011

アオネは受話器を置いた。いたすら電話にしては、声が妙に必死だったのが気になった。しかし、未来の自分、と名乗る人物を信用などできようはずもない。

蝉の声がやけに遠くに聞こえ、家の中の静けさに妙な鳥肌がそわりと立った。

アオネは置いた受話器をもう一度取り、ある番号をプッシュした。普段はスマートフォンを使ってアプリなどで人と連絡を取ることが多いので、電話番号をプッシュして電話を掛けるという行為はかなり珍しいことだった。

何度か呼び出し音が鳴り、相手が出た。

『はい、どちら様?』

電話先の女はぶっきらぼうに言った。

「あ、もしもし、風乃カザノ?私、アオネだけど」

カザノはアオネの学生時代からの友人で、気の置けない仲だった。

『なんだ、アオネかよ。非通知でかかって来るから迷惑電話かと思ったよ』

「ごめん。今、私、地元に戻ってて。おじいちゃんの遺した古民家にこの夏は暮らすことにしててさ。ここ、Wi-Fiがないんだよ。固定電話だけ」

『ああ、あの山だろ?Wi-Fiないってマジかよ。で、番号知ってんのが私くらいだったってとこか?』

「ご明察。ていうか今時間大丈夫?」

『ああ、平気。さっき客が帰っていったところだから』

カザノと話していると学生時代に戻ったみたいに時間を忘れておしゃべりをしてしまう。カザノの声を聞くと安心できた。話を聞くところによると、現在カザノは東京で探偵のような仕事をして生計を立てているらしかった。

『探偵って言ってるけど、実際地味な仕事ばっかりだ。セコセコ人の後をツケたり、ネットをサーフィンして噂情報を集めたり。やってることはゴシップ記事のジャーナリストみたいな感じだな』

世間は夏休みなのに、と嘆くようにカザノは言う。

『ああ、そういえば電話してきた要件を聞いてなかったな。何か事件か?』

「まあ、大したことじゃないんだけどね」

アオネは先ほどかかってきた奇妙な電話についてカザノに説明した。

『家にいたら殺される?それと、外に出ろとかも言ったんだな。未来の自分からの電話ってのは妙だな』

「いたずら電話だとは思うんだけど」

電話口からパソコンのキーボードを素早くたたく音が聞こえた。

『未来の自分からの電話ってのはよくわからないが、今、アオネがいる町に関する噂で興味深いものを見つけた。ある大学が人工衛星を使って上空から地質検査をしていたところ、その町で妙な反応が観測されたらしい。そしてそれはどうやら埋蔵金らしいという噂が立ってる』

「埋蔵金?それはずいぶんロマンがあるけど。それが一体私が殺害予告をされる理由とどうつながるわけ?」

『わからないか?埋蔵金がアオネの住む家付近に埋まっているという情報をかぎつけたトレジャーハンターたちがどんな行動に出るかということが。三日前アオネがやって来るまではその家はだれもいない空き家だったんだろ。それまではよかったけど、急にアオネが現れたから連中はきっと困った。それで、アオネを怖がらせて出て行かせ、その後また埋蔵金を掘り始めようという魂胆なんだ』

カザノはすらすらと語った。

「うちに埋蔵金?だったらその埋蔵金はうちのじゃないの」

『だから邪魔なんだろ』

アオネは肩をすくめた。

「ありがと。なんかカザノと話して気が楽になったよ」

『え、いいのかよこんな推理で。全部憶測だし、まだ解けてない謎がいくつかあるだろ』

「いいの。声が必死に聞こえたのもたぶん気のせい。演技だよどうせ。私は特に埋蔵金に興味があるわけでもないし、見つけられたらラッキーくらいにしか思ってない。いたずら電話に反応してバカみたいだった」

『興味ないの?私が代わりに埋蔵金探しに行ってやろうか?ツルハシとか持ってくよ?』

「この夏を土掘りで終わらせたいとは思ってないの。それに、おじいちゃんの遺してくれた大事な家と庭だもん。欲望にまみれて掘り返しまくるのはあんまり」

『欲望にまみれてて悪かったな』

その後、少し他愛ない雑談をしてからアオネは電話を切った。

部屋に戻ると、麦茶の中に浮いていた氷はすっかり溶けて、グラスの周りには結露の水滴が水たまりをつくっていた。夏の昼はまだ長かった。

今夜は近所の神社で夜祭がある。それまで何をして過ごそうか。


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