第6話「今という時代の、ここという場所」

 エルフたちの生活は、いたって素朴そぼくでシンプルなものだった。

 家族単位で固まって暮らし、農業も狩りも協力して手分けする。日が沈めば食事を取ってあとは寝るだけだ。

 ただ、イチエは夜遅くまで長老と語らい、様々な情報を得た。

 朝も早く、イチエが目覚めた時にはもうエルフたちは一仕事ひとしごと終えたようだった。

 そして、心のこもったもてなしの末に、気持ちよくイチエたちは旅立った。


「かなりの収穫がありましたね、イチエさんっ」

「うん。この先にも何個かシェルターがあるみたいだし、ここはやっぱり日本、らしい」

「食料と飲み水もこんなに持たせてもらえました。とても助かります」


 大きな荷物を背負いなおして、今日もイチゴは笑顔である。

 ともすれば、彼女がロボットだということを忘れてしまいそうになるくらいだ。

 そして今は、クゥロの案内で村を出たばかりだ。

 今日もイチエに病気の症状はなく、むしろ病人とは思えぬくらいに元気である。


「あ、そういえば……イチゴ、君はエネルギーの補給とかは必要ないのかな?」

「はいっ! わたしは装甲表面から太陽光のエネルギーを頂いてますので。勿論もちろん、激しい戦闘が連続すればエネルギー切れになるので、外部電源による充電が必要ですが」

「へえ、凄いね。事実上は永久機関なんだ、理論的には」

「えっへん! わたし、なんていったって最新鋭ですからっ!」


 コツン、とイチゴは大きな拳で胸を叩く。

 すかさずイチエも、調子に乗って彼女を肘で小突いた。


「約6000年前の最新鋭だけどね」

「もう、イチエさん? 茶化さないでくださいっ!」

「でも、場所も時代もはっきりわかってよかったよ。エルフたちは物覚えがよくて助かった」


 そう、現在のこの時代は、イチエたちのこよみで言うなら……西暦8084年である。

 もう何百年も前に訪れ、エルフの村で亡くなった人間の墓碑ぼひに情報があった。死んだ男は、自分が目覚めた年月日を正確に覚えていたのだ。それが何年前の何月何日かは、エルフの長老が記憶していてくれた。

