5年習ったギター講師が実は◯◯だった話【最終話】
伊坂が○○であると知ってから、数ヶ月ぶりにレッスンを再開した。
その間、○○を題材にしてる小説を何冊も読み勉強した。
あのときの飲みで感じた気持ち悪さ、違和感、怖さ。
それは私が単純に無知だからだと思いたかった。知らないことほど否定したくなるものだ。私にとって伊坂は伊坂でしかなく、5年間習ってきたギターの先生でしかないのだから。
○○は○○。別世界。偏見はない。
○○をしていても、私には関係ないと思った。
伊坂のお店のオープンは20時だった。20時から1時まで働く。火曜日が定休日。
だから17時や18時のレッスンが多かったのだと納得した。レッスン後にそのまま出勤するのだろう。朝に弱いのも納得だ。
せっかく話してくれたのだから、合わせようと思った。
明日のレッスンを前に、伊坂からLINEが届いた。
「お疲れ様です!すみません、14日のレッスンですがスケジュール変更してもらえませんか?」
14日、、というか、明日ですけど。それに時間は17時。明日は金曜日。オープン前の時間なのにどうして。
あ。
たくさん読んだ○○系小説。知識はあった。
まさかと思った。いや、いくらなんでもそれはないだろうと思う。
仕事は仕事なのだから、ギター講師と○○は別だろう。
聞きたい気持ちと、知りたくない気持ちが両方押し寄せる。なんなら嘘をついてほしい。そんなはずはない。
「嫌です!体調不良ですか?」
とLINEを送った。
逃げ道を作ったつもりだった。体調不良でしょ?そうでしょ。体調不良って言えよ。
「いやいや、体調不良じゃないです!
もちろんこっちのスケジュールが先だったんですけど、、、
他の予定の時間と被ってしまってどうしようも無いです」
伊坂からの返信。
あぁ、そういうことだったのか。
過去の記憶が蘇る。あれも、これも、全部。
どうしてこのタイミングで。
もう止まらない。聞いてしまえ。
「他の予定とは?同伴ですか?」
「あんまりそういう事言いたくないんですけど、すみません」
否定も肯定もしないのは、、。肯定。
どうして体調不良って言わないんだ。なんでそこだけ正直に言ってしまうの。
○○は、人を騙して欺いて、夢を与えて、幸せな時間を与えて、大金を稼ぐ仕事でしょう。
甘え?もう話したから、正直に言っても許されると思った?
今まで散々嘘をついてきたよね。だからずっと、嘘をつき続ければ良かったんじゃないのか?
体調不良でいいじゃん。
体調不良って言えば、私は「お大事にしてくださいね」って送ってる。
騙されてるかもって思いながら夢を見て、伊坂の前で優しい私を演じてた。
体調不良って言えよ!!!
「まぁそっちの方が稼げるなら良いんじゃないですか。了解です。」
突き放す。冷たい、嫌なLINEを送る。
悔しかった。
「いやいや、それは全然違います!
申し訳無いですけどスケジュールのリスケさせて頂けないか聞きたかったです。
不可能なら金曜日でもちろん大丈夫です!!!」
慌ててる伊坂。いや、慌ててるように見せるLINEを送ってる伊坂。
前日のスケジュール変更はすごく多かった。当日のドタキャン。レッスン時間の1時間前での体調不良。遅刻。時間を間違えた、、。
全部、同伴だったのか。同伴が入るたびに私のレッスンはキャンセルされてたのか。
私なら許されると思った?
伊坂が○○であると知ってる私になら、正直に言おうと思った?
