第7話「腕相撲でござる」


 朝食の折、どうやらイヴェル殿からチクリと言われたらしいネージュがほんのり頬を染めて給仕してくれおった。

 あの色気もへっちゃくれもない訛りたっぷりの嬌声がな、逆にどうにもしもうて連中の事後のあとさえよう眠れなんだ。


 はっきり言って眠い。

 しかしそうも言うてはおられん。


 ネージュとレガン不埒な姉弟のせいで睡眠不足じゃが、今日は長月が領主名代みょうだいとして立つ初日だからな。


「してイヴェル殿。本日の予定はどんなじゃ?」

「各ギルド長を呼び付けてありますゆえ、昼食をとりながら新しい領主代理の面通しが主ですな」


 そうか、昼食と合わせてな。

 外は割りと強う雨が降りよる。ならば昼まではのんびりまったり長月と部屋で寛ぐか――と思ったのはわらわだけだったらしい。


 長月とイヴェル殿にレガンを加えて男三人は何やら税収がどうだ収穫量はどうだと妾にはよく分からん話題を始めよった。


 ちっとも分からんなりに分かったような顔で頷くのにも飽き飽きした頃、朝食の後片付けが済んだらしいネージュが顔を見せた。

 それを手招きして呼び寄せ、小声で猥談わいだんとしゃれこんだ。


 その結果な、おぼこい妾に師匠ができた。

 世の男女はそんな事やあんな事までするとは知らなんだわ。今夜こそ長月とそのような事を仕出かすつもりの妾にとって、誠に良き師を得た。


 必要な時にこそ師が現れるという、昔どこかで聞いた格言は正しかったらしい。

 めくるめくバラ色の今夜に向けて、うっかりニヤつく口の端を引き締めるのもひと苦労じゃわ。



「鍛冶ギルド長、フォジョン氏が参られました」

 ひときわ短躯なヒゲ面オヤジが一番乗りか。イム語で鍛冶屋を意味するフォジョンが名とは潔い。


「商人ギルド長、マルシャン氏もお見えです」

 ほほう。こちらも商人を意味するマルシャンとな?


「農業ギルド長、アグリキュルテュール氏」

 良いガタイしとるがちと長いな。名前が。アグリで良かろう。


「建築ギルド長、アルシテクテュール」

 此奴も面構えは良いが長い。アルで良かろうて。


 後で聞いたが、この四つのギルドの中に様々なギルドがあるらしい。建築ギルドの中に土木ギルドがあったり、農業ギルドの中に林業ギルドがあったりだな。


 四人の男どもがそれぞれ席に着き、立ち上がったイヴェル殿が「足元の悪い中――」から始まり長月を紹介する。

 そして長月も立ち上がり挨拶するのに合わせて妾も立ってぺこりと頭を下げて名乗るも、どうやら妾にあまり興味はないらしい。


 ん――まぁ、良い。妾は領主名代ではないのだからな。



 …………退屈じゃ。

 ネージュが拵えた飯も旨い。長月の有能さが伝わったらしく皆に褒めそやされて鼻も高い。


 しかし妾はこの場に必要ないのではなかろうか……。

 退屈に飽いて窓の外を見遣る。昨日と打って変わっての雨がよう降りよるわ。


 退屈な昼食もようやっと終え、ネージュが皆の空いた皿を片付ける。

 暇で死にそうゆえ妾も手伝おうとするも、それさえさせて貰えん。頼むから妾にも用事をくれんか……。


 などと思うておったら応接間にレガンがやってきて皆の前からテーブルを運び出し、代わりにやけに重そうな大きめの樽を持ってきよって中央に据えた。


「ナガツキ殿の有能さはなんとなく分かった」

「しかしそれだけではリッパの男は付き従わねぇ!」

「イヴェル殿には大酒で痛い目を見させられたが」

「ナガツキ殿は腕っぷしで力を示すと聞いておる」


 四人のオヤジが――いや建築ギルドのアルだけはまだ若いらしいが、仲良く順にそう言った。

 そう言えばジャンビエちちうえ殿がそんなこと言うておったな。


 あまりにも暇で忘れかけておったわ。


「最初は俺だ! ナガツキ殿、かかってこい!」


 最も若い見た目のアルが樽に肘つき気炎を上げた。


 ふ――ふふふふふふ。


 頷いた長月めが樽に近寄るが、それを遮る様に妾が立つ。


「頼む長月。妾からいかせてくれ」


「女は下がっておれ!」

「これは男の闘い――」

「新領主代理殿は奥方に守られて恥ずかしくないのか!」


「黙れ下郎が! 妾を倒せたら長月を出してやろうではないか!」


 長月がバカにされては黙ってられんと勢い余って言うてしもうた。勝手に出てきた上に勝手言い過ぎたかと横目でそっと見遣れば長月が笑うておった。


、手加減するでござるぞ」


 ふふふふふふふふ――長月がそう言って背を押してくれるならば……


「さぁ行くぞアル。女の妾に勝てるかや?」

「アルだと!? 馴れ馴れしい女が!」


 左で樽のへりを掴み、右でアルの右手を掴む。


 瞬殺では芸がない。

 クイっと上げた視線で言う。

 ――ヌシが先に力を籠めよ――とな。


「ば――バカにするな! 後悔させてや――――る、ぞ…………え?」

 ぐんっと腕に力が掛かるが微動だにせず受け止めてやった。


「目一杯か? ならば」

 そして間髪入れずにズドンと樽の天板に叩きつけてやったわ。

 もちろん怪我させん程度には手加減してやってな。


 目を白黒させて信じられんと目顔で言うが、そのアルの肩を引いてアグリの登場じゃ。


「次は僕が」


 分厚い肩を、アグリがドンと樽に肘をついた。迫力はあるのぉ。


「ふん、良かろう」


 アグリの手を握ってセットポジションじゃ。

 いや、そうは言うてもな、此奴ら相当だぞ。


 組んだだけでもう分かる。この農業ギルド長もやりよる。

 見てみい、二人の面構つらがまえを。


 アルの面なんぞだし、アグリなんて面どころかじゃ。


 ん? さすがにおかしくないか――むぐっ――此奴こやつ――!


「僕が先に力を入れて良かったんですよね!? このを舐めた事を後悔させてやりますよ!」


 むぐっ――こりゃ強い!

 ヌシにはそれ言うたつもりはないんじゃが!

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