第14話「ダンジョン探索は突然に」

 なし崩し的にイチエたちは、ハカセと名乗るウサギの獣人と同行することになった。

 なんでも、ハカセはこの街に詳しく、中央に建つ神殿にも顔馴染かおなじみだという。そう、神殿……どうやらセントラル・シェルターのメインゲートは、今は上に神殿が建てられてしまったらしい。

 しかも、そこにもまたこの時代の謎が顔を覗かせていた。


種神教団たねがみきょうだんの神殿、ですか?」

左様さよう。連中はあの場所を『種神様ノ宝物庫タネガミサマノホウモツコ』などと呼んでな……」

「宝物庫、ですか。参ったなあ、旧文明のアレコレをあまり持ち出されては」

「今では無数の冒険者が出入りする迷宮ダンジョンになっておるのよ、ホッホッホ」


 たまげた話だが、しかたがない。この世界では、科学文明の利器はあまりにも神秘的過ぎた。そしてそれは、ハカセにとっても同じだろう。

 ハカセはポケットから弾丸を取り出し、それを拳銃に込めながら歩く。


「これかね? これは古代のキレミミが造った銃という道具だ。いや、武器かな?」

「よーく知ってます。僕、キレミミですから。それも、ビョーマのキレミミ」

「ホッホッホ、そんな話もあるがのう。ワシも実際、こんな元気なビョーマは初めて見るよ」

「まあ、運よく無症状だったんで、僕」


 そうこうしているうちに、中央神殿の前まで来た。

 そして、イチエは現状をはっきりと認識する。周囲には雑多な人種が大勢たむろしていた。皆、武器を持っていて、情報交換に熱心な様子だ。

 恐らくあれが、冒険者たちだろう。

 彼らがひっきりなしに出入りしているのは、やはりセントラル・シェルターへの出入り口だ。ゲートが破壊されているらしく、今は密閉されたコロニーとしての機能を停止しているようである。


「イチエさん、シェルターの中がだいぶ荒らされてるみたいですが」

「ん、まあしょうがないよ。ただ、中心部にはまだ入られてないと思うよ?」

「ですね。メインシステムがある中枢は、警備も厳しいですから」


 そんな話をしていると「そうなのである!」とハカセが割り込んでくる。彼はクルクルと拳銃を回してもてあそび、腰のホルスターに収めてエヘン! とせきばらいをした。


「腕利きの冒険者でも、最下層のフロアには行けんのだ。巨大な守護神が居座っておる」

「守護神、というのは」

「ほれ、そこに戦乙女いくさおとめがおるじゃろ? それの何倍もデカくて強くて、しかも襲ってくるんじゃ。太古の秘宝を守る守護神、ワシらはそう呼んどる」


 思い当たることがあるようで、イチゴは「ああ、なるほど」と呑気のんきに手を叩く。

 どうも、こうなると流れでハカセに付き合っての迷宮探索が待っているらしい。もっとも、ハナからそのつもりだったので、イチエとしては別に問題はない。むしろ、この時代に精通した知識人と同行できるのはありがたかった。

 また新しい情報が得られると思った、その時だった。

 不意に空気が泣き叫ぶように沸騰する。

 轟音が響いて、空が震える。


「ッ! イチエさん、中へ! 急いでシェルターの中に避難してくださいっ!」

「ななな、なにがっ! イチゴ、あれは」

「なんと……星か? 星が落ちておるのか!?」


 突如として、無数の隕石が降り注いだ。

 巨大な岩の塊が真っ赤になって頭上を通り抜ける。

 慌ててハカセと共に走れば、周囲の冒険者たちもどよめきたってシェルターに大挙する。ふわりと浮かんで空を飛んだイチゴが、真っ先にシェルターのゲートに立ってセンサーパネルを操作した。

