第16話「地底の星となりて眠る」

 長い長い階段を、真っ直ぐ降りる。

 これは以前は、エスカレーターとして動いていたものだ。そのことをもう、知っている人間はイチエしかいない。

 イチゴが電源の復旧を申し出てくれたが、歩くことにした。

 相変わらず彼女は、いつになくそっけない。


「はあ、どうして……」


 イチエは、自分でも信じられないくらいに落胆していた。

 それで、薄闇の中がより一層真っ暗に感じてしまう。

 ずっとさっきからくだっているが、階段の先はまだ見えない。そして、周囲の広大な空間には、あちこちにカプセルがぶら下がっていた。

 そう、あの冷凍睡眠のカプセルである。

 どうやらセントラル・シェルターにも、かなりの感染患者がいたらしい。それを眠らせて隔離するため、一つのフロアをまるまる使ってしまったのである。

 それらはまるで、宙に浮かぶひつぎ葬列そうれつだった。


「あ、あのぉ……歩きながらでいいので、その、少しお話を」


 ハカセの隣で、メイナがおずおずと口を開いた。

 彼女は種神教団たねがみきょうだんの神官で、服装も他のエルフやドワーフたちとは全然違う。

 聖職者らしく身なりは綺麗で、薄布の服をまとっている。

 エルフの容姿も相まって、羽衣はごろもを着た天女のようだ。


「ええとぉ、種神様について御存知ごぞんじでしょうか」

「御存知もなにも、ワシらには当たり前の知識じゃろう。キレミミと戦乙女いくさおとめ……イチエとイチゴはどうかのう」


 ハカセの長い耳がピコピコと揺れている。

 メイナの耳も尖って立っている。

 ウサギとエルフ、二人に振り返られて、イチエは自分の知識を掘り出した。


「確か、キレミミがビョーマを眠らせたあと、宇宙……この星の外に出て行っちゃったんですよね? 地球は環境破壊で汚染だらけになっちゃってたから」

「ええ、ええ! よくご存じですね、イチエさん」

「そのあとに現われ、自然環境を再生させたのが、種神様」

「そうですっ! 全ての生命を創りたもうた、創世の神……それが種神様なのですっ!」


 ガシッ! と手を握られた。

 感動にうるうると瞳を揺らしながら、メイナはさらにもう片方の手も重ねてくる。

 逃げ場のない一本道での、突然の布教活動。

 イチエはタジタジになったし、イチゴの視線が冷たかった。

 本当に機械的な、マシーンそのものの眼差まなざしだった。


「サキニススミマショウ」

「イ、イチゴ? あの、あ、とりあえずメイナさん、手を放して。っていうか、やっぱり怒って――」

「オコッテナイデス!」


 取り付く島もない。

 やれやれと笑うハカセと一緒に、イチゴは降りる歩調を強めていく。

 追いかけるイチエに、更に熱心にメイナが語り掛けてきた。


「あなたのような起きてるキレミミは初めてで……でも、よかったぁ。種神様の威光、その慈悲の心はキレミミにも通じるのですね」

「ん、っていうか……ちょっと僕はまた、別の感覚でとらえてるんですけどね」

「……不敬ふけいなお話だったら、私……お、怒りますよ?」

「不敬っていうか、その……この世界、ちょっと趣味的というか」


 そう、めくるめくファンタジーの世界だ。

 エルフやドワーフ、ホビットに獣人たち……空にはドラゴン、地には無数のモンスター。まるで御伽噺おとぎばなしの世界である。

 そして、そうした存在を創作した者たちこそ、キレミミこと旧世紀の人類なのだ。

 だからだろうか、イチエには一つの予感がある。


 ――種神様の正体、


 ただ、そのことをメイナには告げなかった。

 他者の信仰心に対しては、相応の敬意が必要になる。子供のイチエでもわかることだった。わからないことといえば……


「イチゴ、さん? あの……」

「ナニカ?」

「い、いや、いいんだ」


 イチゴの理不尽ないきどおりが、全くわからない。

 あんなに仲が良かったのに、どうしたんだろうか。

 機械的な不調の心配もあったし、心なしか花の髪飾りもしおれて見えた。

 だが、そうこうしている間に階段の終わりが見えてきた。

 次のフロアに降り立つと、改めて頭上を見上げて驚く。


「随分降りて来たな。あそこに並んで光ってるの、全部ビョーマ……僕と同じ、ウィルスの感染者」


 まるで星空のように、高い天井の闇に光が散りばめられていた。

 皆、ワクチンを待って眠っている。

 ということは、必然的にワクチンはまだできていなかったとも思えるのだ。

 思わずうつむき黙れば、その考えがグルグルと頭の中を周り始める。

 そんな時、ハカセが不意に小休止を申し出た。


「メイナさんや、あんたはこの遺跡の中はどれくらい知っておるかね?」

「ここまで降りてきたのは、初めてですぅ」

「このフロアもまだ安全な区画じゃ。どれ、少し案内しよう。種神様のありがたいアレコレを見ることができるかもしれんしの!」

「ほ、ほんとですかぁ! 是非ぜひお願いしますっ!」


 ハカセはイチエにだけウィンクして、メイナと奥へ行ってしまった、

 ぽつねんと取り残された形だが、気を使ってくれたのだとイチエは気付く。

 それで、改めてイチゴに向き合った。

 イチゴはその前からずっと、イチエを真っ直ぐ見詰めていたのだった。


「あの、さ。イチゴ」

「は、はいっ。わたしも、そのぉ」

「か、身体の調子とか、どう? なにか不具合とかは」

「……ちょっと、やっぱり、おかしいですよね。わたし、以前はこんなことは」


 イチゴにも自覚があったらしく、彼女は両手で顔を覆ってしまう。

 今の世で神話になってしまった,旧世紀の科学技術。その叡智えいちの結晶たるロボットがイチゴだ。思えば、先日出会ったロボットたちとは、彼女は全然違う気がする。

 そのイチゴが、ちらりと指の間からイチエを見て、微笑ほほえんだ。


「その、なんとなくですが……イチエさんに異性の方が接近、接触すると、胸の奥がチリチリするんです。お、おかしいですよね」

「そんなこと……あ! そうか、そうかも……? イチゴさ、なんていうか」


 自分から言い出すのが図々ずうずうしく思えて、ついついイチエも口ごもる。

 焼きもちを焼いてくれた、嫉妬なんじゃないかと言ったら、酷い思い上がりに感じたからだ。でも、その仮説がどんどんイチエのほおを熱く赤く染めてゆく。


「わたしのAIデバイスは頭部にあるので、おかしいんです。胸部にはバッテリーや動力部があるだけで――」


 その時だった。

 またシェルター全体が揺れた。例の隕石がまた、近くに落ちたらしい。

 頑丈なセントラル・シェルターだが、天変地異にどこまで持ちこたえられるかはわからない。それでイチエは、先に進もうとイチゴをうながした。

 あられもない悲鳴が響いたのは、そんな時だった。

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