第10話「最高でござる」
もうすぐ関所が見える頃、雨が止んだらしく月が出て、長月が大きく穿った穴が連なるのがよう見えた。
長月の角も妾と同じく小さいくせになぜこうも違うのじゃろう。
「長月、ヌシの力はもの凄いのぉ」
「何を言うでござるか。凄いのは弥生さまでござるよ」
は? さすがにそれは無かろう。
良いんじゃ、気を遣ってくれなくて。
「何をどうすべきか分からず立ち竦んだそれがしと、即座に行動に移し今できる最高の結果を引き出した弥生さま。どちらが凄いか言うには及ばんでござるよ」
ふむ。そう言われると悪い気はせぬな。
そうか、最高の結果、か。
ん、そうかも知れん。
「ヤヨイ様! ナガツキ殿! 無事か!?」
お、向こうからやってくるのは建築ギルド長のアルじゃないか?
「おぉアル! リッパの方はどんな塩梅じゃ!?」
「最小限の被害しか出てねぇ。二人のおかげでな!」
聞けばリッパ最西端の関所から東へおよそ
「しかしそれだと刈り取り前の麦が結構いかれたじゃろう」
「支流まで逆流してりゃジジババや子どもが呑まれてた可能性は大だ。しかし人的被害は今んとこねぇ。最高の結果には違いねぇよ」
そりゃそうか。
麦と人命とでは比べものにならんな。
「という事は……?」
長月の背の上に乗ったまま、右掌を開いてアルへ向ける。
「新領主夫婦は最高だぜ!」
ぱちーん! とアルとハイタッチ。思うたよりも痛い。
けれどそれを長月が冷静な声音で
「領主
「ははっ! 長月殿もアルで良いよ。仲間はみんなそう呼ぶぜ」
「ふっ、分かった。アルよ、あとは頼むでござる――ぞ――」
妾を負ぶったままで前のめりに倒れていった長月。慌てて両脚を伸ばして地に着けて、それを上からなんとか抱き留めた。
「おい長月! しっかりせえ!」
頬をびたびたと叩けば反応はある。眠っただけの様だがやたら熱い。よう見れば
「荷車がある! 屋敷まで運ばせるぜ!」
「構うなアル。長月めは妾が運ぶ。ヌシらはヌシらの仕事をせぇ」
建築ギルドや土木ギルドらしき者らが続々と集まってきとる。向こうにアグリの顔も見えるゆえ農業や林業ギルドの者らもじゃろう。
「長月も言うたが――後は任すぞ、アルよ」
「任せとけ! 俺の命に代えても!」
今度は妾が長月を背に負うて歩む。
すれ違う避難中らしき者どもが『新領主さまだ』『新領主さまご夫婦が救ってくれたらしいよ』などと話す声が耳に届く。
悪い気はせぬが、領主
「みな
笑顔でそう言った妾にまだ幼い十ほどの娘が長月を指差して言った。
「領主代理さまは大丈夫?」
「あぁ大丈夫だ。この男は強いからな」
少女は安心したのかコクリと頷き家族のもとへと駆けて行った。
長月よ、ヌシは本当に強いな。
腕は折れ、おそらく拳も砕けておるじゃろう。なのに己のリミッターを外して限界以上のパンチを放ち続けた。
リッパを、リッパの民を、さらには下流にいた妾を守るため。
すまん長月。
正直に言ってヌシとの新婚生活の方へばかりに気が行っておった。反省じゃ。
たった今から妾はな、心の底から領主名代ナガツキ・ロトンヌの妻ヤヨイじゃ。
共にこのリッパを治めような。
屋敷を目指して半刻ほども歩き、夜も明けかけていい加減で妾も限界じゃなぁと思い始めたころにレガンがやってきた。
――助かった……
などとは
並んでレガンの隣りを歩き始めた時、薄っすらと長月の目が開いた。
「長月、どうじゃ気分は?」
「ん、そうでござるな……。ただただ腹が減ったでござる」
「違いない。帰って即メシにしようぞ」
「ネージュが朝食の用意をしてはおりますが、先にお医者さまでは……」
「「いや、メシが先だ」でござる」
特に肉じゃ。肉をよこせ、肉を。
昼夜を問わずに続けられた竜の瀬の工事は順調に進み、ほんの五日ほどである程度は元通りに使える様にはなったそうな。
そうじゃ。聞いた話なので『なったそうな』なわけじゃがこればっかりはしょうがない。
実は妾の両拳も折れておったらしくてなぁ。アルとのハイタッチがやけに痛いのも納得じゃわ。
イヴェル達から外出禁止にされたのよ。
せっかく長月と二人で部屋でのんびりじゃというに、長月はさらに両腕とも折れとる。
これではさすがにあんな事もこんな事も出来まいて。とほほじゃ。
しかしな、それでも口付けなんぞはちゅっちゅちゅっちゅしたんじゃぞ。誰に憚るでもなく何度も何度もな。
さらにこの間ネージュ師匠に教わった『あんな事やそんな事』の中から、手を使わずとも口で出来る
まさかな、長月があんな甘い声で反応するなんてな。思い出しただけでも可愛い反応じゃったわ。
試しに妾にもしてもらったが、耳に口付けしてペロリと舐めて貰うのがあんなに気持ち良いものとは知らなんだわ。
またネージュ師匠に新たな技を教えて貰わねばならんな。
そしてさらにもう二日。
「どうじゃ長月?」
「すっかり元通りでござる!」
「ん、妾もじゃ!」
そんな筈ないだろうとイヴェルらが言うが、実際もう痛くもなんともないのだからしょうがないじゃろう。
「どうじゃ? これで信じられるじゃろ?」
重たいテーブルの、その天板の端を掴んで片手でぐっと持ち上げて見せてみた。そのまま手渡し、長月めもグイっグイっと片手で持ち上げる。
けれどイヴェルらはもうそのくらいじゃ驚かんとさ。
とにかくこれで妾らも完全復活じゃ!
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