第18話「死闘、その名はユグドラシル」

 そして決戦は訪れる。

 この現状で、イチエたちは前に進むしかなかった。

 突然の隕石襲来で、今頃地上もてんてこ舞いだろう。その災厄から逃れて遺跡……セントラル・シェルターに入った者たちも今はバラバラだ。

 そして、イチエたちは先に進むしかない。

 そこには、長きときき止めてきた守護神がいるとしても。


「……なんだあれ。イチゴ、データにある? なんか、強そうじゃないけど」


 さらに階段を下りて、所々は冒険者たちが勝手に括り付けたロープやはしごを伝う。そうして降り立った下層で、遂にイチエたちは対面した。

 このシェルター、冒険者たちが遺跡と呼ぶ迷宮のぬし

 守護神と呼ばれし、過去の旧世紀の番人である。


「イチエさん! 皆さんも! 気をつけてください……これは、とても危険な兵器です」


 警告しつつ、みんなをかばうようにイチゴが前に出る。

 その眼前に、不思議な図形が浮かんでいた。

 そう、立方体である。

 まるでサイコロのような、全ての面に穴の開いた立方体が回転している。

 これが、守護神?

 その答は、苛烈な光と熱でイチエたちを襲ってきた。


「皆さん、こちらに!」


 イチゴの声が、そのまま走って飛んだ。

 咄嗟にイチエは、メイナを押し倒すようにして身を屈める。

 直後に、一秒前のイチエを苛烈なビームの光が引き裂いた。

 ハカセは流石さすがの身のこなしで、ウサギみたいな跳躍力で逃げまどいながらも反撃を試みる。だが、古めかしいリボルバーから放たれた弾丸は、守護神の表面に金切り声をかなでるだけだった。

 そう、これが守護神だ。

 無機質で無慈悲な、破壊と殺戮のための装置なのだ。


「なんだこれ、戦車とか戦闘機じゃないぞ!? どうやって浮いてるんだ!」

「イチエさん、これは拠点防御用の殲滅せんめつユニット、ユグドラシルです!」

「なにそれ!」

「超一級の軍事機密です。ようするに、無差別破壊用のロボットなんです!」


 守護神、その名はユグドラシル。

 通路を目いっぱいに占拠する、巨大な立方体だ。

 ぼんやりと光る灰色で、どの面にも複数の穴が空いている。その全てが銃口で砲口、ビームや弾丸、ミサイルが飛び出てくるのだ。

 イチゴが守ってくれてなければ、逃げるイチエたちは全滅していただろう。

 だが、このユグドラシルを倒さねば先には進めない。


「イチゴ、あの奥は? あれってもしかして」

「はいっ! 特別区画へのリニアレールがあります。援護しますので、走ってください!」

「ひいい! 種神様たねがみさま、どうかお守りください……ご加護を」

「ええい、いいから走らんか! 祈る前に行動じゃろうて!」


 四人の声が交錯して飛び交う。

 イチゴは右手をかざして、そのてのひらからブラスターを放つ。

 だが、彼女一人のビームでは全くユグドラシルは傷付かない。

 倍以上の出力で光の応射があって、イチゴはそれを避けるので精一杯だった。

 イチゴの姉妹たちが大勢で戦っても、勝てなかった相手だ。

 でも、今はイチエと仲間たちがいる。


「なにかここには……あった! みんな、こっちへ!」


 イチゴに背中を守られながら、必死でイチエは走った。メイナも祈りながら駆けたし、無駄とわかってもハカセが拳銃を撃ちながら続く。

 残念ながら、駅らしきこの場に列車はいない。

 代わりに、小さな小さなオレンジ色の点検用の車両があった。


「乗って! こいつは……動くんじゃないか、これっ!」


 とても小さい、客車や貨車の一両にも見たないものだ。屋根もなく、作業員がこれで移動してリニアのレールを点検するのに用いる特殊車両である。

 奇蹟的に、シェルターができて何千年も過ぎてるのに、動く。

 むしろ、特別な場所だから数千年前のままずっとメンテナンスされてた雰囲気すらあった。


「よし、さらに下へ、中枢へいくぞ! イチゴ、飛び乗って!」


 ガタゴトと頼りない揺れに身を震わせ、オレンジ色の作業車両が動き出す。

 その時にはもう、周囲の通路はあちことで赤熱化して溶け始めていた。ユグドラシルの圧倒的な火力が、容赦なくシェルター内部を戦場に変えてゆく。

 その猛攻を一手に引き受けながら、イチゴが追いついて車両に飛び乗った。

 そこから先は、必死でイチエがコンソールのタッチパネルを叩く。

 ほぼほぼオートで加速する車上からは、左右の壁しか見えなくなった。右に左にとレールの上を、まるで飛ぶように車体は滑る。

 だが、勿論もちろんユグドラシルは追跡してきた。

 そして、決められたレールの上を走る今は、動いて回避する場所にも困るありさまである。


「ひあああっ! 私の前髪が! ジュワッて! ジュワワって! 消えちゃいましたぁ!」

「いいからメイナさん! 頭を下げて!」


 絶体絶命、やはり守護神と呼ばれるだけあってユグドラシルの攻防には隙がない。それもそのはず、旧世紀の人類が重要拠点を守るために造った究極の兵器が相手なのだ。

 翼もなく、手も足もない。

 機能を凝縮した末の、あまりにもシンプルな造形に殺意が宿っている。

 数千年ものあいだ、このセントラル・シェルターの最奥さいおうを守ってきた、まさしく守護神の猛攻が続いた。

 熱と光とにさらされながらも、イチエは前だけを見て車両をコントロールする。


「イチゴッ! あいつの弱点は!」

「ないです!」

「即答ってことは、まあそうなんだよね! つまり……


 イチエは操縦席でパネルを操作しながら、周囲の点検ハッチ等を片っ端から開ける。意図が知れたのか、すぐに阿吽あうんの呼吸でハカセもそこらじゅうを引っぺがし始めた。

 作業用の点検車両だから、がある筈だ。

 そう、各種道具を使うための電源、そのケーブルが。

 これだけの施設で、その中を通るリニアレールの電源なら、イチゴの出力を上げることができる筈だ。


「ボウズ! これか、このひもの先についとるのでいいんじゃな!」

「ハカセさん、それをこっちに! イチゴ、電源! どこに」

「お尻の上のとこにソケットが! お願いしますっ!」


 電源ケーブルは、数千年前の最先端でもおなじみの形をしていた。ただ、凄く大きい。それを抱えるようにして手繰たぐれば、同じ形を受け入れる窪みがイチゴの背の下にあった。

 急いで突き刺せば、戦乙女いくさおとめは生えた尻尾を通じて施設の電力を吸い上げ始める。


「ブラスター、出力400%です! 集束、両手でっ!」


 イチゴの突き出した両手から、真っ白な光が広がる。それは、等間隔に並ぶ光の両壁すら溶かしていった。強力なブラスターの照射に、ユグドラシルの姿も消えてゆく。

 今まさに走るレールすら消し飛ばしながら、イチエたちはいよいよ中枢深くへと潜ってゆくのだった

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