第3話「旅立ちでござる」


 リッパ。

 義父ちち上殿が妾らに頼みたいという土地。

 それはこの地、領主の名を冠した街ロトンヌから見て東へ馬車で七日ほどの地。

 周囲をくるりと山に囲まれたリッパ盆地一帯を指す。


 らしい。


「長月、見てみよこの地図を。この様な盆地らしい盆地は鬼ヶ島には無かったのぉ」

「鬼ヶ島は中央が高い地形でござったからな。それがしも知識としてはあったが見たのは初めてでござるよ」


 長月のしゃっちょこばったござる口調、色々あってまたちょっと変になったんじゃ。

 もうわらわらは主従ではなく夫婦だからな、タメ口にせよと命じたら変になった。可愛いヤツよの。


 もう三月みつきほども妾たちに占拠されたままのロトンヌの屋敷の客間に今夜も二人。


 ベッドは二つだ。


 妾としてはな、夫婦になった事だしひとつのベッドで共に眠れば良いとは思うのじゃけどいかんせん、妾も長月めも背が高い。肩幅もそれなりじゃ。


 このイムの地の者どももわりかしデカいが、それぞれ男女の別はあれど頭半分ほどは妾らの方がデカい。故にベッドひとつでは狭い。


 ならばと片方のベッドを動かしてくっつけようとも思ったのじゃが、何を考えてか知らんが床に固定されておる。

 それこそ鬼の膂力でもってすれば動かせぬ事はもちろんないが、まぁ、客間だしな。不埒な動機で動かすものでもあるまい、という事で今夜も共寝は出来ん。


 新居が待ち遠しいわ。


「しかし気になるでござるな」

「ん、ベッドのサイズか?」


「…………え?」

「忘れろ。続けてくれ」


「ジャンビエ殿の、リッパを治めるのに鬼が適任、という言葉でござるよ」


 さすが真面目な長月じゃ。不埒な嫁ですまん。


「よし。先ほどははぐらかされたが、出発までには問いただすとしようぞ」


 妾の言葉にしっかりと頷く長月が続ける。


「明朝にでもそうするでござる。では今夜はもうやすもうか」

「あぁ、おやすみ」


 手を伸ばした長月がランプの灯りを消し、客間は闇に包まれる。

 ――試しにな。そっとベッドを抜け出し長月のベッドへと潜り込んでみた。

 そしたらなんとな、優しくたしなめられたのじゃ。



 ――――っ! や――やば……


 この至近距離。長月の少し低い声。妾のことを


 あまりにも甘美。なんという破壊力。危うく喘ぎ声が出るとこじゃ。


「それがしがどれほど己を抑えておるか、ご理解頂ければ嬉しうござる」


 暗くて分からなんだかも知れぬが、妾は真っ赤な顔でコクリと頷きすごすごと自分のベッドへ戻った。

 けれどな、ひとつの後悔も不満もない。

 さっきの長月の声音だけでもう妾は満足じゃから。





「おはよう長月。よく眠れたかや?」

「…………えぇ。すっかり」


 そうは言うが目の下にクマが出来ておるぞ。

 リッパへの馬車ゆきで疲れが出てしもうたか。


 やはり夜の睦ごとなぞせぬが正解じゃな。まず第一に健康だものな。




 そして旅立ちの日。

 なんのかんのとはぐらかされて来たが、今日はいい加減に答えてもらわねばならぬ。


義父上ちちうえ。鬼がリッパを治めるのに適任という話。なぜそうかを具体的に教えていただきたい」


 長月に変わって妾が問う。

 すると案外するりと答えたものよ。


「簡単な事なんだ。リッパの連中、腕っぷし自慢でさ、強いヤツの言う事しか聞きゃしないんだよ」


「あっ――。それであの時……」

「なんじゃ長月? 何かあったのか?」


 顎に手をやり宙空へ視線をやった長月。なにか思い当たるのか?


「ここに流れ着いて弥生さまが目を覚ます前。腕相撲をしたでござるよ、ジャンビエ殿と」


 その後義父上ちちうえ殿が語ったところによるとじゃ。


 妾らが浜に流れ着いてわりとすぐ、領主へ報告が上がる。

 未だ目を覚まさぬ二人の男の方はセプタンブラご長男によく似た男じゃ、手厚く看護する内に額の小さな小さな角にも気付く。


 妾は生え際中央にひとつ、長月は目の上辺りの生え際にふたつ。

 米粒ひとつとまでは言わんが、米粒三つ四つ分ほどの小さな角じゃ。


「ふふっ。それに気付くまでは本当にセプタンブラだと思っていたのよ」

「あ、こらフェブリエ。バラしちゃダメだよ。こないだところなんだから」


 セプタンブラではない、私たち夫婦には分かる、だったかな。

 しかしどれほど似ておるのか。一度会ってみたかったが、こればかりは口に出すのは憚られるな。


「話してみれば性格も真面目だし、セプタンブラにもそっくり」

「これで私も腕力には自信がある方だったんだけどね。ナガツキくんのはまさに怪力、いっそ養子にしてリッパを任そうとなったんだ」


 まぁそうであろうな。

 恐らく長月は一割ほどの力も篭めておらぬであろうが、人が勝てる道理がない。

 なんと言ってもこの鬼姫でさえ長月には勝てぬのだからな。


「なるほど。腕相撲なり拳骨げんこつなりでリッパの男衆おとこしを黙らせれば良いと言う事、じゃな?」

「まぁ有体ありていに言えばそうだ。もちろん腕力なしに認めさせても良いけどね」


 ん、まぁ、腕力で黙らせるのが一番楽だわな。鬼ヶ島も基本そうじゃし。

 腕力で領地経営とは楽なお仕事よの。


「では参ろうか、長月」

「はい。旅立ちでござるな」


 ロトンヌ夫妻、さらには義理の弟妹たちにこれまでの謝意と、さらに今後もよろしくと伝えて別れる。

 ま、そうは言っても馬車で数日の距離よ。鬼ヶ島の連中と違っていつでも会えるわ。


 二人で仲良く御者台に並んで座り、ちょいとリッパへ新婚旅行と洒落込もうではないか。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


第一話に近況ノートのリンク貼ろうと思ってたのに忘れてましたε-(´∀`; )

鬼姫さまイメージこちらにあります。

https://kakuyomu.jp/users/hamahamanji/news/16817330661651179726


ホントは黒髪黒目なんだけど自動着色なんで青みがかっちまいました!

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