第16話「決めたでござる」


 ベッドでスヤスヤ眠っておったらしい。


 おかしい。

 昨夜たしかになんか良い感じになった気がしたんじゃが……。


「起きたでござるか姫さま。おはようでござる」

「……おぅ長月。おはよう」


「風邪など引いてござらんか?」

「ん? 健康そのものじゃが、なぜじゃ?」


「昨日はずいぶんと雨に濡れてござったし、温かい物でも食べてからやすめたら良かったなと」


 ん……。あ、そうか。

 わらわあの後、ミードでカスクート喰うてそのまま寝てしもうたのか。しまったな。


「ま、まぁ島より涼しいとは言え夏のことじゃ。大事ないわ」

「なら良かったでござる。さぁ、もうすぐ朝食でござる、ネージュに言って温かいスープも用意して貰ったでござるからな」


 なんだか赤い顔した長月はそう言って先に行ってしもうた。

 なんじゃ? 長月こそ風邪っぴきじゃなかろうな?

 それにしても長月の男前っぷりは日々毎日の様に磨きがかかっておる。


 島にいた頃から断トツの男前ではあったが、さらに色気が増したとかなんかそんな気がする。


 ベッドを降り、はた、と気付く。


 ん? そんな記憶はないが短パンに半袖シャツの寝着ねまきに変わっとるじゃないか。

 確かいつものチュニックにズボンのままでを描いておった筈じゃが……


 …………あ。


「な――長月ぃぃっ! き、貴様! 妾の肌を見よったなぁっ!?」


 ばたん! とドアを蹴り開け長月を追う。

 けれど廊下に出てすぐの所で長月が正座しておったんじゃ。


「み、みみ見てはござらん! それがしは何も見てはござらん!」

「…………ほぅ? ならば何を仕出かした? 言うてみよ長月」


 『見てはござらん』の中の『は』よ。何かしか『は』してござるのであろう?


「…………目は瞑っていたでござる。誓って! 誓って目は瞑っていたでござる!」

「長月、妾はヌシを疑うことはせん。ヌシの口から出た言葉は全て真実だと知っておるからじゃ。分かるな?」


 こう言えば長月は絶対に嘘はつかん。天が裂けようともつかん。


「………………ぬ……」

「ぬ?」


「脱がせる時に……手の、甲が……姫さまの乳の……」

「乳の……?」


「先っぽにムギゅっと当たってしもうたでござる! お許しくだされ!」


 ほーぅ? 乳の先に、な。


「長月よ」

「ははぁぁぁっ!」


おもてをあげい。妾の体も心も、全てヌシのものじゃ。乳の先どころかどこを触られようともヌシならとがめん」

「ど、どこでもでごごごござるか!?」


 青いやつよの長月。可愛いのぉ。


「どこでも許す」


 しかしこれだけは言うておかねばならん。


「ただし! 寝てる間はいかん! 分かるな長月!?」

「承ったでござる! 姫さまが眠っておられる時は控えるでござるよ!」


「うむ、分かれば良い。で? どうだった妾の乳は?」

「いや、手の甲でござったからよく分からんかったでござるが――」


 ――が? なんじゃ、勿体つけるのぉ。


「当たった瞬間に姫さまが『あん』とか言うた故それがしもうたぎってたぎって――あだっ」


 とりあえず無言でどいておいた。

 だから寝とる時はいかんのじゃ。せっかくなら妾だって長月の反応が見たいんじゃから。




 コーンポタージュとかいうとうきびのスープは大層甘くて美味い。滋味たっぷりで体にも良さそうじゃ。

 確かに昨夜これを飲んで寝ておったら長月も余計な心配せずに済んだかもな。


 さて、今日は昨日よりもよう降りよるが、本日は屋敷に引き篭もる予定だから平気じゃ。

 昨夜雑に仕上げた絵図面を清書するつもりじゃからな。


 幸いと言うか、長月らも今日は出んらしい。

 だから寝室隣りの小さな書斎でなく、妾も領主屋敷の執務室の一画を借り受けた。


「なぁイヴェル、忙しいとこ悪いが竜の瀬辺りの地図はないか?」

「ありますぞ。レガン、ヤヨイ様に出して差し上げてくれ」


 首尾よく地図を受け取って、妾が描いた竜の瀬と見比べる。

 ん、なかなか正確に書けとる。


 これをさらに、地図も見ながらできるだけ綺麗な線で描いていく。

 さらにさらに、杭位置も入れていく。


 そこにさらに!

 杭位置に合わせて線を引く。妾の体感ゆえそこまで正確ではないじゃろうが、『イの一』から『への一』の高さはほぼほぼ等しい筈なんじゃ。


 これで等しい高さの線が六並んだ。そうじゃな、等高線とでも呼ぶか。

 等高線いちから等高線ろく、なかなか良いんじゃないか?


 昼までに丘の高さを表わす等高線を全て入れ終えた。昼を食うてからは文字を書き込まねばならんが、これが一等難儀するんじゃ。


 イムの言葉で書かねばならんゆえな。

 なにせ、これは用じゃ。


 土木ギルドの旨そうな猪テラスモも黙らさんとならんし、なんなら長月や本当の領主ジャンビエ殿も納得させねばならんかも知れん。


 もちろん妾の杞憂に終わればそれで構わんが、恐らくそうはならん。


 テラスモが言うように、近々崩れてしまう土砂はないかも知れんが――将来、未来はどうだ。

 仮に万が一すぐに崩れたならば妾と長月がおるゆえ何とでもしてやれるが、ヴィヨレが大人になった頃、はたまたネージュとレガンの子が年老いた頃、そんな頃には妾らは居らんかも知れんのじゃ。


 妾はこのリッパの民も、下流の町の者どもも、竜の瀬の土砂崩れ――いや、地面滑り……違うな。しっくり来ん。


 そう、に誰か一人の命も奪わせぬ。


 妾はそう決めたんじゃ。

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