第二話

 玄武国王族の越家の男子は代々「蒼」の一字を継承する。しかし何らかの理由で一族を追放されるときには越姓を剥奪され、「蒼」に通じる「藏」の字を新たな姓として賜るのだ。

 藏真は、夜が明けてもなお床の前に額ずいたまま微動だにしない越姓の青年——第一王子の蒼仁そうじんを冷たく見下ろした。

 否、彼が訴えた内容に即するなら元王子といったところか。堂々たる一国の王子、それも将来玉座を約束されている身でなぜ墨島に乗り込んだのかと問われた蒼仁が答えたのは、第二王子の蒼然そうぜんが起こした謀叛のことだった。

「父上は弑され、側近や忠臣、女官や宦官に至るまでが皆殺しにされました。私は世話役の機転で逃れることができたのですが……」

「それがなぜ墨島の首領を頼ることになるのだと聞いている。俺の問いに答えろ」

 ぎろりと睨みをくれてやると、蒼仁は途端に萎縮して言葉を失う。しかし蒼仁は、見かけ倒しかとため息をついた藏真に「それはあなたが私の伯父だからです」とはっきり答えてみせた。

「それに淪落りんらくの身となった私が本土にて味方を見つけることは不可能です。私が生きていると知れば蒼然は各地に精鋭を差し向けるでしょうし、見つかれば命はありません。ですがあなたは……かつて私に目をかけてくださった伯父上なら、誰にも悟られずに助けを乞うことができる。これに賭けるしかないと思って参った次第でございます」

 そう言った蒼仁に、しかし藏真ぞうしんは暗い眼差しを向けた。いかにも彼は玄武国の王でありながら、謀叛に遭って追放され、越姓を剥奪されて墨島に送られた身だ。王妃との間に子がなかったために、王位にいた頃はこの甥を可愛がっていたものだ——そのことを覚えていて、かつ似た境遇に落とされた蒼仁が墨島にいるであろう伯父に一縷の望みを託したというのは不思議ではない。不思議ではないだけに、彼は成長した甥の純粋な心に暗澹たる思いを抱かざるを得なかったのだ。

「俺を頼ってきたというが、自分の親がまさしく俺をここにぶち込んだ張本人だと忘れたわけではないだろうな?」

「もちろんです。ですが、」

「ならば話は終わりだ。出ていけ」

 藏真は冷たく遮ると、岩の寝台に再び身を投げ出した。目を丸くする蒼仁を連れ出すよう手下に合図を送ると、たちまち囲まれた蒼仁は「そんな、待ってください!」と悲痛な声で叫んだ。

「伯父上、私は父上が何をしたかは重々承知の上で参ったのです! どうか話だけでも聞いてください!」

「連れ出せ。耳障りだ」

 藏真は目元を歪めたままぎろりと手下を睨む。しかし蒼仁は両側から腕を掴まれ、引きずられかけてもなお、細い体をしつこくよじって包囲を逃れようとした。

「しつこいぞ、ガキ!」

 手下の一人が声を荒げ、蒼仁を地面に投げ飛ばす。蒼仁は身を起こすとその場に土下座して藏真に助けを乞い、藏真が手下を引き上げさせてもなおその場を動かず、なんとそのまま一夜を明かしたのだった。



 蒼仁そうじんは土下座したまま死んでしまったかのようにぴくりとも動かない。藏真がのそりと近づいて、革靴の爪先で背中をつつくと小さく呻き声がしたものの、絶対に頭を上げようとはしない。

「いつまでやる気だ」

 呆れ半分に声をかけると、

「あなたが話を聞いてくださるまでです」

 とくぐもった声が返ってくる。

「それほどまでに俺の助けが欲しいか?」

「もちろんです」

 これでは堂々巡りだと、藏真はあからさまにため息をついた。一国の王から罪人の王に成り果てた自分にここまで期待を寄せる者がいたのかと思うと逆に笑えてさえくる。

「それに、私はただ自分が正当な地位を取り戻すためにあなたを利用しようと思っているのではありません。あなたが無償で仇討ちを手伝ってくださるなど、そんな甘い考えでここに来たのではありません」

 その言葉に藏真はぴくりと眉を跳ね上げた。同時に違う反応があったことを悟ったのか、蒼仁は恐る恐る顔を上げて藏真を見る。その目には、今までの言葉にたがわぬ決意と覚悟が光となって宿っていた。

「私は父上が真っ当な方法で王座に着いたのではないと知っていますが、一方で父上から受けた恩を無下にはできません。父上が蒼然そうぜんに討たれた今、私の望みは弟に父親殺しの報いを受けさせることです。他には何も必要ありません……お力添えをいただいて仇討ちに成功した暁には、弟から取り戻した王位を伯父上にお返しすると誓いましょう。その後については、私を宮中に幽閉するも市井に放り出すもあなたの自由です。この越蒼仁えつそうじん、どのような処遇でも甘んじて受け入れる覚悟です」

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