5年習ったギター講師が実は◯◯だった話⑦
さっきからずっとサウンドハウスを見てる。
今年は何にしようかな。伊坂への誕生日プレゼント。
バレンタインは3年連続あげて、3年連続お返しがなかったけど、こちらは既婚者で、伊坂は独身だから、特に気にしなかった。
他の生徒さんからも貰うだろうし、そんなにお返しの用意は大変だろうし。
1月の末くらいから渋谷ヒカリエに毎年行くようになったのは、伊坂に習い始めてからだ。
ピエールマルコリーニ、サダハルアオキ、デルレイ。
チョコレート好きなら誰もが知ってる有名ブランドが並ぶ中、今年はマリベルという、私自身も初めて知ったブランドにした。
チョコレート表面に描かれるイラストが、カラフルでアメリカンな感じ。パリピっぽくてイカしてる。一目惚れ。
なにより、京都に本店があって、都内ではめったに買えないらしい。
伊坂の出身地、京都。
受け取ったら、ブランドを調べるだろうか。調べたらいいな。出てくる「京都」の文字に懐かしい気持ちになってくれたら嬉しいな。
そんな妄想をした。チョコレートを選ぶ時間も楽しかった。
誕生日プレゼントの予算は2万にした。
生徒が先生に贈る金額としては高すぎる気もしたけど、3年も習ってるし、私も頑張るから、伊坂も頑張ってほしいなと。旦那には内緒で。
年明け早々コロナの騒ぎがあって、レッスンに行けない時もあった。
それまで定期的に行ってた伊坂のサポートライブはなくなり、ライブで活躍する姿は見れなくなった。
今もレッスン行っても、お互いにマスク。
いったいいつまで続くのだろう。
ライブもなく、レッスンもなくなって、今は少し復活したものの、収入とか大丈夫なのかなと心配になる。
解散するバンド、潰れるライブハウス。音楽業界の大打撃。このままじゃ、、
ふとスクロールする手が止まった。
「ギターストラップ」
2万円を少し超えた金額のギターストラップがあった。
黒くて、肩付近に金のロゴがシンプルに入ってる。
ストラップは、立って弾くライブの時くらいしか使わない。コロナ禍の今、これを渡してもつけないかもしれない。
でも似合う。確実に伊坂に似合う。
これをしてライブに出る伊坂を想像する。ええなと思う。
数日後。
そわそわして、今日のレッスンはほとんど聞いてなかった。
届いたばかりのギターストラップは足元にある。
時計を見ると、レッスン終了時間の10分前。
そろそろだ。
「何か質問ありますか?」
いつも通り、終了時間が近づくと聞いてくる伊坂。普段は「ないです」と答えて、中途半端に空いてしまう時間に気まずくなるけど、今日はあるんだ。
「あの、ギターストラップを買ったんですけど、合うか分からなくて」
持ってきた箱に入ったままのピカピカのギターストラップを取り出す。
「え!なんかめっちゃ高そうなやつっすね!いくらすか?」
金額を聞く伊坂。プレゼントだとバレてない。
「2万くらいです。つけてもらって良いですか?」
「2万!?やばっ!良いすよ!つけましょう!」
私のギターを取ろうとする伊坂を制して言った。
「私のギターじゃなくて、そっちのギターにつけてもらって良いですか?」
少し戸惑う伊坂。
「え、。あ、自分のすか?良いんですか?跡ついちゃいますけど」
「はい。」
なぜ?と戸惑いながら調整して、自分のギターのストラップと入れ替える伊坂。
つけ終えて、立って、ギターを構えた。
「あー、、。めっちゃいいすね。」
「合いますね。良かった」、
合いますねは、似合いますねって意味で言った。
その後ギターストラップを外して箱にしまったら、プレゼントとしてあげようと思ってた。
そんな計画を知らずに、
「いや!自分のギターにもつけましょうよ!」
サッとストラップを外し、そのまま私のギターにつけた。
ここからはアドリブか。冷静にそんなことを考えた。
ストラップとギターの間に頭を潜らせるときに、伊坂の手が私の肩に触れた。近いなと思う。恥ずかしいのでもう少し離れてほしい。
鏡を見た。鏡越しに目が合う。
「、、、。似合うな、、。」
囁くように伊坂が言った。
こちらに伝えるつもりがない大きさで聞こえた声が耳に残る。
スタジオのライトが点滅する。時間だ。
ストラップを外して、急いで箱に詰めた。少しグシャってなっちゃったかも。
「今日もレッスンありがとうございました!次回のレッスン日、またLINEください」
「はい」
帰ろうとして、立ち止まる。振り返る。このタイミング。
「これ、あげます」
箱に入ったギターストラップを手渡す。
一瞬の沈黙。
「え、いやいやいやいや。いいですって。なんで。え、なんで」
受け取らないで慌てる伊坂が面白い。
勝ったと思う。サプライズ。人を驚かせるのが好きだ。
「誕生日なんで。おめでとうございます。お疲れ様です」
受け取らないから、伊坂の前にある机に置いた。
茶番に付き合うつもりはない。あげたいだけ。楽しかったから満足。まぁまぁ計画通り。
そのまま出口に向かう。
「ホントにいいんすか!?ホントに!?えー、、ありがとうございます!」
背中に聞こえた声に振り返り、手を振った。
「お疲れ様です!」
このプレゼントはこう渡したい。そんなシナリオを作るのはおかしいかな。
伊坂のアドリブが効いてた。なかなかドラマチックな展開になったな。
次回は、もう少し練りたい。
帰り道、思い出して笑った。
あの反応はなかなかよかったな。
帰ったら、いつかのために、ノートに記録しておこう。
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