第11話「気になる事でござる」


「気になる事がある」


 完全復活を遂げた朝。

 イヴェルら三人も含めての朝食の際にわらわが発した言葉じゃ。


「よしてけれヤヨイどん! おとーちゃんも居るっちゃのにそんただ話題はイカンちゃよ!」

「師匠ちがう。その件も色々と気になるとこではあるがそれについては今度二人っきりで質問させてくれ」


 こんの色ボケ乳デカちび師匠めが。真面目な雰囲気のつもりじゃったのに一気に吹き飛んでしもうたではないか。


 とは言え妾の乳ももう少しふくよかであれば良かったが、うむ、細身の妾にはネージュの乳はデカすぎるか。現状でちょうど良いとしておこう。

 きっと長月はそんな事で嘆きはせんじゃろ。


「すまん、ネージュのせいで脳がちと脱線した。気になるというのは――そう、竜の瀬の事なんじゃ」


 妾もこの何日かただぼんやりと傷が癒えるのを待ちつつイチャイチャしておった訳ではない。

 やはり初めてあそこを通った時の違和感がどうしても頭から離れんのじゃ。


「長月よ」

「なんでござろう」


「今日よりまた新領主名代みょうだいとして立つヌシを支えねばならんし、そのつもりでおったのだが」

「だが――?」


「すまんが妾は竜の瀬を調べたいのじゃ。別行動を許しておくれ」


「されどヤヨイ様。街道の復旧と併せて土木ギルドが調査を行っていると聞いておりますぞ?」

「勿論そうであろう。しかしそれを分かった上で、じゃ」


 イヴェルが言うことは当然であろう。

 素人の妾が調べたとてぶっちゃけ何の役にも立たん可能性は大きい。ただ、どうしても拭えん違和感が気持ち悪いんじゃ。


「構わんでござるぞ。それがしもイヴェル殿に手伝って頂いてイチから領主の仕事を学ぶ身。正直なところ姫様は領地経営に詳しくないでござろうしな」


 ぐっ――バレておったか。

 悪気なくキツいひと言を言いよるが、しかしまぁその通りゆえ頷かざるを得んのが辛いところじゃ。


「妾も一緒に学ぶつもりはあるんじゃぞ? ホントじゃぞ? ただどうしても気になるゆえ……すまん」

「そこは疑ってござらんし、事故がまた起こらんようにするのも領主代理の勤めでござるよ」


 そうじゃ。妾は領主名代夫人として土砂崩れの再発を阻止すべく、じゃな。


「うむ。それぞれ領主名代として、領主名代夫人として、別行動ではあっても民草の為に働こうぞ」




 などとカッコよく言うて竜の瀬までやっては来たものの、一体なにをどう調べて良いのかちっとも分からん。


 この七日ほどの間も変わらず雨が多かったが、今日はなんとか降らずにもってくれそうな空じゃ。


 現場はすでに川底もさろうて今ではマヤト川も滞りなく流れてはおる。

 街道の方もまだすっかり元通りとはいかんが人が往来する分には支障ないようじゃな。


 ギルドの連中もなかなかやりよるわ。


「おいオヌシ。アルがどこにおるか知らんか?」

「アル?」

「建築ギルド長のアルシテなんとかじゃ」


 ここにはらんらしいわ。

 代わりにというか、土木ギルド長で猪獣人のテラスモとかいうのがこの先の仮小屋にいるらしい。



「ヌシがテラスモじゃな?」


 さすがに虎獣人のアルに対しては思わなかったが、猪の此奴こやつはちょっと旨そうじゃなと思うてしもうたわ。肉的にな。


「そういうアンタは……、土砂をぶん殴って吹き飛ばしたとかいう……の領主夫人か! この細っこい小娘にアルの兄貴は負けたってのかよ! わはははは! ざまぁねえな!」


 周りの作業に従事しとる連中に向かい笑い飛ばしよった。そうじゃ、リッパの男衆おとこしはそうじゃったな。


「領主夫人じゃ。間違うでない」


 そう言うてクイっと顎で机を示す。

 話はまず叩きのめしてから、じゃったな。


 ――――…………


 あっけに取られた顔のテラスモが肘をさすりながら片膝をついて頭を下げて言うた。


「ヤヨイ様に忠誠を誓うぜオレは!」

「うむ、手っ取り早くて良いぞ。今回の土砂崩れについて知りたい。教えてくりゃれ」



 …………うーむ。

 テラスモが言うには、シンプルに雨でゆるんだ丘がなだれ込んだだけ、これから崩れてしまう土砂ももうない、だと。


 そんな簡単な土砂崩れな筈はないんじゃが。


 妾はこの間、よーくこの目で見た。

 崩れた丘の上を覆ったたくさんの木々が根を張り、雨で少々弛んだ程度であの量の土砂崩れを起こすとは思えんのじゃ。


 しかし特に実りもなくとぼとぼと歩いておると、土砂崩れの晩に出会うた娘に再び会った。


「この間の娘っこではないか。その後、不便などしておらぬか?」

「お姉ちゃんたちのおかげでみんな元気だよ。そのせつはありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げ、ぴょこんと頭を上げた時におさげがプルンと宙を舞った。

 なんたる賢く可愛い娘っこじゃ。


 妾も長月との間にこのような娘が欲しいのう。

 などと自分で思うて頬を染めたりなんかして。


「そうかそうか。それは何よりじゃ。ところであまり竜の瀬の方で遊んではいかんぞ。猪のデカいのがどすんどすんしておるからな」


 連中はいま街道の締め固めを行なっておる。嘘でなくどすんどすんやっておるんじゃ。


「遊んでるんじゃないの。竜の瀬の上にベリー摘みに行って来たんだよ」


 ベリー摘みとは良いな。

 妾も大好きじゃぞ、甘酸っぱくて見た目も可愛らしくてな――…………竜の瀬の上じゃと!?


「いかんぞ! そこは絶対に立ち入っちゃいかん!」


 正直いつまた土砂崩れが起こるか分からん。年端もいかぬ娘が巻き込まれては妾は死んでも死に切れんぞ!


「う――、ご……ごめんなさ――」

「待て待て待て! 泣くな! 怒っておる訳じゃないぞ! そう! 頼んでおるのじゃ! すまんが妾の為にもベリー摘みはしばらく控えておくれ! な? いかんか? どうしても摘みたいかや!?」


 ななな、なな――なんとする!?

 どうすれば納得してくれる――!?


「ん――わかった、お姉ちゃんの言う通りにするね」

「分かってくれたか! 嬉しいぞ妾は!」


 ふーぃ。マジで汗かいたわ。

 こんな幼い命があの土砂崩れに巻き込まれては数秒ももたずにあの世行き間違いない。


「でもね、もう行かないつもりだったんだ」

「ほう? それは何故じゃ? 危ないからか?」


 娘は妾の声に対して崩れた丘のさらに上を指差してから、両手で六〇cm二尺ほどの幅を示して言った。


「あの辺りにね、これくらいの地割れができてて怖くなっちゃったの」


 地割れ…………とな?

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