第6話「初夜でござる」


 ふむ。

 なかなか良さそうなところじゃな、リッパは。


 長閑のどかな田園風景が広がり道も綺麗に整備され、さらには道ゆく住民どもが朗らかな笑顔をわらわらに向けてくれるのも実に微笑ましい。


 長月めが新しい領主名代みょうだいだという事もどうやら知っているらしいし、セプタンブラ殿に激似と騒がれもするが今のところは好意的に捉えられているというとこかの。


 関所を抜けてから一刻ばかしを馬車でゆき、イヴェル殿が住もうておったという領主屋敷に辿り着いた。


「ん? ではイヴェル殿はいまはどちらに?」

「どちらもないですぞ。すぐそこで一人暮らし、同じ敷地内に小ぶりな平屋を建てましたからな。住所で言えば同じですわい」


 あぁ、なるほど。

 せいぜい二間か三間の小ぶりな平屋じゃ。

 ぶっちゃけ長月と二人で暮らすならそちらの平屋が妾好みじゃのぉ。


 もちろんそういう訳にもいかんという。

 領主屋敷は三階建て。もちろん私室もあるが、応接間や会議室なぞの公室が多いし侍女部屋なんてものまであるらし――


「おとーちゃん帰ったべか?」


 がちゃりと開いた玄関ドア。そこから顔を覗かせたのは、背は低いが胸の辺りがやけにふくよかな金髪娘。なかなか可愛い顔しとる。

 全体的にふっくらまろやかじゃが、なんなんじゃあのけしからん乳は。メイド服がはちきれそうじゃ。


「お父様、馬は繋いで参りましたが、馬車の荷はどうされます。私が運び込んで良いでしょうか?」


 そしてもう一人。先ほど先導してくれていたイヴェル殿の共の者。


「ちょうどいい。紹介するから二人ともおいで」


 金髪乳でかチビ娘と、一八八センチ六尺二寸もある長月より僅かにデカいバルク男。侍女と従者らしいがなんともチグハグな二人よの。


「ナガツキ様はすでに見知みしっておられるが、娘ネージュと息子レガン。二人には領主屋敷を切り盛りさせております。御二方の世話も彼らに任せたいと思うがよろしいか?」


 なんじゃ、この三人は親子かよ? 誰ひとりちっとも似ておらん。いっそ清々しいほど似ておらん。


「もちろんでござるよ。それがしらは新参者ゆえ分からない事ばかりでござる。よろしく頼む」

「長月の妻弥生、妾からもよろしく頼むぞ。ネージュにレガン」


 お、うとるのか妾の振る舞いは。

 すでに妾は姫ではないが領主名代夫人。長月めに恥をかかす訳にはいかんのだぞ。


「ひゃあこりゃ別嬪べっぴんさんの奥さんだなナガツキどん! オラおでれーたぞ! ヤヨイどんもよろすぐな! オラ炊事洗濯掃除に家事ならなんでもござれだかんな! なんでも言うてけろ!」


 ネージュが元気にそう言って、勢いよく妾をハグ。乳が当たる。


 ――――……ハグ?


 ちらりと長月の顔を見遣る。

 あ、此奴こやつは知っておった顔じゃな。


「申し訳ございませんヤヨイさま。姉はなまっている上、対人の距離感がバグっておりまして……」


「ぷふっ、うははははは! 少しどころの訛りじゃないし、距離感バグり過ぎじゃ。しかしちっとも不快でない。よろしく頼むぞネージュ! それにレガンもな!」


 妾もあまり難しく考えずに振る舞おう。ネージュを見習ってな。



 時は夕方。一人で運ぶと言い張るレガンを皆で手伝い荷を運び、妾らの腕力を見せつけ大いに驚かせてやった。



「初めて呑んだが蜂蜜酒ミードも旨かったな。されどネージュの料理の腕も相当じゃわ」


 夕食後、妾の言葉に長月が頷いた。

 長月と二人で並んでベッドに腰掛け指を絡める。


 ベッドのサイズじゃろ?

 さすがイヴェル殿、割りとデカい妾ら二人で並んでも余裕のあるベッドを用意してくれていたらしい。


 長月の小指に絡めた妾の小指。

 妾の掌が少しずつ這ってゆき、長月の小指から中指までをひとまとめに覆って揉むようにさする。


 自然と合う妾と長月の視線。

 どちらからともなく近付く唇。


 その間も長月の指を三本まとめて揉むように摩る。


 ちゅ――と小さく水音を立てて離れた唇。


 小さく耳に届く嬌声――――


 ……ん? 嬌声?

 妾まだそんなの上げとらんぞ?


 二人して自分の口の前に指をひとつ立てて耳を澄ます――


 …………なまめかしいネージュの喘ぎ声に混ざるレガンの名。


「おい長月。さすがにそれはいかんのじゃないか?」

「二人は姉弟……さすがにいかんでござるなぁ」


 リッパにやって来て最初の夜。

 妾らのが霧散して、なんだか悶々と眠れぬ夜を過ごしてしもうた。

 無駄にやたら良い鬼の聴力が憎々しいやら悲しいやら。

 いや一階のネージュの部屋から三階まで届く嬌声を恨むべきじゃろうか。


 翌朝、ど直球にイヴェル殿に問いただしてやったわ。

 お主の子供ら、姉弟で良からぬことに励んでおるようじゃぞ、とな。

 

「その事でしたら心配無用。二人は――というか私たち三人に血縁はありません。あの二人は私が引き取った孤児、共に育ちいつの間にやら愛を育んでおったようですな」


 なるほど。ちっとも似ておらんのも、良からぬことに励むのも全てマルっと納得じゃ。


 だがな。

 だったらそう、早よう言うておけ!

 新婚初夜を無駄にしてしもうたではないか!

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