第8話「初夜②でござる」


 そうは言うてもじゃ。

 こと腕力においてわらわがそんじょそこらの男に負けるなんぞはあってはならん。


「ぬぐっ――お、おぅ!」


 あと六センチ二寸というところでなんとか持ち堪える。そして言うてやる。


「アグリよ。なかなかやりよるじゃないか」

「馴れ馴れしいぞ女!」


 此奴らすぐそれじゃな。

 その男性上位の性根は叩き直してやらんといかん。女の妾にブチのめされる事によって、じゃ。


 全力で押しているつもりのアグリらしいが、口を真一文字に引き結んでそれをこらえる。さらに少しずつ押し返す。


 スタート位置まで押し戻し、ようやく少し息をつく。


「さぁ、ここからじゃ」


 ぐんっ、と力を籠めてやれば、思いのほかあっさりと勝ててしもうた。

 すでに力尽きておったらしいの。


「どうじゃ、女の妾に負ける事もあると分かったか?」

「くっ――無念!」


 よし、負けを認めんタイプの奴らではないらしい。清々しいほど二人ともしょんぼりしておるわ。


「ネージュ! 水をくれ! 蜂蜜酒ミードでも良い!」

「まま待ってけれ! すすすぐ持ってくるだ!」


 特に疲れた訳ではないが、なかなか良い闘いだったゆえな。力水代わりに喉を湿した。

 ちっ――こりゃ水じゃ。


「さぁ、お次はどちらじゃ? 鍛治ギルドのフォジョン殿か、それとも商業ギルドのマルシャン殿か?」


 二人へ視線を向けてそう言うと、マルシャン殿が手を挙げた。二つとも。


「降参。私は力自慢とは言えただの人族。虎獣人とトロルの二人に勝てる奥方さまに敵うはずもない」


 なんと? そう言えばアグリがそんなことを言うておったか。

 虎獣人とトロルな。そうか、そりゃ強いのも納得じゃな。


「ではフォジョン殿はどうされる?」


 答えは分かっておるが聞いてはやらんとな。妾の腹ほどしかない小さき背の髭もじゃ男。しかも最も年配なんじゃなかろうかな。


「レガン、椅子を持って来てくれんか。いつものヤツだ」


 すでに準備してあったらしい、丈夫そうな木で作られた大きな下駄のような形の椅子を樽の前に置き、フォジョンがそれに飛び乗った。


「先に言うておくが、このの儂がギルド長の中で最強だ。その細腕が折れても知らんからな」


 ほう? ヌシはドワーフかよ。

 確かにそっと肘立てた短い腕は力強そうだ。


「それがしと代わるでござる」

「馬鹿言うな長月。妾が負けるまでヌシの出番はないわい」


 フォジョンの手を握って肘をつく。短い腕のせいで握りにくいがまぁなんとかなった。


「レガン。合図を」


 先に力を籠めるなんて事はせず正々堂々とやると。

 いや、妾が言い出した事じゃからアグリらは悪くないんじゃぞ。


「レディー…………ゴー!」


 レガンの合図とともに、お互いに全力でぶつかった。

 数瞬、いやほんの一瞬。びたりと中央で拮抗したが、即座に結果が出た。


 お互いが左手で掴んだ樽のへりが砕け散り、立てた肘が樽の天板を真っ二つにしてしもうた。


 そして勢い余って頭と頭をガッコンぶつけて共にのけ反り仰向けに倒れたんじゃ。

 少しの間、頭を抑えてぐぉぉぐぉぉと二人してジタバタのたうち回ったのちフォジョンが言うた。


「この細腕のどこにこんな怪力がある! 大したもんだなヤヨイ! 儂の負けだ!」

「なに? どう見ても引き分けじゃろうが」


「恥かかせるなよ。儂は一人目、ヤヨイは三人目。引き分けなんてかしちゃ恥ずかしくて顔から火が出るぜ」


 ふむ、確かにそうか。


「分かった。ならば妾の勝ちとするぞ」

「それで良い。儂らギルドの面々はに従う。良いな皆のもの?」


 特にそれには答えずに四人が揃って片膝をついて頭を下げた。妾に。


 いやヌシらは長月に頭を下げんか。


 慌てて長月を見れば、腹を抑えて笑いを噛み殺しておった。

 まぁ良いか。長月が笑っておる事じゃし。




「いやしかし魂消たまげたな。連中のうち三人も人族じゃなかったとは」

「そんな事言ってるのは弥生さまだけでござる。ひと目見た時から分かっていたでござるよ」


 ぬ、そうか?

 チビの髭もじゃと顔色の悪いでかいのと、派手な毛色の毛深いヤツだとばかり思うておったわ。


 時はすでに夕食後。寝室でまったりと夫婦の時を過ごしておる。


 努めて自然に自然にと振る舞うておるが、いかんな。期待と緊張が顔にも態度にも出てしもうておる。

 指先なんて震えておるものな。


「弥生。そろそろとこに入るでござるぞ」


 心なしか、長月の声にも少し甘さを帯びておるような。さてはヌシも緊張しておるか。可愛いヤツよ。


 けれど念のため、昨夜のように不埒な姉弟がもつれ込んでおらぬか耳を澄ます。


 雨音じゃ。朝から降り止まぬ雨が未だに降り続いておる。

 その他には何も聞こえん。長月と妾の、いつもより強く脈打つ鼓動の音以外には何も――


 …………――――!


「弥生さま!」

「ヌシにも聞こえたか! 行くぞ長月!」


 夜着の上からチュニックを被って寝室を飛び出した妾のすぐ後を長月が続く。

 駆ける妾の立てる物音に飛び出してきたレガンが叫ぶ様に言った。


「お二人ともどうされました!?」


「レガン! れを出せ! 竜の瀬辺りでじゃ!」

「それがしらはひと足先に行く! 各ギルドへの報告は任せたでござるぞ!」


 くそっ! なんなんじゃ一体!

 なぜ妾らの新婚初夜をことごとく邪魔するのだ!


 しかしそうも言うてはおれん。

 妾も長月も確かに聞いた。


 方角は西、恐らくは竜の瀬。道の対岸の丘が崩れる轟音をな。

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