【二話目】現実

その夜、花子は小百合に電話をすると、反応は案の定であった。

「ええ〜…、なんであたしが花ちゃんの欲を満たす為に、その先輩に会わなきゃ行けない訳?」



「そこをなんとか!」

 小百合は、パジャマ姿でベッドの上のぬいぐるみを抱き抱えながら考える。



「秋山先輩って、あのちょっと背の高い金髪の人でしょ?ぶっちゃけ好みじゃないんだよなぁ〜…」

 小百合は秋山とは面識があり、その時は自分ではなく花子が好きと言っていたのを覚えていた。



「でも、ジムで鍛えてるらしいよ?」

「ええ?あれで?」

「服の上からは見えないだけかもよ?」



 まぁ確かに過去にそういう人もいたから分からないでもないが、それでも服を着たら分からないくらいの筋肉でなびく小百合ではないことも知ってはいるのだが。



「てゆーか、花ちゃんにフラれたからって、あたしと付き合いたいってのはどうなの?」

 小百合の言うことは最もだと、花子も思う。



 本音を言えば、自分の欲を満たす為に、親友を売るのは確かに気が引けるのだが…。

「そこをなんとか〜!今度なんか奢るからぁ〜!」

 猫撫で声を出す花子に、うーんと思考を巡らせる。



「別に紹介してって言っただけだし、付き合わなくてもいいから〜!」

 そこまで言われれば致し方ないと、小百合は深くため息をついて妥協した。

「会うだけだからねぇ〜」



 そう念を押されて、花子は大袈裟な程に親友を褒めちぎった。

「ありがとう!神様、小百合様ー!」

 はいはいと呆れながら、小百合は電話を切った。



◇◆◇



「小百合が会ってくれるみたいですよ」

 翌日、花子はバイト先でバックヤードで引き継ぎをした後、秋山に伝えた。

「えっ、本当に?!」



 秋山はまさか承諾を得られるとは思ってなかったらしく、意外そうな声を上げた。

「ええ〜!じゃあ連絡先を…」

「それなんですけど」



 そう来ると予め秋山の行動を読んでいた花子は、全部言い切る前に遮った。

「まずは会ってから、連絡先はその時に交換したいそうです」



 秋山は少し不服そうな顔をしたが、すぐに機嫌を直した。

「まぁいいや。会ってくれるだけでも。落とせる自信あるしね」

 その自信は一体どこから来るのか。



 花子は呆れて、どうせその体型で幻滅されるに違いないと、鷹を括った後、右手を差し出した。

「で、ご褒美は?」



「わかってるよ。この前言ってた奴らとは、今後合コンするようには言ってあるから。また日程が決まったら連絡するよ」



 そういうと秋山は、花子にラインにリストを送ると、上機嫌にさっさと帰って行った。



 それから二日くらいして、秋山は花子に合コンの段取りが決まったことをバイト先で伝えた。



 合コンと言っても女は花子しかいないし、婚活市場のような一対一で三十分程話しては変わる、回転寿司方式らしいので、合コンと呼ぶのは少し違う気もするが。



「一応言っておくけど、珍苗字だけで寄せ集めた奴らだから、顔面偏差値は期待すんなよ」

「はーい」

 それでも花子にとっては充分嬉しかった。



 今までどれだけ探しても見つからなかった珍苗字の人達と、ようやく会えるのだから。

 顔面なんて少しくらいなら我慢できる、花子はそう思っていた。



◇◆◇



 合コンと言う名の婚活当日。

 花子は、待ちに待った珍苗字を持つ面々を見渡して、天国から地獄へと叩き落とされた気分になったのである。



(まっ、まさかここまでレベルが低いとは…!こんな人達と一人三十分も話さなきゃいけないのか!)

 花子は血の気が引くまでに、絶望感を味わった。



 今回秋山がくれたリストは五人程だった。

 更科さらしな神前かんざき五十嵐いがらし京極きょうごく小鳥遊たかなしと言った面々で、どれもなかなかレア度の高い苗字ばかりだった。



 しかし、あんまりにも顔面が酷すぎる。

 どいつもこいつも、彼女いない歴=年齢のような男性ばかりではないか。

 花子は、座席に座るとひたすらどうやり過ごしたらいいかだけを考えることに集中し、何を聞かれても適当に相槌をすることにした。



 そうこうしてるうちに、ようやく地獄のような二時間半が過ぎた。

 男どもはニヤニヤしながら期待たっぷりに、自分を選んでくれるだろうと自信に満ちた顔をしていて、花子は思わず背筋が凍った。



「今すぐには決められないので、お付き合いすると決めた人にだけ連絡します」

 とりあえず下手に期待させまいと、雑談中に考えた方法を伝え、逃げるようにしてその場を走り去って行った。



 あれからどれくらい走っただろう。

 気付いたら花子は駅前にいた。

 やっぱり、珍苗字だけで付き合うなんて、間違っていたのだろうか。



 花子は自分の不甲斐なさに思わず涙が込み上げて、その場にうずくまり泣いてしまった。



「大丈夫か?」

 ふと声をかけられ、花子が顔を上げると、高身長の仏頂面が自分を覗き込んでいた。



「だ、大丈夫です…」

 花子は涙を拭い、改めてこんな街中で泣いたことに恥ずかしくなり、頬を赤らめた。



「良かったら」

 男は制服のポケットからハンカチを取り出し、花子に差し出した。

「あ、ありがとう…」

 今時珍しいな、花子はそう思いながら涙を拭く。



「おーい、望月もちづき!何やってんだ!電車遅れるだろ!」

「悪い、友達呼んでるから」

 軽く手を上げて、端的にそう言って望月は去って行った。



 (望月かぁ…。結構珍苗字だし、そこそこイケメンだし、連絡先教えて貰えば良かったな…)

