第22話「星の英知を刃にこめて」

 一瞬の迷い、それは悪魔のささやきだった。

 だが、イチエは今までの旅を思い出す。

 自分もまた人間、この世界に必要のない原罪とはじき出された存在だ。今という時代をつくった自称神様に、生まれながらに罪ありき、悪と断じられたのである。

 それをイチエは今でも否定したいし、それだけが人間じゃないと叫びたい。

 だから、逡巡しゅんじゅんの先に待つものは一つだった。


「ヒャクリ、皆さんも! このウィルスには、ワクチンがあります! それを使えば」


 種神様たねがみさまは、セントラル・シェルターにワクチンがあると言っていた。

 それが一瓶ひとびんなのか、一ケースなのか、もっと大量に保管してあるのか……それはわからない。ただ、ワクチンはある。そしておそらく、ヒャクリたちの科学文明ならば量産することもできるだろう。

 だが、血走ちばしる目でよろけながらも、ヒャクリは銃を向けてくる。


「ワクチンだあ? どこだっ! そいつはどこにあるっ!」

「さっきまでいた、セントラル・シェルターの中にある。位置を知ってるのは種神様と」

「あの神様気取り……クソッ! 早々に殺したのはまずかったか」


 あと、もう一人。

 ワクチンの保管されたエリアの座標を、種神様から受け取った少女がいる。

 今はもう、姉妹たちと共に花の下で眠っている。

 イチエは自然と、その名を心の中に呟いた。

 そして、返事の代わりに爆発がヒャクリの悪態をかき消す。


「Fwg-105R、さっきのガラクタを回収してこいっ! バラバラにしてデータを吸い出し……な、なんだっ! 今度はなんだ!」


 シェルターの向こうで、爆発が起こった。

 そして、イチエは見た。

 夜空へ駆け上がる無数の流星を。

 その輝きは頭上でひるがえり、次々と落ちてくる。

 否、降りてくる。

 ジェットの白炎をきらめかせて、無数のロボットが舞い降りた。

 それは、無数の戦乙女いくさおとめ……センチネル型の少女型ロボットだ。片膝を突いて着地した反動で、その何人かが倒れて動かなくなる。

 そう、シェルターの中に遺棄いきされていたあのロボットたちである。


「おっ、応戦しろ! いやまて、この中にさっきのポンコツがいるはずだ! 探せぇ!」


 だが、全てのロボットが同じ顔をしてるのだ。

 皆、損傷が激しいし、中には動けない者もいる。それでも、まるで死霊しりょうの軍勢のごとくロボットたちは戦い始めた。出力を絞ったブラスターの光が、次々と兵士たちを麻痺まひさせてゆく。

 だが、ヒャクリだけが血気に燃えて銃を乱射していた。


「Fwg-105R! さっきのガラクタを識別できるか!」

「……識別、不能。全テ同ジ信号ガ出テイマス」

「クソッ! 役立たずが! 旧式のセンチネル型にこんな機能があっただと!?」


 そう、イチエも驚きである。

 この中にイチゴもいて、彼女を含む全員が激しい損傷の中で動いている。ブラスターを放ちながら、その反動でバラバラになる者、無敵の装甲も今はボロボロで、兵士の銃撃に火を吹く者、どのロボットも満身創痍まんしんそういだった。

 それでも、まるで全員が一つの意思で統一されてるかのように、兵士たちを無力化しようとしていた。


「イチゴ……なにか考えがあるんだな。君って奴は、そういうだもんな」


 すぐにイチエは動き出した。メイナやハカセ。他の人たちを避難させる。やはり逃げるならシェルターの中か? いや、その先は行き止まりだ。なにより、種神様がいなくなってしまった現実を明らかにするのはまだ早い。

 安全な場所はどこだろう?