許さないよ。許しちゃいけない。
それは違うだろ。それだけはやってはいけないと思う。
真面目にやってる全てのギター講師を馬鹿にしてる。
翌日のギターレッスンに、伊坂は来なかった。
ときどき旦那には、私のサンドバッグになってもらう。
全部話した。伊坂のこと。○○のこと。同伴でキャンセルされたこと。
「それはダメだと思う。ギターの仕事と○○の仕事は別にするべきでしょ。どんな仕事でも、請け負った以上はこなさないと。
私が最初から、伊坂が○○やってるって分かってたなら良いと思うんだけど、私知らなかったからね。レッスンキャンセルされることあったけど、ギターの仕事が入ったなら仕方ないなって思ってたのに。」
サンドバッグになってる旦那相手にはたくさん喋れる。
でも時々サンドバッグは言い返す。
「普通に考えろよ。一回6000円のレッスンに通う生徒より、月に何百万も自分に使ってくれる女の子大切にするだろ」
「そうだけど。でも同じにされたら勝ち目ないよね。だって私はそういう稼げる仕事してないもん。ギターを習いに行ってただけ。
じゃあなんのためにギター講師やってんのあの人」
「遊びだろ」
「遊び、、」
「本業は○○。でも昼間との関係を少し残しておきたいとか、その程度だろ。あと家族にちゃんと言えるようにとか。見せかけの仕事」
イライラする。爆発する。サンドバッグ相手に。
「○○とか、そういう水商売のやばいとこってさ、なんの生産性もない仕事をしてるくせに、自分は周りから求められてるって勘違いしてるところだよね。でも勘違いしてる奴は良いの。その勘違いで「俺はみんなを楽しませるんだ」って気持ちだけで一生懸命仕事するから。
1番やばいのは、生産性のない仕事だって分かってて、自分の仕事なのに、その仕事をしてる人を心のどこかで馬鹿にしてるの。自分はこんな風にはならないって思ってる。
お金使ってくれる女の子すらも馬鹿にしてる。
だから言えないのよ。周りに。恥ずかしくて。自分で馬鹿にしてる仕事だから。言えば良いじゃん。○○してるって。
中途半端に善人ぶって、仕事に染まってない。
恥ずかしいのは、○○してることじゃなくて、そんな中途半端な気持ちで「先生」って名乗ってることでしょ。どこが先生なの。レッスンすっぽかして同伴優先してるクズじゃん。
だらだらと夢も目標もないのに、生きるために必要なお金は稼げて、守りに入ってる。嘘ついて、迷惑かけて、意地汚く昼間にしがみついてる。やる気がないならどっちも辞めちまえよ!」
旦那はもう、私の話を聞いていなかった。
賭けをしようと思った。
もう一回、伊坂を飲みに誘ってみよう。それで最後にしよう。
男と飲みに行くときは予め報告するのがルールだけど、
たぶん来ないと思ったので、旦那には言わなかった。
約束は18時。今日は火曜日。伊坂のお店は定休日。
17:12 伊坂からLINEが来た。
「お疲れ様です。
すみません19時半頃に到着します!
18時間に合わないです」
1時間半の遅刻。
これが相手の時間を奪う行為で、信用を失う。
どうしてそんなに遅刻やスケジュール変更が多いのかずっと謎だったけど、遊びでやってるだけのギター講師なら、他人の信用に価値なんてない。
自分が楽しければそれで良い。
今日は何してるんだろう。
同伴の他に、アフターって言葉も知ってる。お店の定休日にもその言葉が使われるのかは知らない。
17:15「了解です」と送る。既読になる。
仕掛ける。
17:31「はじめましてからスタートしませんか?」と送る。なかなか既読にならない。
17:48「私が初回客演じるので接客してください!8分勝負です」と送る。まだ既読にならない。
本気で○○をやってるなら、演じられるでしょう。
18:36 「絶対に嫌です。」と伊坂から返信。
18:41「笑」と送る。
逃げるか。
18:43「飲むのまた今度にしませんか?
なんかそんな感じで会っても楽しくないんですけど。せっかく誘ってもらいましたが、今日は帰りたくなりました!」
伊坂から返信。
逃げるか。
ふと、こういうことを言う男と最後に付き合ったのはいつだろうと思う。19歳の時に付き合った、15歳上の男だったっけ。
お前のせいで俺は機嫌が悪くなったんだ。と駄々をこねる。
大人なのだから自分の機嫌くらい自分で取れと、19歳の私も、今と同じことを思った気がする。
その文章は、私に謝らせたくて送ってるのか、私と恋人みたいな喧嘩をしたくて送ってるのか。
文章の上ではいくらでも心を消すことができる。どっちがお好みですか?と考えた後に、どっちでも良いかと思う。
相手は○○だ。きっとこの駆け引きすらも、ゲームのように楽しんで笑っているだろう。適度に冷たくして刺激する方が、自分に関心が向くことを知ってる。慣れてるだろう。
18:51「ごめんなさい。
仕事のこと、あんま聞かれたくない感じなら黙ります。一応待ってますね。」と送る。
謝る。を選択する。
でも、私も慣れてるんだ。文章の世界では。
19:00「いえいえ!別に良いんですけど初回接客して下さいとかは無しです。
すみません、もう帰ってる方向なのでまた今度にして下さい。」と伊坂から返信。
また今度にしてくださいという言い方に、同伴慣れを感じる。
自分が誘われる前提の言い方。普通は、2人で飲みに行くのをキャンセルするのにそんな言い方はしない。
19:08「予約したのでお店に迷惑なので来てください。」と送る。
ちょっと引き留めてみる。
19:11「それも分かりますが。
では、自分からお店に連絡して謝罪とキャンセルのお願いすれば良いですか?
