第8話「ワーカー型ロボット、PT-4」
広大な草原を抜けると、そこは海辺の廃墟だった。
かつて、人間たちが地上に住んでいたころの建物……その
そんな廃村のような土地の奥に、次のシェルターの入り口がある。
イチゴにロックを解除してもらうと、密閉された独特な匂いが鼻を突いた。
コンピューター制御で管理された、少しかび臭い人造の空気だ。
「ここも施設の機能は生きてるね。……でも、誰もいない、と」
「宇宙に逃げちゃったっていう話、本当みたいですね」
「眠らせたままでいいから、僕たちも連れてってくれたらよかったのに」
「とりあえずイチエさん、わたしは貯蔵庫や管理区を見てきます」
「ん、僕は一応居住区を一回りしてくるよ」
金属的な足音を見送り、イチエは逆方向へと歩き出す。もしかしたら、冷凍休眠から目覚めた人がいるかもしれない。その場合、イチエと同じウィルス感染者……この時代でいうビョーマだ。
それでも、同じ境遇の人間がいるなら会いたいし、一緒にいたい。
イチゴは優しく頼りになるが、そろそろ一肌恋しいイチエだった。
「なんか、慌てて移動したって感じだな……ここも時間が止まったような雰囲気だ」
居住区はここも同じ、灰色の静寂に満ちている。
静かに唸る空調のモーター音だけが、なんとか耳に拾える程度だ。
そして、生活感が散らかったまま、ここでも時間の流れにさらされている。読みかけの雑誌やマグカップがテーブルにそのままだったり、植物を並べていたプランターも干からびた状態で放置されている。
確かにここには、人々の
その事実しか、今はイチエには感じられなかった。
そう、その瞬間が訪れるまでは。
不意に背後で、キュインと機械音が零れ出た。
「どちら様でしょうか。当シェルターは現在、休眠者の管理維持を優先しております」
驚き振り向くと、そこには一体のロボットが立っていた。
イチゴのような、人間のシルエットを持つタイプじゃない。両手はマジックハンド状に簡易化されているし、下半身はタイヤで移動するタイプのものだ。
それでも、イチエは同じ文明圏の生き残りに目を見張って近付く。
敵意とか危険とかは、考えなかった。
もしそうなら、声をかけられる前にイチエはやられていただろう。
「ええと、こんにちは」
「ハイ、こんにちは」
「僕はイチエ、同じ境遇の人間……休眠状態が解除されてしまったビョーマ、あ、いや、ウィルス感染者を探しています。あと、ワクチンも」
液晶モニタになっている顔に光を走らせつつ、目のような二つの光点をロボットは点滅させる。そして、ややタイムラグを置いてから平坦な電子音声で応えてくれた。
「ワタシは
「うん、そうなんだ。ここの人たちは? 目覚めちゃった人とか、いる?」
「当シェルターの休眠者は3,607名、全員計画通りの冷凍睡眠状態にあります」
「そっか……そういう状態ということはやっぱり」
「ここにはまだ、ワクチンは届いておりません」
古いタイプのロボットで、イチゴと話し慣れているとギャップを感じる。これぞロボットという感じの言葉は、合成音声特有の無機質な響きだ。
だが、それが逆に誠実さを感じるし、機械は嘘をつかない。
小さな落胆は、イチエに「やっぱりかあ」とため息をつかせた。
「因みに、もう一つ確認なんだけど……無事だったシェルターの居住者たちは」
「……当該情報に関する開示については、より上位の権限が必要です」
「は? え、ちょっと待って、宇宙に逃げたんだよね?」
「当該情報に関する開示については、より上位の権限が必要です」
少し驚いた。
PT-4は口止めされているのだ。
ここを出て行った人たちは、電子的なロックをかけて情報を制限しているのである。
ショックだった。
同胞を置き去りにして、自分たちだけで新天地に旅立つことを、後ろめたいと思ったのだろうか? もしそうなら、ありえる話だと妙な納得感もある。
イチエが同じ立場なら、眠っている大勢の感染者に対してすまないと思う。
恐らく、宇宙への脱出という選択肢も、決してゆとりのあるものではなかったのだろう。
「そっか……ゴメン、いいよ。その話はもうよそう」
「ご期待に沿えず、申し訳ありません」
「いいんだ。あ、もう一つ。えっと、次世代人類? エルフたちのことだよね」
「ハイ」
「彼らが信仰している、
短い沈黙があった。
検索中を示すように、PT-4の顔に光が交錯する。
そして、彼ははっきりと明言した。
「種神様、次世代人類が信仰する創世神話の中心的存在。それ以上のデータはワタシにはありません」
「ん、ありがと……だよねえ。はあ、ここも空振りかあ。でも、PT-4に会えてよかったよ」
「どういたしまして、イチエ。休眠者の妨げにならないのなら、当シェルターの資材等を使ってください。管理者として、譲渡の権利を有しておりますので」
「それは助かるな」
その時、居住区にイチゴがやってきた。
PT-4とは違って、その表情には感情表現が豊かに咲いている。
「イチエさんっ! 保管されていた車両の中に、使えそうなものが……あっ、こちらの方は」
「イチゴ、紹介するよ。管理を任されてるロボットのPT-4だ。PT-4、こっちは――」
ちょっと考えて、うんと頷く。
「こっちは、友達のイチゴ。旅の仲間さ」
「ほへ? わたしが、友達、ですか……仲間、うんっ! 仲間ですね、イチエさんっ!」
「はじめまして、イチゴ。ワタシはワーカー型ロボット、PT-4です」
情報は得られなかったが、大きな進展があった。どうやらこのシェルターで、足が手に入りそうだ。車両の持ち出しを確認すると、PT-4はすぐに快諾してくれた。
ここにはもう、外の世界で車を運転する者はいないのだから。
ただ、どうやらイチゴの話によると、すぐに出発という訳にはいかないらしい。
「ただ、車両のメンテナンスに少し時間がかかりそうです。数千年眠ってた車両なので」
「それでしたら、ワタシが作業を担当しましょう。センチネル型に雑用をさせる訳にはいきません。ワタシたちワーカー型の分野と思われマス」
「じゃあ、二人で協力してあたりましょう。それなら時間も短縮できますし」
「イエ、それには及びません。イチエ、そしてイチゴ……ワクチンに関する情報は当シェルターには存在しません。ただ、街へ向かえばなにかわかるかもしれません」
意外な単語が飛び出てきた。
街? それはつまり、エルフやドワーフたちの集落が近くにあるということだろうか? しかし、彼ら今の人類たちは旧世紀については何も知らない筈だ。
ともあれ、新たに旅の移動手段をゲットするにはまだまだ時間がかかる……そこでイチエは、イチゴと一緒に街とやらに行ってみることにするのだった。
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