第5話「人ならざる者たち」

 ――キレミミ。

 その少年はイチエを見てそう叫んだ。

 そう言う彼は、いわばナガミミ……とでも言うべきだろうか。左右の耳が長くピンと立っている。どうやら興奮状態でとが逆立さかだつらしい。

 少年と言葉が通じることで、なんとかその場の緊張を抜けることができた。

 どうやらナガミミ(仮称)は好戦的な種族じゃないらしい。

 そして、仮にも何も、こういう種族をイチエは知っていた。


「凄い、本当にエルフだ……なんだか頭が痛くなってきたぞ、ここは本当に地球なのかな」


 そう、だ。

 男も女も容姿端麗ようしたんれい、すらりと細身で金髪に白い肌。そして、長い耳が特徴的だ。

 今、シェルターから歩いて30分程の集落にイチエたちは案内されていた。そこは500人ほどのエルフが住まう小さな村だった。

 その光景には、流石さすがのイチゴも驚いたようである。


「かなり原始的な暮らしのようですね。あちらに田畑が見えるので、農耕はしているようですが。住居はわら、そして紙……製紙の技術はあるみたいです」

「だね。で、クゥロ。僕たちをどこへ連れてく気だい?」


 イチエがクゥロと呼んだのは、先程の弓矢の少年だ。彼は狩人ハンターで、年の頃はイチエと同じくらいだ。金髪を短く刈り込んで、動きやすそうな上下のツナギっぽい毛皮を着ている。

 そのクゥロは、肩越しに振り返るが休まず村の奥へと歩いた。


「お前たちを長老に会わせる。この数百年、キレミミが起きて動き出すことなんてなかったんだからな!」

「なるほど、それは助かるな……色々詳しい話が聞きたいしね」

「長老様の前ではおとなしくしろよ、キレミミ! あと、そっちの戦乙女いくさおとめもだ!」


 イチゴはいい気なもので「まあ!」と嬉しそうに微笑ほほえむと、髪やら花飾りやらをいじり始めた。戦乙女と表現するからには、エルフたちはロボットに馴染みがないのだろう。だからって、伝説や神話の存在で形容するのも変な気がした。

 事実、なにがあってもイチゴは脅威的な戦闘力で守ってくれる。

 この短い旅路のなかでも、イチエは信頼を感じていた。

 そう思っていると、村の奥で大人のエルフたちが待っていた。

 その中心にいる人物だけが、仕立てのよさそうな布地の服をまとっている。周りは基本的に毛皮の薄着だから、恐らく長老だろう。


「よく来たな、キレミミ。私は村の長だ。心から歓迎する」


 スッと長老が手を挙げると、周囲のエルフたちはそれぞれ自分の仕事に戻っていった。皆、弓や槍を持っているが、木材に獣の牙や爪を用いたものばかりだ。

 とりあえずイチエは、日本の作法で感謝を伝える。


「長老、ありがとうございます。僕はイチエ、こっちの子はイチゴです」

「始めまして、わたしはウォーラック社製センチネル型ロボット、個体名イチゴです。形式番号は省略させていただきますね。美少女戦乙女という認識で大丈夫です」


 なかなか図太ずぶといことを言うイチゴを尻目に、早速イチエは言葉を選んだ。


「あの、長老……もしご迷惑でなければ、この村やエルフの歴史を教えていただけませんか。神話とか逸話、なんでもいいんです」

「ふむ、イチエとやら。知ってなんとする」

「僕は、とある薬を探して旅をしています。なにか手がかりが得られればと思って」

「……よかろう。では、私も問いたい。イチエ、お前もまた神話にあるビョーマなのかね?」


 ビョーマ、それはもしかしたら『病魔』だろうか。

 数千年後のこの世界でも、あの脅威のウィルスは災厄として記憶されているらしい。

 イチエは手短に、病気のことをかいつまんで話した。

 そして、はたと気付く。


「ん、しまった。長老さんやクゥロたちに伝染うつるな……この病気、空気感染するんだ」


 あいにくと、マスクの持ち合わせはない。

 それに、エルフたちに警戒の様子は全くなかった。

 その理由を長老が話してくれる。


「今から遥か昔、四季の巡りを七百と八十ほどさかのぼった時……以前にもキレミミは起きてきた」

「そ、それはもしかして」

「やはり薬を探していたが、この村に来て三日で死んだ。ビョーマ、伝説にうたわれし呪いのキレミミ。……しかし、イチエ。お前はビョーマであるにも関わらず、元気なようだが」

「ま、まあ、僕も同じ病気で……言うなればビョーマなんですが」

「我らの先祖は、村に来たビョーマを手当てし、最後は丁重に葬った」


 どうやら、過去にも何らかの手違いで起こされた人間がいたようだ。そして、やはりワクチンを求めてさまよう中、この村で一生を終えたという。

 看病してくれたエルフたちには、感染はなかったようだ。

 もしそういう記録があれば、今頃イチエたちは歓迎されていなかっただろう。


「あの、僕以外の人間……ビョーマ以外のキレミミを知りませんか?」

「見たことは、ない。ただ、神話にはこうある」


 長老が空を指さし神妙な面持ちを引き締めた。

 思わずイチエも、ゴクリとのどを鳴らす。

 心配に見えたのか、そっと隣のイチゴが手を握ってくれた。大きくて硬くて冷たい、尖った指の手だ。でも、イチエは感謝を込めて握り返す。


「かつて、世界は死に絶えた。大地はびてち、空は暗い雲に覆われ……そして、あらゆる生命は消えてしまった。その時、キレミミたちは星の海へと旅立った。呪われしビョーマを眠らせてな」

「星の海……宇宙? なんてことだ、シェルター内の無事だった人間は多分」

「やがて、この星に静寂が訪れ、忘却で清められた後に……種神様たねがみさまが降臨された」

「種神様?」

「左様。エルフのみならず、ドワーフやホビット、そしてあらゆる生命の創造主」


 少しくらりとして、思わずイチエは倒れそうになった。

 例の微熱が上がってきたような感覚もあって、実際に脳裏に僅かな痛みが走る。

 長老の語る創世の神話は、恐らくその一部が歴史そのものなのだろう。

 地球環境の急激な悪化で、あらゆる生命が絶滅した地球。

 人間たちもまた、謎のウィルスによって減少し……シェルター生活を余儀なくされた。閉鎖環境の中で感染者は冷凍睡眠処置がとられた、これがエルフたちの言うビョーマである。


「イチゴ、君のデータベースにはないかい? どうやら人類は宇宙に逃げ出したっぽいんだけど」

「……すみません、イチエさん。休眠状態以前のデータしか持ってなくて、わたし。今はサーバにも繋がらないため、スタンドアローンな記憶しか」

「そっか。まあ、今が西暦で何千年なのかもわからないしね」


 悠久ゆうきゅうときが過ぎて、地球は刷新さっしんされた。

 科学文明を忘れた、ファンタジーな世界として。

 その中で目覚めて今、正直イチエは途方に暮れていた。


「ビョーマならば、静養が必用……しかし無症状とな。ふむ。まあいい、村で休んでいきなさい。じきに日も暮れる」


 空を見上げれば、すでに日は傾いていた。

 もうすぐ、文明の明かりを忘れた夜が来る。

 イチゴのアドバイスもあって、イチエは一宿一飯いっしゅくいっぱんの恩に甘えることにするのだった。

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