い無くカーテンを開けると、壁に腕をつき、花子に近寄る。
「いいんだよ?別に、今からでも、あたしと付き合っても?そういえば、こないだの合コン惨敗だったみたいだし、お姉さんが慰めてあげようか?」
綾瀬は目を細めて下着姿の花子を、舐めるように見ると、顎を指で持ち上げて、唇を近づけようとする。
さっき、ここはホストクラブじゃないとか言ったのは、どこの誰だ?!と花子は心の中で叫ぶ。
間近で見るとやはり美人で、こんな状況にも関わらず見惚れてしまいそうになったが、なんとか我に帰って、両手でグイと押し退ける。
「やっ、やめて下さい!前にも言いましたけど、私、そういう趣味はないので!」
必死に訴える花子に、綾子はすぐに離れる。
「冗談だって、冗談!怒んないでよ~」
花子はドキドキしながら唇を尖らせる。
一度告白されたことがあるので、本当に冗談なのか分かったもんじゃない。
「おい、お前ら。何やってんだ!」
綾瀬の後ろから、先程まで接客をしていた秋山の声が聞こえて、花子はすかさずカーテンを閉めた。
「おや、秋山君!おつかれー!」
「おつかれ、じゃねぇ!まーた山田にセクハラしてたな!」
「大丈夫!何もしてないから!あ、そうそう、一番くじの、五人は花嫁のフィギュア、いつ入荷するか確認したら、五つ分確保しといてー!それじゃ!」
そう伝えるだけ伝えると、綾瀬は逃げるように、さっさと業務へ戻った。
「ったく…」
秋山は呆れたように溜め息をつくと、チラリと更衣室の方を見た。
「大丈夫、見てねぇから」
本当に見られてないか疑わしいところだが、花子はさっさと着替えてカーテンを開けると、秋山は口を隠して顔を逸らすしている。
心なしか顔がほんのり赤い。
嘘だな、と花子は思って花子は思わず恥ずかしさで消えてしまいたくなったが、堪えてあえて何も言わないことにした。
「そうそう、見たか?新人。なかなかのイケメンだっただろ?」
秋山はレジにいる神楽坂を指刺しながら、何故か誇らしげに言う。
「イケメンすぎて寧ろ眩しいです」
花子は顔を合わせないように下を向きながら、タイムカードのある場所に向かう。
「そりゃあ良かったな。あとは頑張れよ」
そんな花子の気持ちなど梅雨知らず、ポン、と花子の頭を優しく叩くと秋山は、タイムカードを切って、更衣室に入った。
小百合にフラれたばかりだと言うのに、自分のことを応援してくれる秋山の姿に、改めてやはりいい先輩であることは変わり無いのだと再認識し、花子は少し胸が痛くなった。
(本当にいい先輩なのに。せめて小百合と報われたらなぁ…)
そう思いながら花子はタイムカードを切り、仕事に向かった。
◇◆◇
ピーク時間になると流石に迷惑だと言うことが分かったのか、神楽坂の取り巻き達は渋々帰って行った。
花子は、神楽坂の丁寧な仕事っぷりを目の当たりにして、改めて先程綾瀬が言っていたことの意味を理解した。
「ありがとうございました!」
ようやくピークがすぎ客がまばらになったのを確認すると、花子はやっと神楽坂とまともに話すことができるようになった。
「神楽坂君、凄いね。今日入ったばっかなのに。私なんか、レジまともに打てるようになるまで一ヶ月はかかったよ」
「あはは、今日入ったばっかって言っても、前のところで二年やってたし、僕も最初の頃はそれくらいかかりましたよ」
年齢的には自分よりも上だというのに、敬語で話すところがまた好印象である。
しかも、笑うとまたイケメンが引き立ち、それだけで胸を射抜かれそうになる。
苗字にだけこだわるようになってからは、顔なんてそこまでこだわってなかったのに、こんな気持ちは何年ぶりだろうかと花子は思う。
それにしても、こんなに有能なのに、辞めた理由がストーカーなんて、本当に不憫だと花子は思う。
「なんか、すみません、初日だって言うのに迷惑かけてしまって…」
唐突に謝罪されて、花子はなんのことかと、小首を傾げる。
「何が?」
「さっきのお客さん達…、僕のせいなのはわかってるんですけど、それでも働かないといけないので…」
そこまで言われてようやくなんのことか理解して、花子は優しく微笑む。
「気にしないでいいよ。それで売上も伸びれば御の字だし」
「あはは、先輩、面白いですね。店長も同じこと言ってました」
花子は、初めて先輩と言われて、思わず胸を張りそうになったが、神楽坂の方が有能なので少しむず痒くなる。
「でも安心しました。実は僕、前のバイト先は同僚にストーカーされて辞めたんです。しかも入った初日から、連絡先教えてくれってしつこかったんです。それに比べてここは僕に対して普通に接してくれるので、安心して仕事できそうです」
花子はその言葉に、少し胸が痛くなった。
かく言う自分も、さっきの客みたいに、今の今まで胸をときめかせていたのだ。
彼女がいるのかどうか聞こうと思っていたのに、これだは聞ける雰囲気ではなくなってしまった。
神楽坂はふと時計を確認すると、二十時になったのを確認する。
「あ、僕前出ししてきますね」
「いってらっしゃい」
神楽坂を送り出すと、花子はホットスナックの賞味期限チェックに入った。
◇◆◇
「お疲れ様でーす」
二十一時半頃になると、高校生は二十二時までは働けないので、中途半端な時間だがここで次の人と交代することになっていて、花子と神楽坂はタイムカードを切った。
「どうぞ、先輩先に着替えて下さい。僕待ちますから」
神楽坂はそう言うと、シフトを確認しながら待つ。
「ありがとう」
花子は礼を言うと、カーテンを開けて素早く着替えて更衣室を出た。
「あのさ、その先輩っての辞めない?年齢的には神楽坂君のが上だし、仕事も実質神楽坂君のができるし…」
神楽坂は、目を見開いて少し戸惑った。
「そう、なんですか?でも先輩は先輩ですし…」
「あ、あと敬語も止めてね。なんかくすぐったいし」
そうですか?と神楽坂はまだ少し戸惑っていると、花子は秋山を引き合いに出す。
「秋山先輩だって綾瀬さんにため口でしょ?キャリアも年齢も秋山先輩のが下なのに。あ、私が先輩って言ってるのは、違くて、えっと…」
歯切れ悪く言葉に詰まる花子を見て、神楽坂は甘い笑みを浮かべる。
「分かりました…、あ、分かった、かな。せんぱ…山田さんがそういうならそうするよ。これから、宜しく」
花子は思わず目眩がしそうになるのを堪えて、お疲れ様ですと言って店を後にした。
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