 花子は残念そうに、渡されたハンカチを大事に鞄に閉まった。

 



◇◆◇




 その夜、花子は夕飯を食べる気力すら湧かず、部屋に閉じこもると、合コンのことなど考えるまいと、駅でくれたハンカチを鞄から取り出した。

(また会えないかなぁ…)



 そんなことを考えてると、スマートフォンの電子音が鳴り、液晶画面を確認すると、小百合からだった。

「おーっす!どうだった?合コンはー?」



 無言で切ろうとする花子だったが、最初から結果を案じていたのか、小百合は笑いながら、

「あ、その反応は、やっぱりダメだった?」

「もう最悪」

「だから言ってるじゃん。苗字なんかで選ぶなって」

 流石に今はそんな話を聞く余裕はなく、眉を顰める。



「そう言う自分はどうなのよ!秋山先輩とは。付き合うの?」

「まっさかー!断ったに決まってんじゃん!」

 やっぱりか、と花子は思った通りの結末で驚きはしないが、同時に不憫にも思えた。



 自分も人のことは言えた立場ではないが。

「そりゃあまぁ、服を脱げばそれなりに筋肉質ではあったけど、あの程度じゃあたしは落とせません!」



 誇らしげに言う親友に、花子はははと嘲笑にも似た笑いをこぼした。

 明日バイト先で会うことになるので、愚痴られるだろうなと、今からきが重くなった。



「それはそうとさ、聞いてよー!駅でさー、珍妙時のイケメンに話かけられてさ〜!」

 もう次の男か、と小百合の呆れた声が漏れる。

「望月君って言うんだけど、隣のN高の制服っぽかったんだけど、あんた知らない?」



「N高校なら一応柔道の生徒に通ってる人がいるけど…」

「えっ、マジ?!」

 ダメもとで聞いたにも関わらず、予想外の答えに花子は嬉々とした声を上げる。



「じゃっ、じゃあさ!」

「はいはい、聞けばいいんでしょ。明日にでも聞いとく」

 小百合は花子が言わんとしてることを即座に理解して、全てを言う前に答えた。



 花子は電話を切ると、ぐっとガッツポーズを取る。

 そして、ハンカチを取り出し、また会えることに胸が高鳴った。



 電話を切った小百合は、ため息をつくと、桜庭と言う名前にはて?と首を傾げる。

 どこかで聞いたような?



 小百合は遠い記憶の旅行へと旅立ったが、どこに行けばいいのか分からなくなり、あっさりと現実に戻った。

(ま、いっか)

 と、考えるのを止めることにした。

 


◇◆◇



 翌日、花子はバイトに行くと案の定、小百合にフラれた秋山が、接客の合間をぬって、入り口から隠れるようにして、自分を見るなり何かものを言いたげな視線を送って来る。



「お疲れ様でーす」

 どんな言葉をかけて欲しいのか分かっていて、わざと挨拶だけで済まそうとしたが、思い切り睨み付けられた。



「お前には慰めると言うことを知らないのか。仮にも先輩だぞ?」

「なんのことでしょう」

 花子は飽くまでもしらばっくれて、着替えることに集中する。



「聞いてるだろ、小百合ちゃんから」

「それがなにか?」

「なにかじゃねぇよ!フラれたんだよ!慰めてくれよ!」

 花子はようやく本音を漏らした秋山に、深く溜め息をつく。



「だから行ったじゃないですか、無理だって」

「言っとくけど、筋肉フェチなの知ってたから頑張って鍛えたんだぞ?!それなのに、無理とかって、人の気持ちをなんだと思ってるんだーっ!」



 仕事中にも関わらず、感情に任せて怒鳴る秋山に、花子はそうだったのかと、初めて知る事実に少しだけ申し訳なくなるが、店内にいた客がざわついてるので、花子は慌て諌める。



「先輩、声大きいですよ!仕事中なんですから!」

 秋山はしまった!と、我に帰り口に手を当てて、小声になる。

「それで、どうだったんだよ?お前の方は」



 花子は忘れそうだったことを思い出さされ、不服そうな顔をして、

「察して下さい」

 とだけ言って、更新されているシフトを確認した。



「ああ、そうそう。来週から新人が来るから。良かったなぁ、神楽坂かぐらざかなんて、珍苗字も珍苗字だろ」

 花子はこの間のこともあってか、用心深く確認する。



「どうせ、キモい奴なんでしょ?」

「ま、来てのお楽しみだ」

 秋山は笑いながら仄めかすと、接客に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る