5年習ったギター講師が実は◯◯だった話④
午前11時のレッスンなのに、時間になっても伊坂は来ない。スタジオのスタッフさんと目が合う。気まずい。
LINEを送る。
「何かありましたか?」
返信はない。
するとその時電話が鳴る。LINE電話。
画面には、何度も見た伊坂のアイコンが映ってる。
しばらく見ていたい気持ちを振り切って電話に出る。
「もしもし」
「あ、もしもし!すみません!!今日レッスンだったのに、今起きて、すみません、あの、あー、、どうしよ。すみません、、。」
「えと、来れない感じですか?」
「すみません、、。あ、スタジオ予約してあるんで、使ってください!お金は次回お支払いします!すみませんでした。」
「わかりました大丈夫です」
電話を切った。
午前11時なのに、今起きたって、、。もうお昼だけど。この人普段何やってんだろ。前日にライブだったのかな、と思う。
ギタリストとしての仕事、、レッスンとライブくらいしか知らないけど、何か事情があるのだろうと自分に言い聞かせる。
お金を支払えば良い問題ではなく、レッスンのために休日の予定を空けてるわけで、レッスンがなければ別の予定を入れるわ。
スタジオのシステムが分からない。2人で予約入ってるけど、1人になって大丈夫なのかな。
「すみません、今日ギターのレッスンで、11時から伊坂で予約入ってると思うんですけど、先生寝坊したみたいで来られなくなって」
「あ、大丈夫ですよ。1名に変更しておきます。もう入って大丈夫ですのでどうぞ」
笑いながらスタッフさんが言う。
初めての1人自主練。
言われた部屋に進むと、部屋は真っ暗だ。そういえばいつもは伊坂が電気をつけてくれる。
壁を見るとたくさんのスイッチがあった。どれが部屋の電気か分からない。適当に押して良いものか。もし間違ったスイッチを押して問題があったら。
不安が頭に押し寄せた。伊坂がいないと、まだ私は何もできない。部屋の電気すらつけられないのか。
進んだ通路を逆戻り。
「すみません、電気がどれだか分からなくて」
「あ、了解です!今行きますね!」
スタッフさんは優しい。金髪で、数えるのもめんどくさいくらい、たくさんのピアスがついた耳が綺麗だ。
電気がついた部屋に私とアコギ。
曲の練習より、理論書を読みたかった。
丸椅子を出して座り、ギターケースの中に入れてきた理論書を出して読んだ。
これじゃ家にいるのと変わらない。
そうだ。写真を撮ろう。私のギターの写真。
いつもは伊坂がいるから、スタジオで写真を撮るなんて、浮かれてるみたいで恥ずかしくてできないから。
ギターを立て掛けようとギタースタンドを手に取る。たたまれている。
開かない。ネジのようなものを回し、緩めたはずなのに開かない。どうして。
いつも、伊坂はどうやって開いてたっけ。
諦めて理論書を読む。
いつも気付かなかったけど、普段伊坂がやってることの多さに今気づいた。
いなくなって初めて気づくことってあるなと思う。
レッスンのときの伊坂は普段、部屋の電気をつけ、丸椅子を出し、ギタースタンドを組み立て、譜面台を組み立て、それを私に渡してくれるので、私はアコギをギターケースから出すだけで済む。
なかなか気が利く男だったのか。
11時に起きた伊坂は、今頃は顔を洗い、いや、お風呂に入るかな。出て、髪を乾かし、前髪の分け目を固め、体毛の処理をしてるのだろう。
次のレッスンは、部屋の電気の付け方と、ギタースタンドと譜面台の組み立て方を教えてもらおう。
ギターを出して、ペンタトニックスケールを弾く。
面白みのない、ただのスケール練習だ。
でも、覚えてきた。見てほしかったな。
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