第12話「走れ走れ、走れ」

 いざ、遺都いとトゥ=キョへ。

 それはかつての日本の首都、東京だ。

 そこには、日本中のシェルターを統括する、セントラル・シェルターがある。

 どうやらそこには、ワクチンの手掛かりがありそうだった。

 乗り物を手に入れ、旅は劇的にスピードアップした。

 だが、それは新たな問題を生み出しているのだった。


「イチエさん、もうすぐ幹線道路に出ます。正確には、幹線道路だった場所、ですね」

「六千年前のね、っが! イチチ……」

「しっかりつかまっててくださいね!」

「まったく、酷い道だ」


 そして、

 勿論もちろん、山野を駆け巡るこの車両の乗り心地もなかなかに刺激的だ。

 なにより、道がない。

 道なき道にわだちを刻んで、巨大な軍用車両が猪突の如く猛進していた。


「でも、オフロードに強い車両が残っててよかったですね」

「空飛ぶタイプでもよかったんだけどね……荷物を多く積める分、トラックも悪くないよ」


 そう、トラック……というか、荷台のついた装甲車重装甲トラックみたいな車だ。

 確か、軍で使われている78式多目的装甲車、通称『ビーバー』と説明にはあった。勿論、これもまた六千年前の遺産、この時代ではオーパーツである。

 さいわい、この時代の人間たちにはまだ遭遇していない。

 それもそのはず、人が立ち入るような場所じゃないからだ。


「あ、あのさあ、イチゴ! う、運転だけど」

「はいっ! わたしにはライセンスがあるので。有事の際は運転操作も想定されています。これでも結構自信あるんですよ? それっ、登れビーバーくんっ!」


 目の前に壁があった。

 絶壁のような斜面だったが、ビーバーは前輪を乗り上げるや、巨大なタイヤで土煙を上げて登り始める。

 とても揺れるし、助手席でイチエは生きた心地がしない。

 何度も天井に頭をぶつけながら、ドアの取っ手にしがみつく。

 まるでジェット戦闘機の急上昇みたいで、ビーバーは800馬力のエンジンを高鳴らせていた。そして、ゴトン! と斜面を登り切る。

 そこには、なんともいえぬ光景が広がっていた。


「道路に出ました! ……道路、ですよね? 道路でした、なところ、です、けど」


 イチゴの驚きも納得で、フロントガラスの向こうに広がる景色にイチエも思わずうなる。

 かつてここには、アスファルトの舗装路が首都へと繋がっていた。

 その痕跡はもう、皆無だった。

 辛うじて地形が、左右より盛り上がって土手のように遠くへ続いている。

 そこかしこのひび割れから植物が芽を出し、地面はほとんど見えなかった。


「凄いね、イチゴ」

「で、ですよねっ! わたし、やっぱり自分でも運転は得意だなって」

「いや、そうじゃなくて。見て、もうここに文明の痕跡はほとんどない」

「そ、そそそ、そうですねっ! そういうお話でしたね!」


 何故なぜか急に、イチゴはむくれて目を逸らした。

 こういうところは、見た目以上に幼くてあどけない。ちょっと不思議なロボット少女、それがイチゴだ。ちょっと、時々彼女のことがわからなくなる。

 それでも、頬をプゥ! と膨らませて拗ねるイチゴも悪くない。


「……多分、かつてここを無数の車が行き来してたんだ。何千、何万ってね」

「旧世紀の初頭はガソリン車が主流でしたが、環境の悪化に合わせてハイブリット構造やモーター車、水素エンジンなどを利用してきました」

「ま、結果として地球の環境は再生した。……植物は、昔と同じものが多いよね」


 やはり、妙だと思う。

 生態系は激変しているのに、木々や草花は旧世紀と同じ種が多い。

 逆に、動物はモンスターとさえ思える巨大生命体が無数にのさばっている。

 この意味はなにか、どういうことが地球に起きているのか。

 種神様たねがみさまのことも気になったが、その答えも恐らく東京にある。


「じゃ、行こうか。安全運転で頼むよ、イチゴ」

「わかってますよーだっ! マニュアル通りなのに……わたし、そんなに酷い運転なのかな」


 プンスコとくちびるとがらせつつ、イチゴが再びビーバーを走らせる。

 ガタゴトと、かつて舗装路だった荒れ地をビーバーは動き出した。腹の底に響くエンジン音は、ガスタービンである。どうしても軍用車は、モーターや水素エンジンよりもこうした形式の動力源がずっと使われていた。

 今、イチエの旅も排気ガスを出して、二酸化炭素の濃度を上げている。

 それを蘇った地球が、ささやかなものだと許容してくれることを祈った。

 だが、そんなセンチメンタリズムに浸る余裕が霧散する。


「……イチゴ、スピード上げて」

「はい? どうしたんですか、イチエさん。今さっき、安全運転でって」

「いいから、逃げてっ! 後ろ見て、バックミラーに――」


 巨大な影が上空をよぎった。

 あっと言う間に、後方から追いつかれたのだ。

 それは、イチエが眠りについた時代にはいなかった。

 起きて初めて見る現実……空想の世界を飛び出した絶体強者である。

 翼を広げて旋回するその姿は、ゆうに10mを超えていた。


「なっ、なんですかあれ! イチエさん、わたしのライブラリにはないクリーチャーです! バケモノですっ!」


 イチゴがギアを落として、踏み抜くようにアクセルを全開にする。

 ビーバーは微動に震えながら、ホイルスピンを置き去りにして加速した。

 その背後に再び、上空からの襲撃者が迫る。

 見た目のコミカルさとは裏腹に、血走る瞳の視線がイチエの背筋に寒さを呼んだ。


「あれ、多分……コカトリス、だと思う」

「なんです、それ! わたしにはでっかいにわとりにしか見えないです! しかも、飛んでます!」

「うん、そういう感じのモンスターなんだよ……ゲームや漫画、神話や伝説にしかいない動物なんだけどね」

「わわっ、なんか口から吹いてますよ! ガスです、ガス! 状況ガス! ひゃあああ!」


 走るビーバーを、コカトリスが口から噴射したガスが通り過ぎる。

 左右に茂る木々が急激に枯れて、あっという間に石になってしまった。そして、コカトリスの羽撃はばたきが生み出す風圧で、さらさらと砂になって風化して散る。

 コカトリス、それはあらゆる全てを石化させる恐ろしい魔物だった。


「あーもぉ! イチエさん、ハンドルお願いしますっ! アクセルはわたしがベタ踏みしてるので!」

「え、ちょ、ちょっと! イチゴ? イチゴさんっ!?」

「わたしだって、戦闘用のセンチネル型だって……戦いたい訳じゃないのにーっ! こんにゃろー!」


 突然窓を開けて、そこからイチゴが身を乗り出す。

 慌ててイチエがハンドルに身を浴びせてすがりつく。

 イチゴの下半身はちゃんと、アクセルを踏みつつ左足でブレーキに繊細なタッチを繰り返していた。同時に、人間の関節では無理な全身のひねりで外へと腕を出す。

 そして、光が空を引き裂いた。

 イチゴの右手から放たれたブラスターの輝きが、コカトリスの翼をかすめて焦がす。

 それで追撃を振り切って、イチエの見様見真似なハンドリングでビーバーはかつて幹線道路だった荒れ地を疾駆してゆくのだった。

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