第12話「地割れでござる」


 近くの農家で丈夫な縄を分けてもろうてそれぞれ端を娘とわらわの腹に括りつけた。


「何があっても妾が絶対に助けるゆえな」

「うん! じゃ行こお姉ちゃん!」


「ヤヨイで良いぞ。だからヌシの名も教えてくりゃれ」

「ヴィヨレだよ! よろしくねヤヨイちゃん!」


 娘――ヴィヨレをかかえる様に腕に座らせる。そしてヴィヨレも使ったという迂回路をややゆっくりめに駆ける。


 当初は場所だけ聞いて一人で崩れた斜面を駆け上がれば良いかと思ったのだが『それこそ危ないよ! ダメだよ!』とヴィヨレにたしなめられてしもうての。


 本来は迂回路でなく正しいルートだという道を行き、ヴィヨレの案内のお陰でそう掛からずに目的の場所へと辿り着いた。


「……ふむ。これは確かに地割れじゃ。しかも大きい」


 場所によっては幅およそ一m弱半間、深さもおよそ半間はんげんとそう深い事はないが、驚くべきは別の点だ。


 長い。

 崩れた土砂もかなり長い範囲で崩れたが、ほぼそれと等しく続いているのじゃろう。


 そして最も驚く点、それは遠いということ。

 マヤト川から直線距離で三〇〇m三町程もあるじゃろうか。


「ちっ! テラスモの馬鹿が!」

「テラスモって誰?」


「土木ギルドの旨そうな猪じゃ。奴はバカだがヴィヨレは賢い。お手柄じゃ」


 妾に褒められニヘっと照れたヴィヨレがあまりにも可愛くて驚いた。

 ただの田舎娘と思いきや、こりゃ磨けば光るの間違いなしじゃ。


 まぁイムの女連中は金髪碧眼、目鼻立ちもはっきりしておるし、妾らとは根本的に違うわな。


 という様な事をヴィヨレにそのまま告げたらば、慰めではないらしい、どうやら本気らしい言葉をくれた。


「逆だよ! ヤヨイちゃんの真っ黒な髪はカッコいいし、スラっとしてるのに逞しそうな体型も素敵だし、勝ち気そうな目も、ニッと口の端っこを上げて微笑むのも、全部全部可愛いよ!」


 ――がばちょ。


 うっかり抱き締めてしもうたわ。可愛すぎんかこの娘。このまま連れて帰って妾の娘にしてはいかんかのぉ?


「さぁヴィヨレ、我が家へ帰ろう」

「うん! 帰ろ!」


 さすがに妾も分かっておる。ヴィヨレはヴィヨレんちに帰ると言うた事ぐらいはな。



 家まで送り届けたヴィヨレと母親に礼を言い、また領主名代夫人として正式に礼に来ると伝えた。


 そう言えば縄を分けて貰うた農家にも礼に行かねばならんな。この長さの縄を編む労力がいかほどか妾には分からぬが、あっという間に編めるというものではきっとあるまい。


 今回の様に命綱が必要になる事もあるじゃろうし、とりあえずこの縄はこのまま腹に巻き付けておこう。

 見た目がいきなり無頼な浪人に成り果てたが、まぁ良い。背に腹はかえられんからな。



 日も中天を過ぎ、いい加減に腹も減ったがやる事やってから戻るとしよう。


「この馬鹿テラスモが! どこが普通の土砂崩れじゃ!」


 駆けて行ってテラスモを見つけるや否や即ゲンコツを落としてやった。


「あだぁっ!」


 ぐぉぉぐぉぉと脳天を押さえて蹲るテラスモ。すまん、ちと強かったか。


「なにしやがんでぇ! いくらヤヨイ様でも許しやせんぜ!」


 なんじゃ、元気そうじゃないか。

 ならばとそれに対しては特に何も返さず対岸を指差して続ける。


「ここからずいぶん離れたあの辺り、あそこに地割れがある。それでもただの土砂崩れだとかすか?」


「はぁ? あんな遠くの地割れが今回の土砂崩れと関係ある訳ねぇよ。確かに相当な量の土砂が崩れたが、あんなとこから崩れてりゃこの程度じゃ済まねえって」


 む? そう言われればそうか?

 しかし無関係だとは思えんが……


 …………よし!

 目にもの見せてくれるわ!


「テラスモ貴様――吐いたツバ飲まんとけよ!」


 ぐぅのも出ん証を見せてやるわ!

 どんな証かは今のとこさっぱりじゃがな!




「ヤヨイどん遅かっただな。昼はオラだけだったから大したもんはないんだげっちょ、これから食うが?」


「頼む。腹が減って目が回りそうじゃ」

「ガッテン! かしこまりー!」


 なんだかもう訛りなんだか訳が分からんが言いたいことは伝わるゆえ問題ない。


「長月どもはどうした?」

「おとーちゃん達に連れられで朝から出てっただ。昼は視察の途中で外で食うっちゃ言うとったべさ」


 ふむ。地図で見た限りじゃリッパもなかなか広い。

 まずは全体を把握せんことにはどうしようもないという事じゃろう。長月も領主名代らしい仕事に精を出しておるな。妾も負けてられんの。


「こんなもんしか無くてすまねえだヤヨイどん」

「なんじゃ? 粥か?」


「オラの分だけでパン焼くのは面倒だべっちゃからな。麦粥なんかですまんちゃけど」

「何を言うか。量さえあれば妾は出されたものに文句はつけぬぞ」


 鬼の姫とはいえども、それほど裕福な暮らしをしておった訳でもない。粗食は全く構わん。量さえあればな。


「けんど、温め直したけんちっと煮詰まっちまって見た目が良ぐねぇだ」

「いや、全く問題ない。普通に美味い。さすが師匠よ」


 確かにちょいと煮詰まってはおるらしいが、逆にボリュームを感じられて良い塩梅じゃ。


「ちなみにおかわりはあるか?」

「あるべ。ヤヨイどんが昼に帰ってくるべさ思ってたけんな。ようけあるど」


「ならば山盛りくれ」

「ガッテン!」


 ネージュは妾をどれほど大喰らいな女と思うとるんじゃ。さっきよりも大きな皿にてんこ盛り。馬鹿げた量じゃ。


 けれどもちろん全て喰らう。美味いしな。


 …………ん? 待てよ? 


 この煮詰まった麦粥をこうして……こちらはこんもりしつつもなだらかに……

 さらにを通して、さきの丘の反対に街道を作ると――


「お、竜の瀬あたりだべや。上手いもんだなヤヨイどん!」

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