第21話「初夜(昼)でござる」


『またなんかやってるぜテラスモ』

『放っておけ。俺みたいにぶん殴られるぞ』


 朝も早うにマヤト川の中ほどの浅瀬に飛び降りた。

 そして膝あたりまで水に浸かり、竜の瀬の所以ゆえんたる飛び出した地面に鉄筒ぶっ刺しをやっとるんじゃがな。

 街道で作業中の土木ギルドの連中から見下ろされて何かと噂されとるようじゃ。


 ふん、今に見ておれよ。きちんと精査しプレゼンに臨み、そして我が地すべり対策ギルドの傘下としてやろうではないか。


 いやいやそうじゃないぞ弥生。

 どちらが上かなどはどうでも良いんじゃ。この竜の瀬に皆で当たらねばどうにもならんのじゃからな。


 妾の読みが正しければ、この地点ならさほど深くはないところに溶岩の層がある筈じゃと思うておった。

 して結果はというと、にやりと口の端が歪むのを抑えられんわ。


 頭の中に麦粥の竜の瀬を思い起こすと…………んむ、完璧じゃな。

 念のためもう何箇所かは鉄筒ぶっ刺しをしてみるが、まず間違いないじゃろう。


 問題は……、ちらりと視線を上げて街道を見遣る。

 ん、日中は無理じゃろ。


『ヌシらが整地した街道に穴開けさせてくれ』


 などと頼んで頷くとは思えん。妾なら頷かんわ。

 力比べで凹ましてからぶっ刺すのもなんか違う気がする。

 ならば皆が寝静まった深夜じゃな。


 そう日もない、決行は今夜。そうと決まれば早く帰って少し眠ろうじゃないか。




「今日は早かったでござるな」

「あぁ。ちと夜半にやりたい事があるゆえな――あ、レガン。カンテラを準備しといてくれんか。少々暗くても良いから朝までもつヤツが良いんじゃが」


 いくら夜目が効くとは言え、さすがの鬼も夜闇の中で石の色が黒だか灰色だかまで見分けがつく筈ないからな。


 ふ、この段取りの良さ。木槌を準備し忘れる様な妾にしては大したものじゃろう。我ながら感心じゃ。


「姫さま? 夜中に竜の瀬に行こうとしてござるのか?」

「おぅそうじゃ。ちと昼間ではしづらいところがあるゆえな」


「ならばそれがしも参るでござる」

「なに? しかしヌシには明日も領主名代の仕事があるじゃ――」


「参るでござる。夜半に女房ひとりで出すくらいなら領主仕事なぞどうでも良い、もう決めたでござる」


 こう見えて此奴こやつは頑固なとこがある。長月が決めたと言うならもう覆らん。


「分かった。ならば手伝うて貰うとするか。眠いなどとかすなよ」


 そうは言うてもぶっちゃけちょっと嬉しかったりする。愛する旦那と夜のデートと洒落込もうか。




「姫さまは毎日こんな事をしとったのでござるなぁ」

「そうじゃ。ヌシにわがまま言うておいて手は抜けぬからな。毎日毎日繰り返し鉄筒ぶっ刺しておったのじゃ」


 竜の瀬まで鉄筒一式を背に負うて来るのは鬼とは言え大変なんじゃ。

 それをこの男は涼しい顔して走って来よった。


 ああそうじゃ。当然の如く妾の背から太筒を取り上げ己の背に負うて、じゃ。


 妾が此奴こやつに惚れるのも無理からぬ事よ。逆にこの男はなぜ妾なんぞを好いてくれとるんじゃろうなと不安になるほどじゃ。


「姫さま? こうで良いでござるか? ちと硬い所があったが幾らでも入っていくでござるぞ?」

「――なに? そんな筈なかろう。その辺りはせいぜい五、六本かそこらしか入らん筈じゃぞ」


「いやしかし……もう十本以上入っておるでござるが……」


 試しに全て抜いてみると確かに十本以上が刺さっておった。

 そんな筈ないと首を捻りつつ、丁寧に鉄筒に詰まった土を抜いてみると――


「長月、オヌシ手加減を知らぬのかや?」


 鉄筒六本目と七本目、中に丸々溶岩の層が詰まっておったんじゃ。

 そうか。此奴こやつの腕力なら溶岩層をもぶち抜けるのか。


 ……ふむ。ならば……


「長月。ちと考える事ができたゆえ残りも頼む。力は三割程度に抑えてじゃ」

「はっ! 任せるでござる!」


 最高じゃのう、我が亭主は。

 鉄筒、太筒、さらに長月を見て、そして対岸に目を遣る。


 長月が打つ木槌のリズムを聞きながら、ほんの数十年後、そう遠くない未来に滑るじゃろう丘を見詰めて策を練る。


 あの日、初めてここを通った際に覚えた違和感。

 あれは間違いではなかった。

 てっきりこの眼前に広がる丘がちいとばかし動いたのかと思うておったがな。


 あれはちょうど馬車を停めて、その、長月と口付けなぞを交わしておった時。

 妾が感じた違和感は、対岸でなく、この街道がほんの僅かに隆起したのを感じ取ったものだったんじゃ。


 

 どう考えても妾ひとりでは無理じゃ。大事業になるぞ、これは。




 夜明け前、空けた穴には出来るだけ土を詰めて埋め直し、一応なんとか誤魔化せそうになったのを確認して逃げる様に竜の瀬を離れた。


「鍛冶ギルドに寄るがヌシはどうする?」

「もちろん付き合うでござる」


「領主仕事は良いのか?」

「休みにしてくれとイヴェル殿には言うてある。だから今日は一日姫さまに付き合えるでござる」


「そうか――……実は妾もフォジョンに頼み事した後は休みだ。もうやる事は全てやったからな」


 夫婦になって、リッパに来て、用もない怪我もない初めての休みが重なったか。

 ならばやる事はひとつじゃな。


 明けた陽の光が差し込む中、出かけた欠伸あくびを噛み殺したらしい長月へ言うてやった。


「ならば長月よ。眠いなら一緒に昼寝でも良いが……――、どうじゃ、もう夜が明けるが、しょ、初夜でも迎えると、せ、せぬか?」


「ままま全く眠くないでござる! むむむむ迎えるでゴザル!」





凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹




 …………股も腰も、あちこち痛うてかなわん。

 妾には相場がわからんが……長月の何某なにがしがアレほどとは思わなんだわ。


 疲れ果てて幸せそうな寝顔で寝とる長月はそのままに、よれよれしながら寝室を出ると頬染めたネージュがニヤニヤしながら報せを持って来た。


「ヤヨイどん、領主ロトンヌどんが明日着くっちゃだって」


 来たか。

 ならば明日はプレゼンじゃな。


 ……明日までに痛みは引いてくれるのかこれは。

 しかしあれじゃな、確かに師匠が言うた通り、幸せな痛みじゃわ。



 おい、にやにやするな師匠よ。

 集中しすぎて気にもせんかったが、もしや妾の声、大きかったか……?

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