第15話「セントラル・シェルター」

 セントラル・シェルターの内部は、今まで訪れたどのシェルターとも違った。

 すでに空調は動いておらず、かび臭い空気が滞留している。照明も所々にしかともっていないし、全体的に薄暗かった。

 なにより、散らかってる。

 そこかしこで、使えるものを片っ端からあさった形跡があった。


「セントラル・シェルター、このあたりの区画は……イチゴ」

「は、はいっ! 一般の居住区画ですね。一般的なシェルターの三倍はあるはずです」

「首都圏まるまる全部の都民が避難できるようにできてるんだもんね。でも、この臭い」


 空気が循環していないからか、少し血生臭い。

 それもそのはずで、暗がりから突然動物の死骸が骨だけになって現れる。

 どうやら今のセントラル・シェルター内部は、本当に危険なモンスターの出る迷宮と化しているようだった。

 冒険者たちはてんでばらばらに、見るもの全てに触れて価値を確かめていた。


「あ、あのぉ……お、おっ、置いてかないでくださぁい」


 振り向けば、ヨタヨタとメイナが追いついてくる。

 彼女にも臭いが気になるのか、ゆらゆらと羽衣はごろもみたいなそでで鼻を覆っていた。

 メイナを少し待ってから、歩調を合わせて歩く。

 イチゴの目が光って、サーチライトのように見る先を照らし始めた。


「イチゴさ、それ……やめない?」

「はい?」

「わっつ! ふ、振り向かないで! 眩しい!」

「ああ、ごめんなさいっ。でも、少しでも明るい方が」

「それはありがたいんだけど、こぉ、なんか」


 そう、目からペカー! っと光を放つイチゴは、ちょっと見た目が怖い。それに、可憐な可愛さが台無しでもある。

 イチゴは、可愛いと思う。

 その両手は鉄腕、両脚は火を吹くジェット……でも、花の似合う女の子なのだ。

 車からライトのたぐいを持ってくるべきだったと後悔するイチエだった。


「そう言うんでしたら、せめて光を弱めて……ん、なにか来ますっ!」


 不意にイチゴが天井を仰いだ。

 彼女の視線がそのまま光になって、無数の羽撃はばたきが乱舞する。

 どうやら蝙蝠こうもりの大群が棲みついているらしい。

 勿論もちろん、冒険者もイチゴも動じない。

 だから、イチエも極めて平静を装うとしたが、無理だった。


「ひ、ひああああっ! 種神様たねがみさま、お助けをっ!」


 突然、メイナが背後から抱き着いてきた。

 柔らかな感触が服越しに浸透してきて、イチエも変な声が出そうになる。


「だ、大丈夫ですよ、メイナさん。な、なあ? イチゴ、ただの蝙蝠……イ、イチゴ?」


 パチン、とイチゴの目から出る照明が消えた。

 そのまま彼女は、ガシャガシャと大股に歩き出す。

 視界が暗くなって、慌ててイチエはメイナを振り払った。それはそれで気の毒なので、震えるメイナの手を握ってあとを追う。


「あのさ、イチゴ? イチゴ、さん?」

「オコッテマセン」

「いや、なんか不機嫌だよね? それ、絶体怒ってるよね?」

「オコッテナイデス!」


 何故か機嫌を損ねてしまった。

 今までこんなこと、なかったのに。

 出会って日も浅いが、イチゴはいつも素直で優しい少女だった。そんな彼女が、今日に限ってどうしたのだろう?

 少し混乱しながらも、僅かな明かりを頼りにイチエはイチゴの背中を追った。

 意気揚々いきようようとした声が響いたのは、まさにそんな時だった。


諸君しょくん! ここからさらに下層へと向かう! 我々冒険者によって発掘が終っているのは、地下第三層までである。その奥に例の守護神しゅごしんがいるが、準備はいいかね?」


 ハカセが先頭で振り返って、周囲をぐるりと見渡す。

 冒険者たちにも緊張が走った。

 そして、我先にと皆が動き出す。


「お、俺はこっちの方を再調査してみるぜ! 見落とした扉があるかもしれない!」

「あたしはこっちよ! 一番大事なとこはハカセ、あんたにゆずってあげる!」


 我先にと誰もが、散っていった。

 あっという間に、この場には数人の身が取り残される。

 ハカセとイチゴ、そしてイチエ、メイナである。

 だが、ハカセは全く困った様子を見せないどころか、ニヤリと不敵に笑った。

 まるで、こうなることを知っていたかのようだ。


「フン、そうくると思ったわい。この『種神様ノ宝物庫タネガミサマノホウモツコ』が調査されて、はや千年……この区画ではもう、なにも見つかるまいて」


 そして、ハカセは端的に今までの経緯を教えてくれる。

 かつてこの地に、無数の民が集まり始めた。エルフやドワーフ、ホビットに獣人たちと様々な種が集ったらしい。皆、種神様の眠る地と聞きつけてのことだった。

 その証拠に、この地には巨大な遺跡があり、地の底に都が眠っていた。

 そう、セントラル・シェルターである。

 やがて種神教団たねがみきょうだんが生まれ、その手によって遺跡の扉がこじ開けられた。

 それが千年前で、ずっと冒険者たちが増え続けて今がある。


「この千年で、ワシらの暮らしは大変に豊かになった。なによりワシ自身、太古のロマンにとりこになったわい」


 腕組みしみじみ頷くハカセだった。

 そして、唯一先の知れない道へと皆で歩み出す。

 ここから降りて、もう一つの調査済みのフロアがある。そして、そのさらに下がこの遺跡の最前線……巨大な守護神が居座り、閉ざされた通路があるという。

 イチエがゴクリとのどを鳴らせば、再び頭上からの振動が天井を揺らす。

 パラパラと数千年分の埃が舞い散る中、急いで先に進むことになった。


「さて、行こうかのう。そっちの神官のお嬢さんは大丈夫かね?」

「は、はいぃ……一人で戻ることもできませんし、少しでもお役に立てればと」

「なにせ種神教団の中心地でもあるからのう。あんたの知識にたよることもあるやもしれん。とりあえず、イチエ! 守ってやるがいい。それくらいできなくてはなあ、ハッハッハ」


 そのまま流れで歩けば、不意に天井の高い巨大なホールに出る。

 流石さすがはセントラル・シェルター、内部に巨大な公園があったようだ。ただ、人工太陽光の電源も切れてて、そこかしこで朽ち果てた植物が風化していた。半ば化石化したみたいで、視線で触れるだけでも粉々になりそうである。

 不気味な薄暗がりの、死に果てた森が広がっていた。


「この先に長い長い階段がある。次のフロアはその奥じゃよ」


 なんだか、ハカセがとても頼もしい。ウサギに見えても心はライオン、中太りで短足でも流石は古参の冒険者である。

 気付けば、ツツツとイチエから離れたメイナは、ハカセに引っ付くように寄り添った。

 その姿に肩をすくめて見せたイチエだったが、彼の苦笑をサラリと流してイチゴは歩き出すのだった。

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