第13話「かつての首都、東京」

 ――遺都いとトゥ=キョ。

 かつて東京と呼ばれた街だ。

 そう、イチエの目の前に今……大都会が広がっていた。

 辛うじてコカトリスの追撃を引きはがし、ついに二人は目的地にたどりついたのだった。すでにもう、コンクリートジャングルの痕跡は見る影もない。

 ただ、神殿らしき荘厳そうごんな建物を中心に、円形に街が広がっている。


「一度ここで、車からは降りようか」

「目立ちますもんね、ビーバー君。じゃあ、ここからは歩きで」

「ちょっと隠して置こう。もはやオーパーツだからね、自動車なんてさ」


 小高い丘からトゥ=キョを見下ろし、イチエは振り返る。

 巨大な軍用トラックは、流石さすがに今の人たちには刺激が強過ぎる。ただでさえ、旧世紀の人間であるイチエは目立つので、なおさらだ。

 とりあえず、車両は適当に葉っぱや植物でカモフラージュ。

 そうして、イチエはイチゴと一緒に歩き出した。

 坂を下れば、すぐに周囲に街並みが広がってゆく。


「とりあえず、イチゴ。ここの文明レベルは前のエルフの村と同じくらいだね」

「ロボットたちのレトロポリスとは違いますから。これが多分、今の時代の標準的な暮らしなのかな……あっ! イチエさん、あっちに人混みが! 行ってみましょう!」

「ちょ、ちょっと待ってイチゴ! そんなにはしゃがないで!」


 イチエの手を取り、イチゴがガシャガシャと走り出す。

 その姿は当たり前だが、周囲の人たちの視線を独り占めしていた。イチエは、ただの人間でしかない自分が目立つことを気にしていたが、なんてことはない。もっと目立つ、ロボットのイチゴが一緒なのだった。

 道行くエルフやドワーフ、ノームといったファンタジーの住人たちが振り返る。

 中にはトカゲ人間みたいなのもいて、人種は様々だ。

 ざわめく声が行き来して、そのいくつかがイチエの耳に入ってくる。


「見ろ、戦乙女いくさおとめだ……珍しいな」

「生きてるのを見るのは初めてだ、なあおい!」

「気をつけろよ、種神様の御使いだからよ」

「でも、襲われたって話は聞かねえが……かわいいもんじゃねえか。デカいけど」


 なんだか、自分のことじゃないのに照れる。

 そして、当のイチゴ本人は全く気にした様子がなかった。

 いつも通り、慎重にそっと手を握ってくれてる。その冷たい合金製の手でも、彼女が楽しげなのが伝わってきた。

 そして、どうやら人混みの中心は露天商ろてんしょうのようだった。


「さあ、買った買ったぁ! どれも今朝掘り出されたばかりの逸品揃いだよ!」


 露店の店主は狼男おおかみおとこだった。確か、ウェアウルフという種族だと思う。いよいよファンタジーな世界になってきたなと、イチエは苦笑を禁じ得ない。

 しかし、並んでいる商品を見て絶句する。


「イチゴ、これ……」

「待ってください、今すぐ照合します……照合完了、全て旧世紀文明の品です」


 イチエにとっては、なんでもない品々ばかりだ。

 強化プラスチック製のスコップ。

 保温効果のある金属製のタンブラー。

 ボールペンにシャープペンシル等の筆記用具。

 どれもみな、シェルター生活をしていればお馴染みの道具ばかりである。

 そして、今という時代では製造不可能なものばかりだった。


「これは、どういう道具なのかね?」

「よっ、エルフの旦那だんな! お目が高い! そいつぁ、ここをこうして、こうで」

「おお! 火がついた!? ……信じられん、なんて神秘的なのだ」


 なんてことはない、電子式のライターである。

 どうやら、ここではシェルターに今の人類たちも出入りしているようで、そこから多種多様な道具が持ち出されているみたいだった。

 そして、イチエはここであることに気付く。

 それは、ドワーフの老人がタンブラーを手に取った時だった。


「店主、こいつは……何の骨だ? 石をみがいてもこうはならんだろう」

「あー、旦那。それは、んー、まあ、なんだ。オイラもさっぱりわからんのさ。ただ、入れたスープは冷め難いし、氷を入れても溶け難いってもんでさあ!」

「土をこねて焼くのでもなし、勿論木材でもない。ふーむ……」

「買っていきますかい? こちとら、掘って使えればなんでも売るんですが、どう作られてるかは、ヘヘヘ」


 愛想笑いで狼男がニヤニヤと笑う。

 そう、以前エルフの村で見た時と同じだ。

 この時代にはまだ、製鉄技術、金属製性のすべがないのだ。だから、武器はみんなけものの爪と牙を加工したり、石を研いで刃にしたりしている。

 人類の以前の歴史で言えば、縄文時代や弥生時代のようなものだろう。

 周囲の者たちも、織った布の衣服を着ているものは少ない。

 大半が毛皮を加工したもので、男は上半身など裸も同然である。


「イチゴ、この文明にはまだ製鉄技術がないようだ」

「そうですね。ただ、こうした道具が表に出てきてしまってるということは」

「セントラル・シェルターには、結構人の出入りがあるってことだ」


 そう思って、イチエは並ぶ商品の数々をじっくりと眺める。

 もしかしたら、ワクチンが売ってないかと思ったのだ。

 だが、そんな安易な御都合主義ハッピーエンドは訪れてくれない。薬のアンプルと思しきものはなく、薬瓶くすりびんたぐいも中身はからで、瓶そのものが容器として売られているみたいだ。

 少し落胆しつつも、気を取り直してイチエは顔を上げる。

 物騒な言葉が聴こえたのは、そんな時だった。


「何でも屋! 弾丸はないか! この銃に使える弾丸だ。金なら出すぞ!」


 カラコロと狼男の前に、木製の硬貨が何枚も転がった。

 どうやら、この時代の通貨らしい。

 そして、イチエは見た。

 酷く背の小さい、ウサギの顔をした獣人がそこには立っていた。そして、手には銃を持っている。恐らくこれも、シェルターから持ち出されたものだろう。

 回転式のリボルバー拳銃を手に、ウサギが飛び跳ねていた。


「おっと、ハカセじゃねえか! 生きてたんだな、アンタ!」

「やかましい! ワシが簡単に死ぬもんかね。それで? 弾は」

「今日は掘り出されてねえなあ……よくまあ、そんなおっかないものを使う」


 イチエから見ても、武器の類は一切ない。

 当然だ、シェルター内では武器の管理は最も厳重だからだ。シェルター内で銃撃戦が始まったり、内乱が起こっては困るからである。

 そう思っていると、ふとハカセと呼ばれたウサギと目が合った。


「ん? んんんん? 動いている戦乙女が、ホウ! それに、キレミミにんげんも!」


 とてもキラキラした目をさらに輝かせ、人混みをかき分けハカセが近付いてくる。

 逃げようとした時にはもう、あっさりとイチエはハカセに手首を握られてしまったのだった。

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