第4話「竜の瀬でござる」
リッパからロトンヌへ向けて流れるマヤト川沿いの道を馬車で行く。
さらに後ろで大きな三つ編みひとつを拵えてもろうたが、こちらもなかなか良い塩梅じゃ。これからはこの髪型でいくとしようかの。
途中途中に点在する町や村で宿を取り、行く先々で長月に人が
『セプタンブラ様じゃないのか?』
『違うらしいがそっくりだ!』
『いやありゃセプタンブラ様だろ!』
わいわいきゃぁきゃあ、老若男女が遠巻きに眺めながらそう囁き合うんじゃ。
そこへオホンと
「それがしの名はナガツキ・ロトンヌ! セプタンブラ殿ではないが、よろしく頼むでござる!」
そうすると
『訛ってる……』
『こんなのセプタンブラ様じゃ無い』
『田舎もの』
どうやら幼い頃の長月が覚えたイムの言葉はここのと少し違うようなのじゃ。
鬼ヶ島でもゴザルゴザル言ってたのは
イムの地の街並みは鬼ヶ島とは似ても似つかん。
木造一本槍だった鬼ヶ島の家々と違い、石造やレンガの壁の建物が立ち並ぶ。もちろん床や天井には木材も使われておるようだ。
さらに舗装された道。
馬車が走るためだろう、レンガ敷や石畳の道が多く、そうでなくとも平坦に
ふむ。
その辺りの文化レベルで言えば完全に負けたな。
いやでもしょうのない面もあるのじゃ。
我ら鬼は馬など乗らん。馬車など乗る訳もない。走った方が速いんだから当然だ。
だから道なぞ舗装する必要もなかったのだ。
このマヤト川もそう。
しかし
だからこそイムの地で見るもの聞くもの、全てが新鮮。未知を知るというのは心躍るものじゃ。
「それほど面白いでござるか?」
「あぁ、たいそう面白い。すまんな長月、手綱を変わってやれなくて」
「構わんでござる。存分に楽しんでくだ――楽しんでくれ」
マヤト川沿いを東へ東へと、僅かに傾く登りの道をずいぶんと来たところ。
長月に言われた通り、あちこち見遣るのが面白すぎた。
川幅も少し狭まり、そのぶん水勢が強くなった気がするな。
川幅の変化を見るのも、山の稜線も、行き合う農夫の持つ農具も、鳥も虫も、鬼ヶ島と同じようでいてやはり異なる。
ここは
マヤト川の上流側へと視線を遣ると森が近い。
そのせいかな、涼しく感じるのは。
「森を行くのか?」
「いや、そうではござらん」
長月が手綱から片手を離し、すいと前方を指差す。
「あそこ。樹々の影に隠れてマヤト川が僅かに蛇行するところが谷になってござる。このまま川沿いを行く道があ――る」
徐々にとは言え
「ほう? ここからだと川も道も森に吸い込まれてゆく様にしか見えぬな」
「フェブリエ殿に教えて貰ったでござるが、『竜の瀬』と呼ばれる地らしいでごさるよ」
川の蛇行に併せて道もややうねる。
右に左に小さく進路を変えつつ少し行くと、一気に視界が開けた。
「――ぉ、おぉ、これは……絶景じゃな」
妾らの馬車が行く道が右、手摺を越えた左下にマヤト川。
それはまぁここのところずっと変わらんのだが、さらに左、この道よりずっと高くまで緩く登ってゆく坂状の――丘、と言うのが正しい、のか?
ぽかんと口を開けて見上げる妾の横顔あたり、なんだかこそばゆい様な暖かい様な、なんだかそんな何かを感じて首を捻ると目が
「なんじゃ。頬に米粒でも付きよったか?」
「いえ、ただ、可愛いくてたまらんなと思っただけでござる」
がばりと一度視線を逸らす。
そしてゆっくり戻すと、妾が愛してやまない短い銀髪と澄んだ碧眼の長月が微笑んで言ったのじゃ。
「弥生。貴女はそれがしにとって、世界一可愛い
「な――長月。ど、どうした、変なものでも口にしたのじゃないか?」
しどろもどろでそんなことを口にした妾には答えず、片手で手綱を引き絞って馬車を停め、さらに逆の手を妾の腰に回しよった……
「長月……」
「弥生――」
優しくも力強く抱えられて抵抗できぬ。腕力的にも長月が上。
けれど抵抗する気も必要も全くない。
求められるまま、妾は長月へと唇を差し出す。
ふわりと優しく触れる唇と唇。
はしたないと
すると長月はびくりと背を反らせて離れてしもうた。残念じゃ。
けれど長月は目を白黒させて驚いた顔を見せ、それでも満更でもないらしく頬を染めて言いよった。
「つっ――続きは――、新居で」
ぽんっ、と染まる妾の頬。
「た、楽しみじゃな、続き」
指を絡めるように手を取り合い、長月は片手で手綱を振って馬車を進めようとしたらしいが上手く行かずに馬車はしばし立ち往生。
「しかしな長月」
「なんでござる?」
「
マヤト川中央、川面から
竜というより蛇と言うが正しく思うぞ、妾はな。
「それがしも同じ事をフェブリエ殿に言ったでござるが、今は水位が上がる時期だそうな。乾きの季節には立派な竜の瀬が見れるらしいでござるよ」
……ん?
いま、何か。視界の端で…………何か……
何か、豊かな木々に覆われた対岸の丘が気になった気がしたが……。
目を凝らして見詰めてみても、一体なにが気になったのか分からなんだ。
まぁこういう時は、どうせ大した事じゃなかったんだろ、と思うのが妾の常じゃ。
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