 逆算すると、今は西暦8084年、恐らく5月か6月である。

 イチエたちは6000年以上眠っていたことになる。


「おい、キレミミ! ……イチエつったか。そっちはイチゴ。急げ、こっちだ」


 先に立って森を歩くクゥロが、急かすように叫ぶ。

 ぶっきらぼうだが、親切な少年だ。

 最初に遭遇したエルフが彼でよかったとイチエは思っている。

 だが、本やゲームでよく知ってるエルフと、この時代のエルフはだいぶ違った。


「ねえ、クゥロ。魔法みたいなもの……使ったりする?」

「はぁ? 何言ってんだ? マホウ? なんだそれ」

「手から炎が出せるとか、こう、精霊を呼び出して使役するとか」

「……イチエ、お前ちょっとおかしいぞ? 俺にそんなことできたら、もっと狩りだって楽になるだろ。でも、森の中じゃ弓矢と筋力、腕だけが頼りだぞ」


 現代のエルフ、割とたくましくてワイルドである。

 その背を追いかけつつ、ふとイチエは自然に疑問が浮かんだ。

 そのことを、こっそり小声で隣のイチゴに伝える。


「ねえイチゴ。やっぱり妙だよね」

「何がですか? イチエさん」

「お墓にきざまれてた年代が正確だとして、仮に今が6000年後の世界だとするよ? ……で生態系や人種が一変してしまうってこと、あるんだろうか」


 イチエたち人間にとって、数千年の月日は膨大なものだ。

 久遠くおん彼方かなたとさえ言ってもいいだろう。

 だが、地球という惑星にとってはほんの一瞬、まばたきする間にも等しい。

 地球に生命が誕生し、繁栄して文明を築くまでが46億年だ。恐竜だってどんな動物だって、数万年単位の時間を使って進化し、そして滅びていったのである。

 たかが6000年で地球がファンタジーになってしまうのは、これは不自然なのだ。


「長老様が言っていた、種神様たねがみさまの力によるものでしょうか」

「まず、あの話が今の地球の創世神話だとすると、そうだね。もしくは、本当に地球そのものが環境を再生させる中で生態系を激変させたか……でも、それは無理がある」

「つまり、種神様は概念的な神話ではなく」

「実在の誰かってことになる。これも仮説だけどね」


 歩調を強めて、イチエはクゥロに追いついた。

 近くで見ると、なるほどエルフは優男やさおとこだというのは御伽噺おとぎばなしの話だ。クゥロは細身だが、その全身はしなやかな筋肉で編みこまれている。

 同世代でも、ひょろりとせたイチエとは全然違った。

 クゥロの背中にイチエは聞いてみる。


「クゥロ、君は種神様についてなにか知ってるかい?」

「ん? ああ、少しはな。でも、俺が知ってるようなことはみんな知ってるぜ? エルフは勿論、ドワーフやホビットたちにとっても常識だからな」

「人類、いわゆる僕たちキレミミは、ビョーマを眠らせたあとに宇宙……つまり、星の海に去ったって言ってたけど」

「そうだぞ。それくらい、子供でも知ってらあ」

「そのあと、種神様が今の世界を創った、と」

「長い長い空白の時代を経てな。その間にこの星は活力をどうにか取り戻したんだ」


 そこで立ち止まったクゥロが、急に顔を近付けてきた。

 まるでにらむような、すごむような表情にイチエは思わず黙る。


「っていうか、キレミミさあ……何をどうやったら、この世界が壊れちまうんだよ。大昔に何があったか知らないけどさあ。種神様がいなかったら、終ってたじゃねえか」

「ま、まあ、そうだね」

「ひょっとしてお前たち、悪い奴とかなの? 大半はいなくなったからいいけど、他のビョーマも目覚めてきたりするのか? なあ!」


 言葉に詰まる。

 反論のしようがない事実で、その結果が今の世界だ。

 そして、やはり心のどこかで仮説に信憑性を感じ始めるイチエ。

 この世界は、短期間、わずか百年とちょっとで人類が食い潰した。何十億年もかけて生まれた大自然が、一瞬で白紙になったのだ。そして人類そのものも、謎のウィルスの出現によって滅びかけた。

 イチエが物心ついた時にはもう、滅びは止められない段階まで迫っていた。

 クゥロの問いかけに、なんて答えていいかがわからなかった。

 けど、イチゴがその言葉尻を拾うように話し出す。


「旧世紀の人類は、機械文明の時代になって急激に膨れ上がったんです。そして、地球の環境は急激に悪化、滅びの一途いっと辿たどりました。これはイチエさん一人の問題ではなく、眠っている方々だけの責任でもありません」

「お、おいおい戦乙女いくさおとめの姉ちゃんよう。いきなり難しいことまくしたてないでくれよ」

「す、すみません、クゥロさん。でも、確かに昔の人たちはおろかだったかもしれないです……それでも、愚かなだけじゃなかったと思うんですよ? 良かれと思う気持ちだって」


 その時、一同は唐突に森を抜け出た。

 視界が開けて、どこまでも草原が広がっている。

 もうすでに日は高く、クゥロの道案内もここまでのようだ。


「ま、変にからんで悪かったな。起きてるキレミミが珍しくて、つい」

「いいんだ、クゥロ。世話になったよ、ありがとう」

「この草原を抜けた先にも、遺跡がある。……ちょっと危険だけどな」


 それだけ言うと、クゥロはきびすを返していってしまう。

 森へと消える彼は振り向かなかったが、手を振りながら消えていった。

 そして再び、イチエとイチゴの二人旅が始まるのだった。

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