第17話「戦乙女たちの墓所」

 女性の悲鳴は、恐らくメイナだ。

 すぐにイチエは、イチゴと共に声のした方向へと走り出す。

 このフロアはハカセの話では、発掘と調査が終わって安全なエリアだという。モンスターも出ないし、今は遠くに隕石らしき爆発の振動しか聴こえない。

 そして、暗がりの中に振り返るハカセが見えて、二人は加速した。


「大丈夫ですか、ハカセさんっ! あの、メイナさんは!」

「生命反応は2、そこにメイナさんがいますね――!?」


 不意にイチゴが黙った。

 その理由が、震えてへたり込むメイナと共に目に入ってくる。

 そこには、無数の死体が転がっていた。

 否、人の姿だが死体ではない。

 残骸ざんがいだ。

 イチゴと同じタイプのロボットたちが、無数に朽ちて転がっているのだった。


「イチゴ、これは」

「……わたしの同型機、センチネル型のロボットですね」


 これを見て思わず、メイナは悲鳴を上げてしまったようだ。

 ここはセントラル・シェルター、いわば避難計画の中枢だ。ロボットの配備も他のシェルターより多いはずである。

 その大半が、もしかしたらここに遺棄されているのだろうか。

 よろよろと起きたメイナが、そっと手と手を組んで指を絡ませる。

 彼女の祈りの声が、静けさの闇に溶け消えていった。


「こんなにも多くの戦乙女様いくさおとめさまが……恐らくは種神様たねがみさまゆかりの地である、この遺跡をまもって」


 まあ、そこまで大きく間違った話ではない。

 だが、イチゴと全く同じ顔が無数に沈黙している光景は、あまり気持ちのいいものではない。皆が無表情で、その瞳はにごよどんだように真っ暗である。

 イチゴは、自分の姉妹たちと唯一違う髪の花飾りに手をやった。

 何本か花を抜くと、屈んでそっと姉妹たちの前に置く。

 どうして彼女たちが、今の時代に戦乙女と呼ばれるのか。

 そのことをハカセが話してくれた。


「前からここには、こうして無数の戦乙女が放置されておるのよ。珍しい場所ではないんじゃが、メイナは初めて見たようでの」

「ハカセさん、あの、イチゴたちのことは」

「皆が戦乙女と呼ぶじゃろ? 種神教団が、彼女たちのことを御使みつかい、戦乙女と呼ぶんじゃ。種神様のために戦う使者だそうでのう」

「いわゆる、ヴァルキリー的な?」

「ん? なんじゃそれは」


 イチエは詳しい方でもないので、北欧神話に登場する戦乙女、ヴァルキリーの説明を濁した。この時代には、あらゆる既存の神話や宗教が消えて久しい。それらは全て、旧人類と共にあった文化だからだ。

 この時代は恐らく、それに代わるものは種神教団しかないだろう。

 そう思っていると、イチゴが立ち上がる。


「イチゴ、その花飾り」

「大丈夫です、また生えてきますよ」

「……へ? それって、つまり」

「この花、わたしから生えて咲いてるんです。結構全身に根を張ってて」


 初耳だ。

 というか、それは大丈夫なんだろうか。

 でも、イチゴは笑顔でイチエの不安を払拭する。


「イチエさんの目覚めに反応して起動した時、もう生えてたんです。あのシェルター自体もそうでしたから」


 そう、数千年の時間で地盤が緩み、生えてきた植物の生命力がイチエを目覚めさせた。

 そして、どうやらその影響はイチゴにもあったらしい。

 ずっと飾りだと思っていた花は、イチゴの中から咲いているのだった。


「さて、イチエさんっ。ちょっと調べてみてもいいですか? センチネル型がこんなに大量に破壊されるなんて、少しありえない事態ですし」

「そうだね、イチゴも凄く強いし」

「少なくとも人間には負けませんし、今の時代の原生動物や次世代人類たちでも同じでしょう。ただ……この奥には確か、厄介な番人がいるんですよね」


 ――守護神しゅごしん

 ハカセはそう言っていた。

 すでに長き年月が過ぎて尚、このシェルターの発掘はそこで行き止まりなのである。

 もう何百年も、冒険者たちはそこで足踏みをしているのだ。

 立ちはだかる障害は、そのでたらめな強さから守護神と呼ばれているらしい。


「見てください、イチエさん。この子……装甲が沸騰して粟立あわだったあとが」

「センチネル型って戦闘用だろ? こんなことって」

「高出力のビームを回避しようとして、避け損ねた感じですね」

「……そんなやばいのが、このセントラル・シェルターに?」

「正確なデータはわたしにはわからないんですが、かなりの兵器が持ち込まれたようです。恐らく、その守護神というのは――」


 ちょっと、いや、凄く嫌な気分になった。

 イチエはげんなりとして、思わず肩を落としてしまう。

 地球を散々駄目にして、住めなくなって逃げ込んだ先がシェルターだ。そこに、わざわざ戦いの道具を大量に持ち込む必要があるのだろうか。

 地の底に追いやられてまで、なにと戦うつもりだったのだろう。


「まあでも、それで僕も助かったんだよなあ」


 だが、その兵器の一つであるイチゴのお陰で、イチエがこうして生きていられるのも確かである。一騎当千の戦乙女、イチゴ……その同タイプがほぼ全滅するほどの戦いとは、いかなるものだったのだろう。

 そうこうしていると、祈り終えたメイナが立ち上がって振り向く。


「私は今まで、神官としてなにも知らずにおつかえしてきました。この遺跡にも、ここまで奥には来たことがなかったのです。……動いている戦乙女様も初めてで」


 ただ、妙に神妙な面持ちでメイナは大きくうなずく。

 その目には、今までの頼りない弱々しさがなかった。


「もし可能であれば、この遺跡を……種神様の住まう場所といわれてるここを、もっと詳しく調査するべきだと思うんです。種神様の教えが詳細にわかるかもしれませんし」


 どうやら、メイナは自分の神職としての覚悟を新たにしたようだった。

 そこにはもう、泣きそうな悲鳴でイチエに張り付いてた姿は見られなかった。

 そして、ハカセもニヤリと笑うと腕組みうなる。


「じゃあ、やっぱりあの守護神とやらをやっつけないとな。ワシたちで!」


 かつて、多くの冒険者たちが挑み、そして敗れていったという。

 さながら、ファンタジーゲームの魔王みたいなラスボス感だ。これがお約束なら、倒せば沢山の財宝とか、お姫様の救出とかが待っている訳だ。

 あまりゲームには詳しくはないが、イチエはハッピーエンドは嫌いじゃない。

 ただ、イチゴと同じタイプのロボットが束になっても敵わない強敵がいるかと思うと、ついつい心の中に臆病という名の病魔が湧き上がってくるのだった。

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