第21話「悪魔が目覚める」

 銃を突き付けられ、イチエたちはそのまま地上に戻ってきた。

 動かなくなったイチゴは、Fwg-105Rによって無造作に戦乙女いくさおとめの墓場に放り投げられた。無数に折り重なる姉妹たちの残骸に、イチゴはそのまま置き去りにされたのだ。

 そして、再び浴びた日の光は、西の彼方に赤く傾いている。


「酷い……たかがそんなことで、ここまでやるのか」


 遺都いとトゥ=キョは言葉にできぬ惨状だった。

 神殿を中心に広がるこの街は、冒険者たちの活気に満ち溢れていた。そこかしこに露店や出店が並び、皆が発掘された不思議な道具に目を輝かせていたのだ。

 今は、そんな光景がどこにも見えない。

 エルフもドワーフも皆、銃に促されて一か所に集められていた。

 ヒャクリの部下たちは、ざっと見ても数百人はいる。


「いやしかし、酷い場所だな……泥臭くてねばつく湿気、この気温」


 ヒャクリはうんざりしたような顔で、ひたいの汗を拭う。

 確かに、宇宙船で生まれ育った人間には、地球の大自然は過酷かもしれない。よく見れば、他の兵士たちも似たような表情だ。

 シェルター育ちのイチエと、どこか似ていなくもない。

 地球は、高度に管理された空間など存在しない。

 地球全体が、見えない摂理によって管理され、全てが調和している。

 それは、人為的に作り替えられた今の地球でも同じだ。


「イチエ、だったな。お前は平気なのか? シェルターの方が暮らしやすいだろうに」

「自然は誰にとっても過酷だからね。辛い時があるのは、人間だけじゃないから」

「フン、こんなド辺境の惑星が人類発祥の地だなんてな……詰まらん星だ」


 ヒャクリは僅かな苛立いらだちさえも隠さず、忌々いまいましそうに天を仰ぐ。

 もうすでに、宵闇よいやみが近付きつつあった。

 そこかしこに着陸したヒャクリたちの揚陸艇ようりくていからは、無数のサーチライトが周囲を切り裂いていた。

 もうすぐ夜が来るのに、誰も恐れた様子はない。

 旧人類はやはり、まだ科学の恩恵を享受きょうじゅしているのだ。

 やがて、イチエたちは他の人々と一緒にまとめて包囲された。

 そして、周囲を警護に囲まれたヒャクリから詰問を受ける。


「この中に、太古の兵器を知る者はいないか。かつての人類すら滅ぼそうとした、禁忌きんきの力だ」


 誰もがざわざわと騒ぎ始めた。

 そして、一つの言葉に行き当たる。

 それこそが、ビョーマ……だが、やはりかとイチエは脳裏にチャンスを待つ。

 どうやらヒャクリたちは、

 皆がヘルメットを脱ぎ、宇宙服の襟元えりもとを緩めているのがその証拠だ。

 さて、どうしたものかと思案を巡らせていると、メイナが声を張り上げた。


「あなた方が探しているのはビョーマでしょうか。しかし、あれを解き放ってはいけません」

「ん? なんだ女、知ってるのか? その恰好は神官かなにかか。ビョーマとはなんだ!」

「あなた方の父祖ふそは、ビョーマを眠らせこの星を捨てたのです。そのことも忘れてしまったのですか?」


 ピクリ! とヒャクリのほお痙攣けいれんに震えた。

 それを見た兵士の一人が、ライフルのストックでメイナをった。


「貴様! 質問に質問を返すとはなにごとか!」

「よせ、軍曹。原住民とのいさかいは必要最低限に、だ」

「しかし、特務少佐とくむしょうさァ!」

「よせと言っている! 二度は言わない!」


 その時だった。

 頬を殴られて倒れたメイナが、突然笑ったのだ。

 そのまま彼女は、身を起こして叫ぶ。


「星ごと捨てた、それが同胞どうほうだということも忘れてるんですっ! そして、今はただ力が欲しくて、戦争のために……」

「なん、だと……では、超兵器とは、ビョーマとは」

「太古のやまいむしばまれた、あなたと同じキレミミです! ニンゲンって言うんでしょう? 種神様たねがみさまが言ってた、むべきエゴと欲の権化ごんげ……でも、ビョーマだってニンゲンですっ!」


 そうだ、そうだと思ったらイチエも前に出ていた。

 同じ人間、それはエルフやドワーフたちも、獣人たちも変わらない。

 ビョーマと呼んで恐れながらも、この世界の住人たちは決して眠りを妨げなかった。イチエのようになんらかのアクシデントがあって起きた人間も、手厚く出迎え看病してくれたのである。

 あの種神様が言う通り、ここは人類を排した優しい世界だ。

 それを欲して渇望かつぼうするほどに、人類は自分たちを嫌になってしまったのだろう。


「ヒャクリ、もうやめろっ! お前たちが思っているような都合のいい兵器なんて、ここにはない。ここにいるのは、ただの病人たちだけだ!」

「う、うるさいっ! ビョーマ、ウィルス……いいじゃないかあ! 細菌兵器ってことだろ!? そいつであの星を綺麗にしてやるんだ!」

「同じ失敗を重ねるのか? この星をダメにした六千年前と!」

「違うっ! 今度こそ、オレたちの星をオレたちで――ッ、グ? あ、ああ?」


 不意にヒャクリがぐらりと揺れた。

 慌てた左右の兵士たちに支えられ、どうにかその場に踏ん張る。

 そんな彼の顔は、酷く紅潮こうちょうして鼻血が零れ出ていた。

 まさかとは思ったし、こんなことになるとは思いもしなかった。


「なんだ? これは……血、だと? ゲファ、グ、ガアアッ!」


 ヒャクリはその場に屈みこんでしまった。

 それだけではない、その背後に焦りの表情で走ってきた兵士が立つ。


「特務少佐、報告しますっ! 隊員に謎の体調不良が! 半数以上が戦闘不能です!」

「なん、だと? こ、これは、まさか」


 イチエは、静かにヒャクリに伝えた。

 意図いとしていたものではなかったし、イチエ自身も失念していた。


「落ち着いて聞いてほしい、ヒャクリ……僕は、ウィルス感染者だ。この時代で言う、ビョーマの一人なんだ」

「ま、まさか、じゃあ、これは」

「君たちは感染したと見ていい。僕は無症状だし、この時代の人たちには伝染しない。でも、空気感染する未知のウィルスなんだ」


 目を見開いたヒャクリが、激しくき込んだ。

 その様子を見て、周囲の兵隊たちに混乱が広がってゆく。

 唯一Fwg-105Rだけが、黙って命令を待っていた。


「全員。ヘルメットを装着! 急げ、っ、ガ、ガハッ!」

「クソッ、嫌だ! もうすぐ新しい故郷が手に入るのに……こんな辺境で死ぬのはいやだぁ!」


 阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずだった。

 そう、このウィルスは感染力が強い。そして、イチエが眠っている間も、その体内で何度も変異を重ねて共に生きてきたのだ。その悪魔の力が牙を剥いた瞬間だった。

 迫る夜の闇の中、そこかしこでイチエと同じ人間がのたうち回る。

 必死でワクチンがあることを叫ぼうとして、一瞬だけイチエは躊躇ちゅうちょした。

 この命を果たして、救う価値があるのか……戸惑いに悪魔がささやき、イチエは息を飲んだ。

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