第14話「鍛冶ギルドでござる」
「
「そうらしいべな。けどまぁ、寝坊してしもったけんもうしょうがあんめぇっぺ」
ネージュの言う通り、過ぎてしもうた事はもう良いんじゃがな。やはり朝目覚めれば長月の顔を見たいじゃろうが。
「長月めはそんなに早くに出たのか?」
「うんにゃ。普通に起きて普通にオラのメシ食って普通に出ただよ」
くそ忌々しい!
妾らの寝室隣の書斎を占拠し書き続け、明け方近くに絵図面が仕上がったのだが、うっかり長月の眠るベッドに潜り込んだのが間違いじゃった。妾のバカ!
長月の横でうつ伏せて肘ついて掌に頭乗せてな、ほんのちょっぴりのつもりで長月の寝顔を見つめてな、可愛いヤツよとニヤニヤ
「長月どんが
「なんと?」
「可愛い寝顔でスヤスヤ寝とる。起こさんでやってくれっちゃでゴザル、って」
優しい!
ほんに長月は優しいんじゃ!
けど長月はちと
妾はたっぷり眠るよりもヌシに会うて『おはよう』と告げて告げられる方が百倍も千倍も嬉しいんじゃ!
……ま、言うたところで後の祭りよ。
居らぬ者は居らんのだからな。
ネージュの作った朝メシを平らげて、なんとか描きあげた絵図面持って出発じゃ。
「あ、ヤヨイどん! これもナガツキどんから!」
ん? なんじゃこの小袋は?
「お金だべ。好きに使って良いがら腹さ減ったらメシでも
優しいのぉ長月。今すぐ顔が見たくなってきてしもうたわい。
しかし妾、お金って使うたことないんじゃ。島では腹が減ったらウサギ取って焼いて食うたりしとったからな。
何事も経験じゃな! 積極的にお金使うてみよう!
さて、方角だけはネージュから聞いたが詳しくは分からん。北に向かって
そういえば妾は屋敷から竜の瀬、つまり西の方にしか行った事がないな。
領主屋敷はリッパの中央よりずいぶんと西寄りにあるゆえ、妾はまだリッパの大半を知らん訳じゃな。
知らん土地を歩くのは大変心沸き立つ。
今日はまた雨降りだがそう強く降ってはおらんし、爽やかな気分で濡れっぱなしで歩いていく。
薄雲の向こうに見える太陽の角度からして、恐らくそろそろ半刻ほども歩いたじゃろう。
「なぁそこの。鍛冶ギルドがどこか知らぬか?」
あっさり教えて貰うたわけじゃが、いや大層驚いた。鍛冶ギルドのなんと広いこと広いこと。
前方に見渡す一画の大体全てが鍛冶ギルドなんじゃと。
「ではギルド長のフォジョンがどこか知らぬか? 髭もじゃドワーフのフォジョンじゃ」
知らんのじゃと。しかしギルドの中で聞けば分かるだろうと教えてくれたわ。
ふむ、道理じゃな。
ずんずん歩いて鍛冶ギルドの敷地に突入し、なんとなく目についた建物の戸を叩いてフォジョンの居所を教えて貰うた。
指差して教えてくれたひと際大きな建物に大抵は
「フォジョン! おるか!」
大きな両開きの戸をばぁんと開いて訪いを告げる。するとムッと咽せ返るような熱気に襲われしばし言葉に詰まる。
なんじゃここは。狂ったような暑さじゃ。
「やぁ、これは領主夫人がこんなむさ苦しいところまでおいでとは。何か用でもあったか?」
どうやら先ほどの妾の声が届いておったらしい。フォジョンが髭を揺らしながらやってきた。
「領主名代夫人じゃ、間違うな。それにしてもなんじゃここは。暑すぎるじゃろ」
「炉があるんだ。それでもここはまだ小さな炉だからマシな方だぞ」
ろ? ロってなんじゃ?
「ん? あぁ、鉄を溶かす為の炉だ」
「鉄じゃと!? 話が
気が
濡れぬ様にとネージュが用意してくれた油紙に挟まれた絵図面を取り出し見せる。
「これ! これを作って欲しいんじゃ! 出来るだけ急ぎ――なるはやで頼む!」
意気込む妾をよそに、フォジョンは落ち着いた様子で絵図面を手に取ってそれを凝視する。割りと長いこと凝視する。
おい、とりあえずなんか言うてくれんか。
「何点か確認したい」
「当然じゃ。なんなりと聞いてくれ」
妾が絵図面に描いたものは鉄の筒。
長さはおよそ
「何のために使うものだ?」
「竜の瀬だ。あそこの
ふむ、とか言って顎に手をやりもじゃもじゃの髭を揉むフォジョン。
「何本欲しい?」
「察しが良くて助かる。やってみねば分からんのだが、恐らくは四〇本ほどじゃないかと」
筒の先端は片方だけがほんの少し細く、細い方も太い方もそれぞれ切り欠きを設けてある。
細い方を太い方に差し込んで繋ぎ、少しだけ
「もう一点。これが重要だが…………絵は丁寧で分かりやすいが文字がな、ちっとも読めん。イム語に直してくれ。大きさが全く分からん」
やはり言われたか。
妾はイム語を話すのはほぼほぼ完璧じゃ。読むのもまぁまぁ問題ない。しかしいかんせん書くのだけはまだ怪しいんじゃよな。
フォジョンにあーでもないこーでもないと説明する。
一寸はこれくらい、一尺は一寸が十個で、
「なぜ急に六個になる! 十個で良いだろうが!」
――などと言われながらも説明を済ませた。
しかし確かにそうじゃな。なんで六個なんじゃろなソコ。
でも妾に言うてくれるな。尺貫法を考えたヤツに言うてくりゃれ。
「しかし面白いことを考えたな。
「そうじゃ。恐らくは硬さの差がある――地面が滑る層がある筈なんじゃ」
少し目を閉じて何事かを考えておったフォジョンじゃったが、パチリと開いて言った。
「多分いまある鉄の板を加工して作れるだろう。二日……いや、三日くれ。変わりに五〇本用意してやる」
「それは助かる! 実は妾はもほんとは五〇――」
「それでお代は? ヤヨイさまが払うのか? 領主屋敷にツケておけば良いのか?」
む――お金か。そう言えば当然いるじゃろなぁ。
あ、持っておるぞお金。
「これで足りるか? まだイムのお金の価値がよう分かっておらんのじゃ」
長月が用立ててくれた小袋をそのままフォジョンに手渡してみたが、まぁ、足りんじゃろな。
だってそれ妾の昼メシ代じゃもの。
「……多過ぎる」
は? そんなことないじゃろう。
中から金色のコインを一枚取り出して、残りを妾に返しながらドワーフは言った。
「この金貨一枚で充分すぎる。領主代理夫人の小遣いは多くて羨ましいな」
いや違うんじゃ。きっと長月めもイムのお金の価値分っとらんのだわ。たぶん。
そうでなければ、長月めも妾を弩級の大喰らいと思うておるかじゃ。
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