第20話「旧人類の再臨」

 対話を引き裂く、銃声。

 それは火薬と硝煙しょうえんの臭いがしなかった。

 いうなれば、光のつぶて……イチゴの放つブラスターのようなものだった。

 誰もが振り返る先でに、拳銃を手にした細い影。


『は、はは……ほら、ね……人類ってば、これだよ。イタタ……』


 種神様たねがみさまは、滝の裏で倒れた。

 そして、徐々に小川に赤い血が入り混じってゆく。

 イチエは訳がわからず、謎の闖入者ちんにゅうしゃへと叫んだ。


「何者だっ! 今、撃ったな……警告もなしに、いきなり撃った!」


 妙な姿の人間だ。

 背恰好はイチエと同じくらいだが、裸のシルエットが肌を全く露出させていない。頭部にもヘルメットをかぶって、まるで宇宙服のようだ。

 そして、手には光線銃が握られている。

 銃口は即座に、今度はイチエに突きつけられた。


「原生民族がうるさいなあ。……おや? お前、人類じゃないか。初めて見たぞ」


 少年の声だった。

 そして、彼はヘルメットを脱ぐ。

 瞬間、イチエは驚きに息を飲んだ。

 エルフやドワーフたちじゃない、人間だった。

 自分と同じ、人間の男の子が目の前にいた。

 それ以上の驚きが、イチエを襲ってくる。


「え……ぼ、僕? 僕だ……ど、どうして」


 そう、その少年の顔はイチエと全く同じだった。

 肌や髪の色も一緒、なにからなにまで同じ顔がこちらをにらんでくる。

 誰もが驚きに沈黙していると、苦しげに種神様が言葉を絞り出す。


『なにしに、帰ってきたん、だい? ……この星を、地球を捨てていったくせに』

「っと、殺し損ねたか。まあ、忘れ物を取りに来たようなもんさ。しかし、酷いことをする……船団憲章違反せんだんけんしょういはんだ、生物いじりは重罪だよ」

『地球脱出船団……ふ、ふふふ……どうだい? 新しい地球型惑星は見つかったかい?』

「まあね。それで、だ」


 少年は改めて一同を見渡し、銃で指図さしずしてくる。

 自然とイチエは、イチゴやハカセ、メイナと固まって一か所に立たされた。

 そしてとうとう、ようやく謎の襲撃者は名乗った。


「はじめまして、ご先祖様。その顔、多分オレの血筋だよなあ? オレはヒャクリ、地球脱出船団の第七護衛艦隊だいななごえいかんたい所属、特務少佐とくむしょうさだ」

「軍人? ヒャクリ、もしかして君は」

「そうさ、ヒャクリ・シキヤ特務少佐。極秘任務で戻ってきたんだよ、地球に」

「……そうだ、父さんと母さん……妹も!」

「嬉しいだろう? お前の家系は何千年も外宇宙で続いてたんだ。喜べ、ひいひい以下略じいさん。あ、いや、おじさんかな?」


 信じられない。

 ヒャクリは恐らく、両親か妹の子孫だ。

 そして、彼ら地球を捨てた人類は、再び戻ってきたのである。

 そのことをイチゴが、改めて説明してくれた。


「やはり、先日からの流星群は、あれは……母船から降下した揚陸艇ようりくてい

「イチゴ? それじゃあ隕石って」

偽装カモフラージュです。突入角度が不自然に思っていたんですが」

「もう少し早く言ってくれれば、よかったのにな」

「ごめんなさい、でもっ! この状況を打開して、挽回しますっ!」


 ギュイン、と小さくイチゴの全身が歌った。

 その駆動音は全てが超合金の楽器だ。

 あっという間にイチゴは、ヒャクリの銃口を引きつけながら前に出る。そして、自分へと放たれたビームを装甲で弾いた。バチバチと粒子が踊る中で、イチゴはヒャクリへと迫る。


「チィ! 当時の戦闘ロボットか! けどなあ、そんなポンコツじゃあ!」

「おとなしくしてください、ヒャクリさん! あなたを無力化します!」

「ははは、お前が? ガラクタ風情が、骨董品アンティークが!」


 刹那せつな、光が走った。

 苛烈な赤い閃光、それがイチゴを突き抜ける。

 彼女の無敵の装甲があっさりと溶解し、胸部が切り裂かれた。

 そして、鮮血にも似た花びらが無数に舞い散る。

 イチゴの傷から、色とりどりの花が溢れ出た。急いで駆け寄るイチエは、抱き留めてその重みで一緒に倒れ込む。イチゴの装甲の中は、植物が根を張り無数に花が咲いていた。


「排除、完了シマシタ。御命令ヲ、マスター」

「よくやったぞ、Fwg-105R。すぐにトドメを」

了解コピー


 出入り口から、黒いロボットが現れた。

 イチゴとよく似ているが、酷く冷たい感じがした。

 そのロボットは名乗りもせず、ヒャクリも名を呼ばない。淡々と命令が下され、Fwg-105Rは手をかざす。ブラスターを向けられ、慌ててイチエはイチゴに覆いかぶさった。


「これ以上はやめろっ! ……なにが目的だ。どうして今更地球に戻ってきたんだ!」


 ハカセやメイナも驚いている。

 突然、種神様が攻撃された。それを行ったのは、イチエと同じ旧人類……かつて地球を捨てて外宇宙に脱出した者たちの末裔まつえいだというのだ。

 もはや、ハカセとメイナには訳がわからないだろう。

 でも、二人は道理を心得ていた、話のわかる人たちだった。


「まずは銃を降ろさんか、馬鹿者。ほれ、降参じゃ、降参」


 ハカセが古びたリボルバーを床に放る。

 メイナも神妙な面持ちでハカセに寄り添った。

 そして、二人でイチエとイチゴを庇うように立つ。

 無抵抗の意思を表明しても、黒いロボットFwg-105Rが気を許すことはない。イチゴとは正反対な無表情で、こちらへとブラスターを向けてくる。

 そして、とうとうヒャクリが再び口を開いた。


「オレたちは、この地に封印された最終兵器を探している。超強力な大規模殲滅兵器だ」

「な、なんだって? それって、まさか」

「脱出船団は長い旅路の中で、母星である地球の記録がほとんど失われてしまった。内乱や裏切りもあったし、なにより今は戦争中でね」

「なにを言ってるんだ。戦争だって!?」


 イチエのひたいに、ゴリリとヒャクリは銃口を押し付けてくる。

 そして、放たれた言葉は更に恐ろしいものだった。


「ようやく見つけた地球型惑星には、先客がいてね。交渉が決裂して、我々は入植のための移民戦争を開始した。で……過去のデータから、究極の兵器が地球に眠っていると知ったのさ」


 初耳であると共に、心当たりがあった。

 そう、このセントラル・シェルターをはじめ、世界各地にそれは眠っている。

 

 それは言うなれば、超強力な細菌兵器たりえる死の病魔なのだった。

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