真夏の葬列と片翼の少女

土蛇 尚

ずっと一緒にいたい。痛いくらいに。

 私達のたった一人の味方が煙になっていく。私達は手をつないで空を見上げる。痛いくらいに強く私から握って君も同じくらいに強く。どれだけ強くしても足りない。


 最後まで私達の味方でいてくれたお爺様は、高く高く真夏の大空に消えていく。お爺様が亡くなったのはとても熱い夏だった。

 葬儀の日の空はどこまでも広くて、二人で逃げ出したら自由になれて、一緒にいられるのかもなんて幻想を夏が魅せてくる。

 黒い車列の檻からは、向日葵がとても綺麗に咲いてるのが見えた。そんな風景でお爺様の好きな色は黄色だったなと考える。お爺様はもういない。


 私達の着ている漆黒の制服は喪服のようで今日の為にある気さえした。


 もうすぐ熱い戦争が始まる。空に消えるお爺様は派閥抗争の狼煙に変えられてしまう。


 これは私達のお爺ちゃんの『お葬式』じゃない。この地で会社を興し財を成した男の葬式。だから式には会社の人が沢山来ている。だから私達はあの会社の人達が着ているスーツよりも良い生地の制服を着ていられる。


「お嬢様」「お嬢様」


 ぞろぞろと歩く会社の人達は、どれも同じように見えて、同じように私達に丁寧に挨拶をしてくれる。あの人達にとって私達は会長の孫だから。同じ格好をして、同じ同情らしき感情を顔に貼り付けているけれど確かに違うところがある。襟につけた小さなバッチ。

 お爺様が遺した会社の二つの派閥。対立の象徴。赤が私のお父さんで、緑が私の親友のお父さん。みんなお葬式に来て私達に声をかけてくるのに、そのバッチをしっかりつけている。私達のような小娘の心象などよりも派閥への忠誠、その方が彼らには遥かに重要であることが透けて見えた。


 私達はここにいなければいけない。


「ずっと二人には仲良くしていてほしい。二人だけは憎み合わないでおくれ。お爺ちゃんのお願いだよ。私の天使達」


 私達意外みんなお爺様の願いを踏み躙っている。自分が築き上げたわけでもないのに、何故そうも堂々権利はこちらにあると言えるのか分からない。


 赤と緑、長男と次男、もう何故憎しみ合うのかも分からない。ただ相手の存在を認めることができない。

 黄色は赤の光と緑の光が重なればできる。お父様は黄色が嫌いで君のお父様もそう。これはお前の為なんだとお父様には言われて、君も多分言われている。お父さまは知らない。私達は二人で一人なんだって。


 私達はお互いの手を強く握り締めて、きっと大丈夫、大丈夫と静かに唱える。


「このお葬式が終わったら転校だね」


「うん、ごめんね」


「謝らないで。悪くないんだから」


「でも、結局こんな、お爺様は……」


 


 このお葬式が終われば私達は引き裂かれる。私の父が経営する学校、敵の学校に娘をおいておけないからと言われて。私達を引き裂くことが私達の為になるとはどうしても思えなかった。


 君との最後のお泊まり会の夜。私達は一つのベットに寝転んで『計画』を立てる。二人だけの逃走計画。お爺様がくれたお年玉とお小遣いを二人で持ちよって二人で考える。その時はなんでも出来る気がして完璧な計画のように思えた。


 そして次の朝、私達は何も出来ずに別れを告げた。


 胸に翼の刺繍が入った制服を着て学校へと歩く。校門へと歩く黒い制服の群れに彼女の姿はなく、私の手は宙を掴んでいる。


 私はもう羽ばたけない。もう私達の味方はいなくて、私は一人。


 ずっと一緒にいたかった。どれだけ痛みを伴おうと。私は伴いたかった。


終わり


 


 

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真夏の葬列と片翼の少女 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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