第4話 美浜2

美浜には何もない と文子さんは言っていた。あやこさんが初めの大学で何科を取っていたのか 僕は知らない。大学を卒業したあと文子さんは自分は父親と同じように 障害のある子供たちを教える職に就きたいと思ったらしい。教師になる資格を取るために福祉大学で講義を受ける必要があったらしい。もともとは名古屋の千種区 あたりにあった福祉大学は その後 知多半島の先の方に移っていた。文子さんの家があった多治見から知多半島まで通うのは大変だったので 知多半島にある大学の寮に入ることになったらしい。多治見 か 知多半島まで通うには JR 一本でだいたい 行けた。大学がある知多半島付近になってから 青波線に乗り換えればそれで行けた。文子さんは週末ごとに 家にまで帰っていたようなので途中 金山駅にあった ボストン美術館 よく行ったそうだ。絵を見に行く時はほとんど一人で行ったそうだ。今もうなくなってしまったボストン美術館に綺麗な女の子が一人で部屋を見ている姿は僕も 一度見てみなかった。僕には飾ってある絵 なんかより見に行っている 文子さんの方が興味があった。まだ二十歳そこそこな 美しい 女 一人 美術館で絵を見ているそれだけで絵になる壁に飾ってある動かない よりも 生きて 美しい女性の方がずっと素敵だった。あやこさんとは ドガについては 少し話したことがあったけれど、それ以外については 全く話す機会がなかった。せめてモネか ローランさんについて話す機会が持ってたら良かったのに。あやこさんは絵についての知識がそれほどあるわけではなかったが、あやこさんという若く美しい女性の存在そのものが魅力的だった。はっきり言って絵の話なんかどうでもよかった。日本の若い女性にローランさんはかなり人気があった。まあサガンの小説の表紙 あたりに使われてから人気に火がついたんだろう。サガンの小説は雰囲気こそあれだけれどもそれほど優れたものでも面白いものでもなかった。ムードと言うか人気が先行していた 作家の典型だろうな。賞を取ってお金が入ってからサザンは好きだった ジャガーのスポーツカーを買ってスピード狂らしくコートダジュールあたりまで海岸沿いに続く道をぶっ飛ばしていたらしい。彼女にとって 小説は 手段であって目的ではなかったんだろう。確か 最後はスピードの出しすぎで転落事故、彼女は再起が不能なほどの大怪我をしたと聞いている。まあそんな美人 小説家の非運な最後には興味はないが、こちらを若くて美しかった 文子さんの天然な部分には多いに興味がある。いつもは身長でクールでまず間違いをしたりしない人なんだけれども時として慌てたりするととんでもないミスをしたりする。でもまああのクールな冷静な文子さん がそんな 丁寧なことをするのはとても愛らしいが僕がよく覚えているのは玄関の電気をつけるつもりが間違えて消してしまったということぐらいだ。他にはあまり大きなミス はなかったように思う僕が知らないところは色々あったのかもしれないが残念ながら 僕が知っているな それぐらいだ。でも 文子さんは決して美人で済ましている人ではなく 愛嬌がある 愛らしい人だった。子供達はその辺のことをよく知っているようであの文子さんは よくからかっていた。文子さんは女の子にはよくあることで虫が苦手なのだが、男の子たちは大抵 カブトムシとかクワガタが好きで夏休みになるとそういう虫たちを持ってくるのだった。あや子さんはすごく苦手 らしくてムッシュを怖がっていたが そうすると子供たちは余計に喜んで 文子さんに近づけてくる。今でもよく覚えているが色白でほっそりとした文子さんの首めがけてカブトムシを近づけては遊んでいた子たちのことを。あやこさんは虫を怖がって逃げるのだが 子供達は帰って面白がって近づけてくる文子さん はほとんど目をつぶって階段を 逃げていたが、足を踏み外して子供たちの上に覆いかぶさった。さすがに見かねていたスタッフが子供たちに辞めさせたいつもなかなか大変だった。

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