もちろんキャンセル料かかるなら自分が払います。」
なるほどなと思う。
謝れば良い。お金を払えば良い。スタジオの予約を簡単にすっぽかせるのも、その考え方のおかげか。
そういう問題じゃないんだよ!って、本気で怒ってくれる人と、その年齢まで出会わなかったのか、出会ったのに話を聞かなかったのか。
伊坂が来ない日。2人の予約を1人に変更してくれるスタッフさん。いつも利用するスタジオは当たり前のように対応してくれたけど、別のスタジオのときは2人分の料金を支払った。
後日、そのことを私は伊坂に言わなかった。小銭を気にしてるみたいで、せこいと思われるのが嫌だったから。自分の保身に走った。
言えば良かった。学ぶ機会を私は奪ったのだ。今更もう遅い。私も共犯だ。
19:50「縁切りたい感じですか?」
と送る。
それ以降、返信はなかった。
否定も肯定もしないのは、、肯定。
貴重な5年間。
別れた恋人が歌になるのは、シンガーソングライターの常識だ。
じゃあ、小説家の元恋人たちはどうだろう。
歌詞なんて生優しいレベルではなく、本の中に、何万文字かに姿を変えて現れているだろう。
経験は貴重な財産だ。
例えば医師免許を持たない医者に手術されて、成功して元気になって、
その後に、実は医師免許を持ってませんでしたって知ったとしたら、その医者を恨むだろうか。
たまたま成功しただけだったかもしれない。
それでも、恨まない。今が元気なら、感謝する。
ギター講師に免許はないけど、伊坂だったから私はここまで続けられてた。
それは紛れもない事実だ。
ギターはもうやらない。
だから、小説を書こうと思った。
5年間、気付かなかった。さすがだなと思う。
知らず知らずのうちに貢いでたけど、そのおかげで頑張れた。楽しかった。
有名なチョコレートのブランドもたくさん知れた。
どこまで嘘だったのか。もう分からない。
壊れたギター。修理代7万なんて安かったね。あれは本当に、おとんのギターだったのかな。
一回のレッスン6000円なんて安すぎたね。
嫉妬かな。これはとても、恥ずかしい。
「とりあえずレッスン予約入ったから受けといて、同伴入ったらキャンセルすれば良いや」
そんな扱いを受けていたのかと思うと、惨めすぎて死にたくなった。
あの時どうして体調不良と言わなかったのか、今でも分からない。
嘘をつき続けてほしかった。そうすれば、騙されたフリをして、今もレッスンに通ってたのに。
初回接客の演技を断ったのは、恥ずかしいからなのか、それとも、金を払わん奴には接客しないって意味なのか。
じゃあ、たくさん稼いで、お店に行けばいいのかな。
その時こそ、他の女の子と同じように接客してもらえるのだろうか。
私はただ、ギターを習ってる生徒でしかないのに。
嘘まみれのギター講師。
もういい。遠慮しない。全部書こう。
私は小説を書く人間だ。最高のネタをありがとう。きっかけをくれたことに感謝だ。
バネにして、飛んでやる。
机に向かう。
書き始めたら止まらない。執着か、執念か。知るかそんなもん。
きっかけがなければ小説なんて書けないんだ。この物語は創作じゃない。事実の記録だ。書ききってやる。
小説を書く人間と縁を切ったら、切ったそいつは小説に現れる。見てろよこの野郎。
タイトルはもう決まってるんだ。
「5年間、ホストにギターを習った私の話」
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