第18話「黒い石でござる」


「ふむ。先ずはイのイチかと考えておったが……逆じゃな」


 竜の瀬の北、こないだ崩れた丘の上じゃ。


 最も川寄りに刺した木杭の辺りに佇み色々と考えておったが、まずは逆のイの六からが無難だと改め丘を登った。

 恐らく川から離れた――丘を登った側の方がやわい土が浅いだろうというのが妾の読みだからじゃ。


 イ列のそれぞれイチから順に二、三、四、五と経ながら登ってイの六まで辿り着く。あの可愛い小娘ヴィヨレが見つけた地割れの手前辺りじゃな。


 木杭のほど近く、背に負うた太筒ふとづつを下ろすとおよそ百十二キロ三十貫もの自重で都合よくめり込んで立ちよる。


「こりゃちょうど良い塩梅じゃな」


 蓋を開け、一番を意味するuneゆぬがナンバリングされた鉄筒を抜き取り片手で握って勢いよく地面にぶっ刺す。

 半間はんげんほどの全長の中ほどまでが真っ直ぐめり込んだのを確認し、続いてdeuxんどぅの鉄筒を抜き出して切り欠きを合わせて捻る。


「誠に良いぞフォジョン。完璧じゃわ」


 あ、しもうた。

 木槌か何かを用意しておけば良かったか。……まぁ無いものはしょうがない。

 掌の付け根あたりで鉄筒の頭を真上からがつんと叩いてさらに沈める。


 叩いては継ぎを何度か繰り返し、思うたよりもなと首を捻ったその時、遂に最初の鉄筒uneゆぬがガギンと硬質な感触を示した。めちゃくちゃ痛い。


「ぬぐっ――! こ、こりゃダメじゃ、素手ではまた骨が砕けてしまうわ!」


 早々と砕けたかと思うて涙目でよく見れば、まだなんとか砕けてはおらなんだ。さすが妾のお手々じゃとホッとしたわ。


「ふぅ。思うとったよりも断然硬いが、とりあえず硬い層に辿り着いたらしいな。抜いてみるか」


 硬さもそうじゃが思うておったより深かった。刺したのとは逆順に上から引っこ抜いていく。この際絶対に捻ってはイカン。

 切り欠きの所で継いだ部分が外れてしもうては全て水の泡じゃからな。捻る必要があるなら逆向きだけじゃ。


 無事になんとか引き抜いて、数を数えてみれば八本目の中ほどまでで硬い層にぶち当たったらしい。

 鉄筒に詰まった土を、フォジョンに拵えて貰うた筒よりやや長い鉄棒で押し出して並べていく。


 するとuneゆぬの先から土ではない、何か黒くて硬い石の様なものがコロンと落ちた。

 恐らくこれが硬い層の欠片かけらじゃろう。


「よし! 妾の読みより深かったが、大筋では想像通りじゃ!」


 せいぜ二、三本で届くと思うたが八本も掛かったか。五〇では足りぬかも知れぬなコレは。


 妾の読みではヴィヨレの地割れ辺りから柔い層が滑り始めていると踏んでおったんじゃが、どうやらちいとばかしさらに上まで層の差があるらしい。

 少し修正する必要があるかも知れんが、出来れば木杭の数は増やしとうない。


 なんと言っても草臥くたびれる。

 いや妾にとっては地面は柔いし大した事ないが、丁寧に繊細に打ち込むのが疲れるんじゃ。


 闇雲にぶっ叩いても良いなら平気じゃが、たぶんあっさり鉄筒がひん曲がる。


 ――曲がってしもうたゆえ治してくりゃれ。

 ぼきぼきひん曲げた鉄筒携えてフォジョンにそんな事、さすがの妾もよう言わんわ。


「ちと不安じゃが……まぁ、とりあえず良しとするか。悩んでも解決するものではないしな。今日のところは帰ろうか」


 鉄棒で筒の中を綺麗に掃除して、太筒に丁寧に仕舞って再び背に負う。

 抜き出した土はそのまま放置で……と思うたが、やはりまずかろうと足でならしてと気付く。


 uneゆぬの先辺りの土がえらく湿っておるではないか。

 黒い石のすぐ上にあたる土……よな。


 ふむ…………。


 しばしジッと佇み悩んだが、いまいち考えが纏まらなかったゆえコロンと落ちた石だけ引っ掴んで家路についた。またゆっくりと考えることにする。

 しかしこの石とてつもなく硬いな。妾の全力の指圧でもちっとも割れん。大事な鉄筒が折られんで良かったわ。


 帰路から外れて土木ギルドの仮設詰め所に顔を出し、テラスモに黒い石について知らぬか聞いてみたが知らんとかしよった。頼りないギルド長よのぉ。




 旨そうなデカい猪は知らんかったが、妾好みの逞しく賢い世界一素敵な男前は知っとった。驚きじゃ。


 領主屋敷に帰り付いたがさすがに重すぎて持って入るには憚られる太筒は玄関脇に置き、黒石ひとつ手にして「ただいま」と声を張り上げると即座に声が帰ったんじゃ。


「姫さま? 欠片かけらなんぞ持って如何いかがなされた?」


「なに? この岩――……溶岩なのか?」

「溶岩でござるな。鬼ヶ島にもごろごろしとったでござろう?」


 はて?

 妾には石の違いなぞさっぱり分からんが……?

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