【三話目】最初のざまぁみろ

バイトから帰ると、小百合からラインがあった。

 内容は、望月のことで、その正体は実は、小学生の時花子のことを馬鹿にし、苗字フェチの道へと誘った張本人だと言う。

 花子は気が動転して、今の時間は食事中だと言うことを忘れて、咄嗟に小百合に電話した。



「もしもし、小百合?!ラインの話ってマジ?!」

 小百合は家族と晩ごはんを食べていたところだったらしく、後ろで家族の賑やかな声が聞こえる。



「ああ、望月の話ね。望月望もちづきのぞむ。柔道の生徒の子に聞いたら、やっぱりそうなんだって。あたしも中学は学校違ったから分かんなかった」

 花子は、忘れようとどれだけ頑張っても忘れられなかった、嫌な記憶が鮮明に蘇った。



「花ちゃん?大丈夫?」

 暫く呆然としていたが、心配そうな小百合の声に、花子はハッと我に帰る。



「う、うん、大丈夫…」

「なんかさ、聞くところによると、花ちゃんを苛めてた時、離婚騒動に巻き込まれてたみたいでさ。それで、あんなに花ちゃんのこと苛めてたんだって」

「そんなんこと…っ!」



 花子は奥歯を噛み締める。

 そんなこと言われたって、過去のことを今更許せる訳がない。

 花子は、彼がくれたハンカチを見た。



 花子が久しぶりにあった彼は、仏頂面でこそあったが、昔みたいに苛めっ子だった面影は、全然感じられなかった。

 むしろあの鍛え上げられた筋肉質な身体は、柔道かはたまたラグビーでもやっているかのような、真面目なスポーツ少年にさえ見えた。

 昔の苛めっ子の時ならば、道端で泣いてる人間を見かけたところで、それが女だろうが子供や老人だったとしても、無視していたであろう。



 だが、花子にはそんなことは全く関係のない話だ。

 昔苛めていた相手を見返す、その為に今まで努力してきたのだから。

 それが例え、更生して善人になっていたところで、一体なんだと言うのだ。

 昔やったことが変わる訳ではいのだ。



「小百合ー。いつまでも話してないで、早く食べちゃって!洗い物できないでしょ!」

 小百合は母親に怒られると、電話を切ると謝罪の言葉を紡ぐ。

「ごめん、今ご飯中だから、明日また改めて話すね」



 そう言って、小百合が電話を切ると、花子は改めて握り締めたハンカチを見ると、グッと力強く拳を握る。

 (ようやく、ようやくこの時が来たんだ!やっとあいつを見返すことができる!!)

 と、ようやく積年の恨みを晴らすことができると、花子は復讐心に胸をたぎらせた。



◇◆◇



 翌日、学校の帰り、今日はバイトがないので、花子と小百合は久しぶりにいつも行くコーヒー屋に行くことにした。

 二人は、込み合ってる電車の中で、十分程揺られて、目的地に辿り着く。



 電車を降りた時、隣の電車から、見たことのある制服の集団が出て来て、その中に望月がいた。

「ああっ!!もっ、望月!!」

 花子は思わず大声を上げて、指を指す。



「え、嘘?望月?!」

 小百合は驚いて目を見張った。

 小学校の頃とは全く違う、服の上からも分かる程の筋肉質な体つきに、整った顔立ちで、小百合は思わず涎が出そうになるのを堪えた。



 自分を指差しながら叫ぶ花子に、望月は「この間の…」と記憶を辿る。

 花子はようやく望月が自分を認識したことが分かると、思い切り睨み付けた。

「あんたは私のことなんか覚えてないかも知れないけど、私!あんたのこと、今でも恨んでるんだから!!」



 あまりの剣幕に、望月は混乱する。

 隣にいる小百合も、場所が場所だけに、止めようとオロオロしている。



「えっと、なんであんたが俺を恨んでるか分からないんだけど、俺、あんたに何かしたか?」

 望月は、この間泣きながら踞ってるところを声をかけ、ハンカチを渡しただけの相手に、何故ここまで恨まれてるのか分からず混乱する。


 

 花子は、ギリッと奥歯を噛み締めて、一層鋭く睨み付けた。

「山田花子!あんたが昔、名前を馬鹿にして苛めてた女よっ!!」



 望月は、ようやく昔の記憶が甦ったらしく、目を見開いて呆けている。

 まさか、自分がたまたま駅で踞って泣いていただけで、声をかけた女が、小学校の同級生なんて思いもしなかったのだ。



 望月は、混乱して、何から話せばいいのか思考を巡らせると、とりあえず今は場所が場所だけに、場所を変えないかと提案したが、あっさり拒否された。



 花子はここが公共の場だと言うことなどお構い無く、堂々と胸を張る。

「あんたのお陰で私の人生はさんざんだったの。でも、そのおかげで、ここまで変われた!ざまぁみろ!」



◇◆◇

  


