5年習ったギター講師が実は◯◯だった話⑧
お風呂に入って、髪を洗って、体を洗って。
毛の処理を。とにかく毛の処理を。
美意識の高い男ほど、女の毛ばかり見てる。
指毛。指に1ミリ程度生えた毛を処理しながら、女ってめんどくさいなと思う。
こんなところに生えた毛なんて誰も見ないだろう。けど、見てるかもしれないとも思う。
隣に座るのだから。
伊坂を教えた先生のライブが東京である。普段大阪で活躍してるその人が東京に来るのは珍しい。
伊坂の先生。私は伊坂の生徒。だから伊坂の先生から見て私は孫だ。
縁あって知り合ってから、たまにLINEを送る程度の関係性だけど、せっかく東京に来るのならと、ライブのチケットを買ったのが1ヶ月前。
「ライブ東京であるんですね!行きますねー!」
と伊坂の先生にLINEしたら、
「おお!ありがとうね!招待席出せるか聞いてみるからちょい待って」
と返信がきた。
結局招待席が出ることになり、買ったチケットが余ってしまったので、伊坂を誘った。
招待席と一般席では、場所が違うだろうし、隣で見るわけではないから、その、デートでは、ないと思った。
それなのに。
「招待席のチケット送るんだけど、もしかしてもうチケット買ってる?名前があって」
伊坂の先生からLINEがきた。
バレてた。
「あ、すみません。売り切れたら嫌だなと思って買ってました。招待席出たら、買ったチケットは伊坂さんに渡そうかなって」
「なんやそうなんかー。そしたら隣同士にできるか聞いてみるわ!」
え。
待て。
やめろ。
隣は嫌だ。
断るわけにもいかず、結局隣同士になって今日を迎えた。
有楽町に最近できた新しい施設。アイマショウ。
7階までエレベーターで上がり、伊坂を待った。
約束の時間を過ぎて電話が鳴った。もしやドタキャンか?
「もしもし」
「あ、今着いたとこでー、どの辺にいま、、」
エレベーターが開いた。伊坂がいた。
エレベーターで電話する意味。なんの演出だ。
旦那以外の男とプライベートで出かけるなんて何年ぶりだろう。
隣に座った伊坂は、細くて小さいイメージだったけど、思ったよりも身長が高かった。
「ちょっとトイレ行ってきます!」
席を立つ伊坂。
椅子に無造作に置かれたDIESELのダウンと、GUCCIのカバン。
20代後半男性の持ち物としては妥当なのかな。少し、高価な気もする。
私物を置いていかれると安心するものだ。盗む気なんてないけど、盗まないだろうと信頼されてるのが嬉しい。
ライブを鑑賞する。ジャズだ。
伊坂の先生がステージにいた。喋ると面白いのに、黙ってるとただただカッコいい。ギターも天才的に上手い。
ピアノ、サックス、ドラム、ベース。
楽器の掛け合い、楽しそうに演奏するミュージシャン達。
各パートのソロが終わるたびに拍手する。
ジャズの楽しみ方、私は分かってますよと、ひっそりと伊坂にアピールする。
どうしてジャズができる先生に習ってたのに、伊坂はジャズができないのだろうと思う。
「めっちゃ良かったっすねー!」
ライブ後、キョロキョロとかつての恩師を探す伊坂。
「多分ここで待ってれば来ると思いますよ。ライブ前にも会ったんで」
早くきすぎた私は、もう伊坂の先生とは会ってる。
「あ!先生!」
伊坂が言う。
伊坂の先生が出てきた。
「平太周ー。久しぶりやな。元気か。お前今なにしとんの」
「ギター、、を。一応。」
「一応か!笑」
会うのは10年ぶりだそうで、積もる話があるだろうと、そっと離れる。
「お前今何しとんの」と言った伊坂の先生。
私もそれ、ずっと気になってます。
ギタリストなんて表に出る仕事をしてるなら、調べれば色々出てきそうなのに、全く出てこない。
その割には、持ち物が高価だ。
伊坂の先生はSNSを全くやってないけど、SNSをやってるファンの人達がツイートするから、今どこでライブしてるのか情報が得られる。
わざわざ自分から発信しなくたって、魅力のある人なら勝手に広まっていくものだ。
「お前今何しとんの」
聞きたい。
帰り道。思い切って聞いた。
「あの、答えたくなかったらいいんですけど、ギターの先生以外に何か仕事やってるんですか?」
「、、、。やってます」
沈黙。
やってますの後が続かない。不思議に思う。
普通は、「やってます。○○を」と続くでしょう。
「あ、何やってるかは言えない感じですか笑」
もう少し踏み込む。
「いや、あの。、、えと。そういうわけじゃないんですけど、、。」
慌てる伊坂。
再びの沈黙。
このくらいにしておこう。距離を詰めすぎると嫌われるから。
「じゃあ、私こっちの電車なんで」
さっさと離れたほうがいい。気まずい。
「あ、ありがとうございました!今日誘ってくれて!」
「はい、お疲れ様です。」
踏み込まれたくない一線が見えた。はっきりと。
気になるけど、知らないほうが良いのだろうと思った。
適度な距離でいたい。
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