 どんどん避難者があふれる中で、逃げ込めたのは神殿の周囲のごく少数だった。

 街の人たちは悲鳴と怒号どごうに飲み込まれて混乱している。


「緊急シャッター、降ろします。みなさんっ、このラインの内側へ! メインシステムへアクセス、緊急避難コード!」


 テキパキとイチゴが、物凄い速さでタッチパネルに指を躍らせる。

 同時に、Pi! と電子音がなってシャッターが下りた。

 ゲート自体は壊れていたが、まだシステム全体は生きているらしい。すぐに非常灯が灯って、シェルターは爆撃のような隕石襲来の音を壁の向こうへと遠ざけてくれる。

 微動が時折訪れる中で、どうにか無事を確認してイチエは奥を見据えた。


「イチゴ、このセントラル・シェルターなら多少の隕石くらい、大丈夫だよね」

「核爆弾の直撃でもびくともしないシェルターですから」

「ん、じゃあ……行ってみようか。みんなの為にも、別の出入り口が必要だし」

「はいっ!」


 冒険者たちはまだまだ戸惑い、落ち着かないようだ。突然のことで驚いているのはイチエもそうだが、これは天変地異の災害だ。昨夜も夜の空に流星雨を見たが、こうも直接的に落ちてこられるのは困る。

 珍しくイチゴも、どこか緊張したような面持ちでイチエを見詰めてきた。


「あのっ、イチエさん。さっきの隕石なんですが」

「ん、昨日の流星群となにか関係がある? 地上の人たちが心配だけど……少し様子を見て、シャッターを開けてくれる? できれば他の人たちもこっちに避難を」

「えと、その心配は……あまりないかと思います。隕石といっても、あれは――」


 その時だった。

 誰もが振り返る先で声が響く。

 そこには、両手を広げて演説ぶろうとするハカセの姿があった。


諸君しょくん! 今は進むしかあるまい! 外には星の雨が降り注ぎ、我らは迷宮の中へ……そして退路は断たれた! ならば、他の出口を探す他あるまいて!」


 だが、すぐに若い男が反論する。

 ホビットの小柄な青年で、まだまだ子供に見えて言葉は慎重だった。


「待ってくれ、あんたハカセだろ? あの有名な。なら、知ってるじゃないか! この先、出口なんてない……一番下まで行けば、守護神の前で行き止まりだ!」

「オッホン! いかにもワシが遺跡好きのハカセじゃ。だからじゃよ、今は進むんじゃ」

「無理だ、勝てっこない! そこにいる戦乙女の助けがあっても、勝ち目なんてない」

「ならばどうする? 星の雨が止むまで、ただここにいるか? ここは安全じゃからな、しかし……外の者たちは助けを待っているやもしれんぞ?」


 ハカセの言葉はゆっくりと静かに響く。

 なかなかに胆力たんりょくのある人物のようで、イチエは感心してしまった。

 シェルター内部は安全だが、確かに外は心配だし気になる。

 ホビットの青年も観念したようで、仲間たちと共に奥へと歩き出した。

 しかし、その場で動かなくなってしまった女性もいた。


「ああ、種神様……お助けください。創世のための破壊が再び訪れたかのようで、私はとても不安です。種神様……!」


 身なりの良い着衣は布製で、恰好からして神官や司祭のようである。その女性はエルフで、手と手を重ねて指を絡め、祈りを捧げたまま膝を突いてうずくまる。

 恐らく、この人は種神教団の聖職者かなにかだとイチエは思った。

 それで、そっと手を伸べ屈んで目線を合わせる。


「あの、よければみんなで行きませんか? 奥の方がより安全ですし」

「あ、あなたは……キレミミ、さん? 起きてるんですね、びっくりです」

「はは、僕も寝てる他のキレミミ、ビョーマと同じですよ。ちょっとした手違いで起きちゃったんです」

「まあ、ではやまいを? こんな時でなければ祈祷きとうして差し上げられるのですが」


 そのエルフは神官のメイナと名乗った。

 おどおどと落ち着かないメイナを促しつつ,イチエたちはセントラル・シェルターの奥へと進み出すのだった。

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