第19話「ツクリシ、モノ」
守護神ユグドラシルの爆発が、あっという間に遠ざかる。
レールの上を飛ぶように走る車両は、何度か分厚い合金製のゲートをくぐって止まった。
やはり、セントラル・シェルターには、一部の特建階級だけが住むエリアがあったのだ。
終着駅は清潔感が漂う中で、
まるで、時間が止まった神殿や寺院のようである。
そして、不意に響く女の声。
『よく来たね、少年。さ、奥へ来たまえよ』
奥へと続く扉が開いて、そこに一体のロボットが立っていた。
イチゴと同じセンチネル型だが、何も言わずに歩き出す。無表情で、ついてこいと言わんばかりだ。先程の声は、このロボットが? 訝しげに警戒心を尖らせれば、再び声が降ってくる。
『その子は私の従者みたいなものさ。害はないし、戦う意思もないよ』
おずおずと歩く一同の中で、メイナが真っ先に全員の疑問を解き放つ。
「あ、あのっ! あなたが種神様であらせられますか?」
『ええ、ええ。あらせられますよん? 君たちはみんな、そう呼ぶね』
なんだか妙に軽薄で軽妙な語り口だ。
どこか
『詳しくは会って話そうよ。そら、もうすぐだ』
最後の扉が開いた、その先の空間にイチエは目を見張る。
ここのシステムは全て健在で、清浄な空気の中に緑があふれていた。
そう、小さな庭園があった。
小川が流れて、正面には小さな滝がある。
花が咲き乱れて、鳥や蝶が
地の底に密封された、小さな小さな庭。
その中央、滝の奥に人影が浮かび上がる。
『やあやあ、ようこそ。
ゆらゆらと水の幕に揺れなながら、種神様は
彼女は、イチエと同じ人間だと自らを語った。
にわかには信じがたいが、数千年も生きているということになるのだろうか?
だが、種神様はそんな疑問に先回りして封じてくる。
『少年、君は今の時代で言うビョーマ、すなわちウィルスに感染して冷凍睡眠されてた人間だ。……妙だね、君。ちょっと、元気過ぎない? 本当に感染者?』
「ありがたいことに無症状みたいなんです。たまに微熱が出るくらいで」
『ほほう! 興味深いね。けどまあ、うん、とりあえず……ここにはワクチンがある』
あまりにも簡単に、イチエは目的達成を伝えられた。
隣でイチゴがなにかデータを受信したらしく、目配せしてくる。恐らく、この巨大なシェルターのどこかに、やはり本当にワクチンは保管されていたのだ。
では
種神様がここの管理者ならば、すぐに感染者を覚醒させてワクチンを投与すべきでは?
イチエは嫌な予感に胸の奥がざわめく。
そして、次の一言でそれは輪郭を浮かび上がらせた。
『君の目的はワクチンだろう? 持っていくといいさ。そう、今すぐ黙ってワクチンを受け取り、出ていきたまえ』
「……質問は許さない、ってことですか?」
『そういうこと。そっちのウサギ君は冒険者だね。まあ、保管されてる資材の中から好きなものを持っていくといい。旧世紀文明の一つや二つ、今の君たちは使えるけど理解はできないだろうし』
それだけ言うと、影は去る気配を見せ始めた。
徐々に水に映る姿が奥へ遠ざかってゆく。
イチエはゆっくり言葉を選んで、その
そう、不遜なまでの傲慢、
「待ってください! あなた、ですか? 今のこの時代、この環境を
『…………』
「僅か数千年で生態系が激変するのも、地球環境が再生するのもありえないですよね。ただ、人為的それを事業として行った人間がいるなら、それは不可能とは言えません」
『……はあ、やーっぱりそこに突っ込んでくるかあ』
やれやれと言わんばかりの
そして、種神様だけに種明かしと言わんばかりの声が続く。
『地球上では昔から、定期的に大絶滅が起こっている。学校で習ったかな?』
「ええ。大半は巨大隕石の落下が原因で、恐竜の絶滅もその説が有力だと」
『そうそう、それね。で、大絶滅がまた起こった。隕石ではなく、人類という地球のガン細胞によってね』
種神様の印象が激変した。
今はもう、同じ人間と思えるような情念が
それは、彼女が数千年ぶりに思い出した激情だった。
『大絶滅の
「……なんのために」
『人類のいない世界こそが、もっとも好ましい状態だとは思わないかい? エルフもドワーフも、自然との調和を尊ぶ種族だ。火を多用せず、鉄を知らず、文明レベルもほどほど』
人類をガン細胞だと断じた。
自分もイチエと同じ人類だろうに。
そして、異を唱えるのはイチエだけではなかった。
「種神様ってなあ、キレミミの一人だったのかい? とにかく、呆れた創造主様じゃのう」
『いやー、幻滅させて申し訳ない。でもね、ウサギ君。君たちは人類みたいにエゴと欲を暴走させないようにしてほしいんだ。そっちのエルフの神官さんもね』
今、はっきりとわかった。
物質文明の消費社会を築いて、競うように富を
イチエの病気だって、森を乱開発で荒らした結果、その奥地から出てきたウィルスだと言われている。
だから、種神様は人類のいない世界を意図的に造ったのだ。
「イチエ君、同じキレミミの君はどうじゃ? 自分で自分を、自分たちの種族を悪と断じて……箱庭ごっこで自分だけはのうのうと生きておる。そういう神を許せるかね」
ハカセは拳銃を抜いた。
この時代では貴重品な、鉛の弾丸が装填されたリボルバーだ。
だが、イチエはその銃口を手で遮り、言葉を尽くす。
「あなたが造った世界は、平和で自然豊かで、美しいかもしれない。でも、ただそうでだけあれと望む、それもまた人間の欲望じゃないですか」
地球の環境を壊したのが人類の愚かさなら、それを好みの形に造り直したのもまた愚挙ではないか。だから、種神様は神にはなれないし、自分で人間だと宣言したに等しい。
恐ろしく趣味的な、
そして――押し黙る種神様へと、銃声が吸い込まれたのだった。
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