第11話「シンギュラリティ」

 ワクチンのヒントは東京、かつてのセントラル・シェルターにある。

 かもしれない。

 でも、それだけで今は十分だった。

 ただ、イチエはレトロポリスのロボットたちには辟易へきえきしてしまった。

 日が暮れる頃には調べ物も終わって、そうそうに退散する。

 夕焼けに照らされ、振り向けばレトロポリスの明かりがいかにもな感じで温かく見えた。


「僕、昭和って時代は授業でしか知らないんだけどね」


 街明かりが夕闇にともれば、不思議と見てて懐かしくなる。

 けど、レトロポリスで文化を満喫するロボットたちには、違和感があった。そして、それがちょっとだけわかった気がする。

 元のシェルターへと歩きながら、イチエはぽつりと呟いた。


「ねえ、イチゴ。イチゴは、シンギュラリティってあると思う?」

「いつか必ず訪れる瞬間だと言われていますね。わたしにはそういう言説の知識でしかないです」

「君の情緒や感情表現は、でも結構凄いと思うよ? 助かってる」

「わたしはこういうわたしですから、考えたこともありませんでした。でも、イチエさんのお力になれてれば嬉しいですっ!」


 微笑むイチゴの花飾りが、海風に吹かれてひとひらの花びらを散らす。

 まるで、本当にそこに花が咲いているみたいな、そんな笑顔だった。


「でもでも、よかったんですか? レトロポリスの皆さん、是非ぜひ夕食を一緒にって」

「食べるの、僕だけだろう? ちょっとやだなあ、って思ってさ」


 役場を出たら、料理人と思しき複数のロボットに囲まれたのを思い出す。

 料理という文化を楽しんでいても、ロボットは食事を取らないからだ。それで、数百年ぶりの人間を捕まえて、腕前を披露したかったのだろう。


「でも、やっぱり変だよ。レシピに対する料理の正確さを競ってるなんて」

「ロボットには味覚を判断するセンサーがありませんからねえ」

「シェルターに帰って、PT-4ピーティーフォーと三人でご飯にしよう。食べるのが僕だけでも、一緒の人たちは気の知れない仲間たちの方が断然いいよ」


 と、その時だった。

 ふとイチエは星空を見上げて、思わず息を飲む。

 気付けば夜のとばりが降りて、空には無数の星がまたたいている。

 そして、視界をいくつもの光が過った。

 流星群だ。

 勿論もちろん、実物をイチエは初めて見る。

 シェルター内には立体映像のプラネタリウムもあったが、全然迫力が違った。


「うわ、なんか凄いね。天体ショーだ」

「……いえ、あれは……? ふふ、まさか」

「ん? どしたの、イチゴ」

「いえ、なんでもないですっ。さ、行きましょう」


 星降る夜に、大自然の中を歩く。

 悪くない。

 というか、シェルター生活が人生の大半だったイチエには、物凄い贅沢に思えた。ちょっと変な形で再生した地球の自然環境は、空気も美味しいし虫も鳥も賑やかに歌っている。

 おまけに、かわいくて頼れる女の子まで一緒なのだ。

 ロボットだけど、そこはあまり気にしてないイチエだった。

 やがて、シェルターの入り口が見えてくる。


「……ん? あれ、PT-4だ。なにやってるんだろう」


 幾重いくえもの隔壁が開いて、シェルターの中に入ると……何故なぜかそこには、通路をうろうろと動くPT-4の姿があった。

 こちらに気付いたPT-4は、ランダムに見える動作をやめて近付いてくる。


「おかえりなさい、イチエ。イチゴもお疲れ様デス」

「ただいま、PT-4」

「なにしてたんですかぁ? PT-4さん。今のは」


 ピコポコと顔面の液晶パネルを光らせ、PT-4が小さく頷く。

 そして、彼は突然不思議なことを言い出した。


「特に意味はありません。ただ」

「ただ?」

「何千年もこのシェルターを管理していて、ふと気付いたのです。見てください」


 PT-4は足元へと、簡素な手を伸べる。

 よく見れば、どうやら彼は床のタイルを指さしているようだ。


「この区画のタイルは、白を基調として青と緑が散りばめてありマス。数えてみたところ、白いタイルが約14万枚、青は3万枚、緑は1万枚とちょっとです」

「ふむ」

「ある日、ふと……あれは何百年前だったか、今はもう思い出せないのですが」


 スススとタイヤでPT-4は移動し、青いタイルの上に立つ。

 なんだろうと思っていると、楽しそうにイチゴもその横に並んだ。

 そして、PT-4は更に奇妙なことを言い出した。


「青と緑のタイルのみを踏んで、この区画を抜けられるか……そういう思考実験をしています。なお、私の行動力を仮に『タイル3枚分の範囲ならジャンプできる』と想定しています」

「なるほどぉ、ちょっとわたしもやってみますね。次の青は、あそこですっ!」


 ギュイン! とイチゴがジャンプする。

 彼女は戦闘用なので、本気を出せば空を飛べるのだが、重々しくガシャン! と次の青タイルに着地して振り向く。彼女の周囲、3マス以内の距離には、白いタイルしかなかった。


「そこでは手詰りです。こちらがいいでしょう」


 静かにPT-4は、別の青いタイルに進んで、そこから2マス先の緑へと立つ。


「緑のタイルを踏んだ時、自分の行動力を+1とします。ルールはこれで以上です」


 ちょっとした暇つぶしの実験なのだと、PT-4は言う。

 なんだか、電子音声が心なしか楽しそうだった。

 そして、彼は行動力+1で4マス先の青いタイルに進む。そこで振り返ると、ハッと気づいたように僅かに背をのけぞらせた。


「つ、つまらない話をしまシタ。こうしていると、なんだか回路の電圧が変化するような気がするのデス。ささ、奥に行きましょう。車両の整備が完了しています」


 イチエは驚いたし、ちょっと面白いなと思った。

 それで、自分でも青いタイルを探して立ってみる。

 基本的に白いタイルが多く、アクセントとして少しずつ青と緑のタイルがある。やってみるとなかなかに難しい遊びで、シンプルながら頭を使う気がした。

 そう、それは立派な遊び、ゲームと呼べるものかもしれなかった。


「とと、手詰りかあ。なるほど、これはいい暇つぶしだね」

「お恥ずかしい限りです。車両は4番ゲートに運びましたが、出発は明日の朝がいいでしょう」

「うん、ありがとう。となれば、夕食を済ませて準備にかからないとね」


 こうして、イチエとイチゴは新しく旅の足を手に入れた。

 同時に、ちょっと不思議なPT-4と出会い、そして別れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る