第13話「麦粥でござる」

※サブサブタイトルは「初夜③でござる」



「けんど食い物で遊んじゃバチが当たっぞ!」

「心配いらぬ。決して遊びではないし、それに冷める前には全て喰らうと誓う。それで許せネージュ」


 麦粥で作ったマヤト川と崩れる前の丘。さらに街道。

 そしてこの辺りにヴィヨレが見つけた地割れがある訳じゃ。


 そして大体……わらわらが殴り飛ばした土砂の量から言って……ここからここの辺りで丘が崩れた訳だ。


 スプーンを使って、、と麦粥にほんのり凹みをつける。


 ふむ。たしかにテラスモが言う通りじゃ。

 ヴィヨレが見つけた地割れから土砂崩れしたんでは量が足らん。もっと多く崩れとる筈じゃな。


 大体な、丘の上の樹木は地割れ以下全てなくなった訳でもない。川からヴィヨレ地割れの範囲で、川側の二割程度だったように思う。


 スプーンで目印をつけたところへ今度はスプーンを刺す。さぁ、いざ土砂崩れじゃ。


「よっ。――む? 上手く崩れんな」


 麦粥ゆえか思う様には流れてくれん。


 あ――いや、恐らく崩れた部分はこの煮詰まった麦粥で問題ないが、崩れなかった下の部分はんじゃ。


 しょうがないのでスプーンで掬ってマヤト川に落とす。

 分かってはおったがやはりどうも違う。あの見た光景に近いとは思うがどこか違う。


 うーむ…………あ、そうか。街道じゃ。

 街道は土砂に呑まれたんではなく、下から突き上げられた様に吹き飛んでおったんじゃ。


 となるとどうじゃ?

 再び崩した土砂を丘に盛り、どうすれば街道が持ち上がるかを考えてみる。


 こうか? いやこんなか? ならこれでどうじゃ?

 そろそろ麦粥が冷めてしまうぞとのネージュの視線が痛い中「そいや!」とスプーンで上から押さえる様にして、土砂を丘からマヤト川へずらしてみた。


 するとどうじゃ。

 川底が横から土砂に押されて隆起し、さらに街道をも押し上げたではないか。


 土砂は崩れたんではなく、ズレてマヤト川へなだれ込んだ。そしてそので川底も街道も動いたのじゃ。


 これじゃ。これが正解――――か?

 まぁまだ麦粥だ。これで決定するのは乱暴だろう。けれど手応えはある。有力な案としよう。


 ネージュの麦粥のお陰で見つけた可能性は二つ。


 土砂が崩れたのではなく丘がズレたのでは、ということ。


 さらに、ズレた部分は層の違う――恐らく硬い地面に乗った柔い部分だということ。

 二つを併せて考えると、柔い地面が固い地面の上を滑った、という表現がしっくりくるような……気が……せんでもないような。


 ふむ…………。


「ヤヨイどん。そろそろバチが――」

「ま、待ってくれネージュ! もう少しで考えがまとま――……はっ! そうじゃ! ネージュよ、何か細い筒はないかや?」


「筒? 麦の茎のストローで良かっちゃらあるけんど、こんなで良かかよ?」


 ネージュから細長い筒を受け取る。なんとも理想的じゃ。


「そんたらもんどないするっぺさ?」

「見とれ。こうするんじゃ」


 麦粥の丘にブスリと突き刺し抜いて見ると、中には麦のつぶつぶが綺麗に詰まったようじゃ。

 いける。これはいけるぞ!


 考えはまとまった。これも全てネージュのお陰じゃ。



「美味い! 美味いぞネージュ! やはりネージュの作る料理は最高ぞ!」


 押し上げられた街道の辺りからむっしゃむっしゃと喰ろうてやったわ。


 待っとれよ竜の瀬。

 今に妾がこんなして喰ろうて――いや、食うちゃマズイな。


 麦粥の方は完食。

 うむ、こんな風にマルッと全て解き明かしてやるからな!





「ほう? 土砂崩れでなく、でござるか?」


 長月らが戻ってきて、開口一番で言うてやった。

 麦粥の丘と川で妾が考えた仮説を丁寧に説明していくと、妾の中の細々したものがさらにまとまっていくのを感じるわ。


 うむ。明日の目的地は鍛冶ギルドに決定じゃな。


「ところでヌシらは今日はどうしておったのじゃ?」


「あちこち行ったでござるぞ。そう、先ほど姫さまが言うたヴィヨレの家にも縄を都合してくれた農家にも顔を出したでござる」


 ほう? ならば入れ違いだったのじゃな。


「どちらからも領主代理夫人は気さくで話し易いと言うてござった」

「何しに行ったんじゃ?」


「ダメになった麦の予定収穫量の確認でござる。それをせんと納められん額の徴税を行なってしまう。それでは麦農家は立ち行かんでござるからな」


 さすが妾の旦那さまじゃ。賢く優しい良き領主名代になるの間違いなしじゃな。


「それは良いことをしたな長月。あの連中には妾からもまた礼に行きたいと思うておったところじゃ」

「もちろんそれがしの案ではござらんぞ」


 長月の視線を受けてイヴェルが胸を張って言うた。


「こう言ってはなんですがな。搾取するばかりの上の者ではないと知らしめる良い例にもなりますからな」


 きっとこの御仁も真摯にここリッパを長年治めておったのじゃろうな。なんだか頬染めながら照れてそんな事を言いよるのじゃもの。



 夜も更けて。

 今夜こそ! さぁ初夜を!


 と妾も言いたいとこじゃが……


「すまん長月、先に寝てくれ。明朝すぐに鍛冶ギルドへ頼みたい絵図面を作りたいのじゃ」


「…………………………分かったでござる。無理してはならんでござるぞ……」


 すまぬ長月。しょんぼりさせてしもうたな。

 妾とてヌシとしたいのはやまやまなのじゃが、今もまた雨が降り出しておる。


 気がいてしょうがないのじゃ。

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