 周囲を見渡していると、不思議な光景が目に入ってくる。


「なんじゃ、あれは……? イチエ君っ、あそこの戦乙女たちは、あれはなにをしてるんじゃ!」


 ハカセの声を吸い込む先へと、真っ先にイチエは走る。

 激戦の陰で息をひそめるようにして、数人のロボットがなにかを運んでいる。それは、神殿の入り口から伸びる太いケーブルだ。

 瞬時にイチゴの考えを理解できた。

 イチエの信頼の気持ちが、ひらめきを共有させてきた。

 その時にはもう、メイナが冒険者たちに向かって叫んでいる。


「皆さんっ! あそこの戦乙女たちを手伝ってください! 早くっ!」


 すぐに誰もがイチエを追って走った。

 あらゆる種族の人間が、我先にと集まってくる。

 そうしている内にも、ケーブルを運ぶロボットの一人が煙を吹いて止まった。

 そう、ケーブルだ。

 さっきも使った、あの手がある。

 そして、イチエはケーブルの先端を持ってイチゴを探す。


「どこだ、イチゴ……僕ならわかる筈だ。だって、イチゴは、ずっと僕と一緒だったんだから」


 その女の子を、見分けられない訳がない。

 そして、ロボットたちの必死の抵抗は徐々に劣勢に追い込まれてゆく。

 Fwg-105Rが強過ぎるのだ。彼女一体で、次々とロボットが切り刻まれてゆく。基本的な武装や仕様は一緒だが、出力が桁違いだった。加えて言えば、どのロボットも最初から損傷し、先ほどまで眠っていた者ばかりである。

 その中に、一輪の花を見た。

 今まさに、Fwg-105Rの目の前で粒子フォトンの刃を身構える戦乙女。

 その頭部に、小さな花が咲いていた。


「みなさん、ケーブルを守ってください! 今行くぞ、イチゴッ!」


 イチエは鉄火場の中を走った。

 すでにもう、人類の兵士たちは大半が無力化できたようだ。ウィルスによって発症してる者が多数で、ワクチンを打たなければ数日で死にいたるだろう。

 それをイチエは望んでいないし、イチゴも同じだと思う。


「イチゴ、これ! 多分、シェルターの動力と直結だろっ! っ、う……届けーっ!」


 全速力で、そしてありったけの力でイチエはケーブルを突き出す。

 それは、肩越しに振り返るイチゴの背に接続された。

 そして、地上に星はまたたき咲き誇る。

 闇夜を照らす突然の光が、イチゴの全身から溢れ出た。

 頭部に次々と花が咲いて、それは輪を描いて王冠おうかんのように輝く。

 同時に、周囲の全てのロボットたちが突然急停止して崩れ落ちた。


「コネクト、確認っ! 並列演算処理、終了……全戦闘データをわたしに! イチエさん、あとは任せてくださいっ!」


 いつものイチゴだった。

 その手の甲から伸びるセイバーが、緑の粒子を歌わせ広がる。

 恐らく、セントラル・シェルターの全エネルギーを有線接続で直結したのだ。そんなことをすればイチゴの身体は……だが、イチエの信じる未来に悲劇はありえない。

 それはイチゴも同じみたいだった。


「……出力ノ上昇ヲ確認、彼我戦力差ヒガセンリョクサ、計測不能。排除、再開」


 Fwg-105Rの赤いセイバーが、次々と斬撃を繰り出してくる。露骨ろこつにケーブルを狙って、その切断を試みてくる。だが、ケーブルにしがみつくイチエごと、イチゴは難なく守り切った。

 パワーは互角、そして何故なぜかスピードはイチゴが上だった。

 どちらかというと、攻守ともに反応速度が違った。


「理解、不能……旧型機ノ機動力、急上昇」

「これはっ、姉さまの記憶! 妹たちの記録! 全ての姉妹の戦闘データを回収、統合しました! だから、今のわたしにはっ!」

「戦闘継続、困難。予測不能」

「今のわたしにはっ! 人類を守ってきた六千年の力があるんですっ!」


 一瞬の隙にイチゴは、Fwg-105Rの一撃をパワーでいなす。

 即座に繰り出す反撃の刺突しとつが、Fwg-105Rの胸を深々と穿うがえぐった。だが、Fwg-105Rはなおも素手でイチゴの頭部を握り締め、花散る中で握り潰そうとして来る。

 即座にイチゴは、引き抜いた右手にブラスターを起動した。


「ゴメン、Fwg-105R! あなたを破壊しますっ!」


 イチゴは右手を、Fwg-105Rの胸にきざまれた傷へと突き刺した。そしてそのまま、体内へと零距離ゼロきょりでブラスターを連射する。

 Fwg-105Rは何度もブルブル震えて、そして動かなくなる。

 同時に、背のソケットからケーブルを強制排出したイチゴが振り向いた。

 微笑ほほえむ彼女もまた、胸の傷に無数の花を、火花を咲かせていたのだった。

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