 花子と小百合はこちらを注目する視線をかき分けながら、コーヒー屋に向かう。


「あー、すっきりした!あいつの呆けた顔、最高だったなぁ!」

 満足げな顔をしながら歩いていると、暫く呆けていた望月が、後を追いかけて来て、呼び止める。



「名前聞いて、やっと分かったよ。顔、全然変わってたから…。お前、俺が小学校の頃、ずっと苛めてた奴だったんだな…」

 望月は走って来たらしく、息を切らしながら話す。

 花子はグッと拳を握り振り返ると、上から見下ろすような冷酷な視線を向ける。

 


「あんたのお陰で、私はどれだけ辛い思いしたか、分かってる?!ずっと、名前で苛められて、ずっと、辛かった!

だから誰よりも努力して変わったの!!あんたに分かる?!」



 先程まで自信に満ちていた花子の目が、うっすらと潤んでいて、望月はどうしたらいいか分からず俯くと、ぽつりぽつりと呟く。

「謝って済む話じゃないのは分かってる。何言っても言い訳にしかならないのも。だから、好きなだけ殴ればいい。それで気が済むなら」



 そういうと、望月は、こうべを垂れると、覚悟を決めたかのように、目を閉じた。

 そんな潮らしい望月を見ても、花子の気持ちが変わる訳もなく、花子ははっきりとした声で話す。



「今更そんなことされても、私の今までの人生は変わらない。でも、その代わりに必死で、頭脳と体力と美貌を手に入れることができた。だからあんたは、何もしない代わりに、一生その罪を背負って生きなさい」



 暫く項垂れた望月を見た後、花子はそれ以上何を言う訳でもなく、目的地のコーヒー屋に向かうべく、再び歩き出した。

「行くよ」

 突きつけた花子は、望月とは対象に清々しい気分でその場を立ち去ろうとした。



「ま、待ってくれ!」

 望月に引き留められたが、迷うことなく、花子は一刻も早くその場を離れようと、早歩きになる。


 

 望月は気が済まず、花子の後を追いかける。

「待てよ、このままじゃ俺だって、気が済まない!なんでもいい、土下座しろでも、気の済むまで殴るでも、なんでもいい!頼むから、罪を償わせてくれ!」

 花子は、足を止めて振り返ると、冷徹な視線を送った。



「これ以上は何も言うこともないよ。あんたは、そうやって何もせず、ただ一生罪を背負って生きればいい。それが私の願いだよ」

 そう言うと、花子はスタスタとその場を去って行き、小百合は何も言うことなく、花子の後を追いかけた。



◇◆◇



 花子と小百合は、コーヒー屋に入ると、新作のフレーバーを頼み、窓際の二人がけのテーブルに座った。

 「よかったね。これで積年の恨み晴らしたりって感じ?」

 コーヒーを飲みながら小百合が言う。

「まぁねー」

 


「でもちょっと意外だったなぁ。まっさかあの望月があんな筋肉マッチョになってたなんて。まぁ元々イケメンだしスポーツも得意だったけど、それでも…ねぇ?」

 どこか含んだように言う小百合に、花子は眉間の皺を寄せる。



「もしかして、付き合いたいとか言わないよね?」

「まっさか。例え好みだったとしても、昔に親友を苛めてたような奴なんて、こっちから願い下げです」

 


 花子は思わず目頭が熱くなるのを覚えると同時に、小百合が親友でよかったと心から思う。

「それはそうとさ、秋山先輩、あれからどんな感じ?」

 花子は小百合から秋山の名前が出て、驚いた。

「別に、いつも通りだよ。まぁ、フラれてすぐは流石に荒れてたけど…」



「そっか…」

 小百合はそれだけ言うと、コーヒーを飲む。

 自分の為に三ヶ月間も筋トレしたくらいの人なのに、フッたらフッたでそれ以上何もないから、ずっと気になっていたらしい。



「え、何何?もしかして、フってから気になり始めたとか?」

 好奇に満ちた目で見つめて来る花子に、小百合は唇を尖らせる。

「違うよ、そんなんじゃないの。ただどうしてるか気になっただけ」

 ぶっきらぼうにそう言うと、誤魔化すように、コーヒーを飲み干す。



「そういえば、明日なんだっけ?例の新人君が来るの」

 言われて花子は思い出して思わず顔がニヤける。

「そうそう、神楽坂君ね。こんな珍名字なかなかいないから、マジで楽しみでさ〜!」

「フリーだったら、の話でしょ」



 言われて花子は気づいた。

 そうだ、彼が既に相手がいるかもしれないと言うことを、すっかり失念していたのだ。

「かっ、彼女いたらどうしよう…」

「その時は潔く諦めるべきだね」

 小百合は先ほどの仕返しをするかのように、意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 

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