うまなちゃんと愛玩機械人形

　今では普通の人間とアンドロイドを見分ける方法がほとんどないと言っても良いと思う。そもそも、私を含めほとんどの人間も体の一部を機械化するのが当たり前になっているので純粋に生物として完全に人間だと言える人の方が少ないのだ。この国では王家の人間を覗いてしまうと純粋な人間なんて片手で数えても余ってしまうのではないだろうか。

　そんな私も左目と右腕が機械になっているのだが、私の家はあまり裕福ではないという事もあってどう見ても純粋な人間には見えない。でも、私と同じような境遇の人はたくさんいるので気にしたりなんてしていない。そんな事を気にしていたら私はこの年まで生きる事すら出来なかっただろう。

　それに、私はこの左目と右手の機械を気に入っているのだ。私が右手で触れている相手を見るとどれくらい凄い機械を使っているのか知ることが出来る。どんなに威張って偉そうにしている人だってそこまで高価な機械を使っているわけではないという事を知ることが出来るので、ほんの少しだけ私は心に余裕を持つことが出来ているのかもしれない。

「今日もありがとうね。愛華ちゃんはいつもウチで買ってくれているからさ、ちょっとだけおまけしといたからね。本当はもっとサービスしたいんだけど、こんなご時世だからそれくらいで勘弁してね」

「こちらこそいつもサービスしてもらってありがとうございます。また来週買いに来ますね」

　なじみの店で買い物を済ませた私はいつものように揉めている人達のそばを通り抜けようとした。揉め事に関わってもロクな事にはならないという事は知っているのだから自分から揉め事に首を突っ込むような事はしない。何より、大きな声で威嚇しているのはこの辺りでも札付きの悪党で生身の部分を壊すことを何よりも大好きな野蛮な男なのだ。

「おめえはこの辺で見かけない顔だな。誰に断ってここにやってきたんだ？」

「ここに来るのに誰かの許可が必要なんですか。それは知らなかったです。誰に許可を取ればいいんでしょうか」

「そんなの決まってるだろ。この俺様に頭を下げてその頭をそのまま殴らせろ。そうしたらここを通ることを許可してやってもいいぞ」

「俺様って、いったい何様なんですか。私はあなたの事知らないんだけど」

「俺の事を知らないって事はお前はよそ者だな。俺もお前の事は見た事が無いかもしれないな。でもな、俺の事を知らなかったというのはお前の勉強不足でしかないんだよ。そのことを後悔してももう遅いからな。俺の言う事を聞かなかったお前は俺のストレス解消のオモチャになってもらう事が確定している。一通りお前の事を破壊した後は俺様専用の愛玩機械人形にしてやるからな。楽しみにしとけよ」

「ごめんなさい。あなたの言っている意味が何一つ理解出来ないんだけど。いったい誰なんですか？」

「知らないなら教えてやるが、いまさら後悔しても遅いからな。俺様は栗鳥院燦の字。この街の支配者様だ」

「いやいや、そんなわけないじゃない。あなたみたいに下品な人が栗鳥院家の人間なわけないじゃないですか。栗鳥院家と言えば栗宮院家と並ぶ由緒正しき家柄ですよ。そんな栗鳥院家の人間があなたみたいに下品なはずがないですよ。栗鳥院家の名前を騙るのは良くないと思いますよ」

「うるせえ。俺様が栗鳥院燦の字だってのはこの場にいるお前以外の人間はみんな知ってるんだよ、良いからお前は俺様に逆らったことを詫びてその頭が地面に擦りつくまで下げるんだよ」

　相変わらず意味の分からない要求を通そうとするもんだ。でも、この前の人は生身の腕を要求されていたのだからそれに比べたら頭を殴らせるくらいなら軽いのかもしれない。そんな風に思ってしまうのは異常な事だとは思うけれど、ここでそんな事を考えても何も変わる事なんて無いのだ。この辺りの常識もルールも栗鳥院家によって決められてしまっているのだ。このガラの悪い男は栗鳥院燦の字と言って、頭のおかしい栗鳥院家の中でも群を抜いて頭がおかしい男なのだ。

「頭を下げて殴らせろなんて頭がおかしいんですか。この辺は頭のおかしい人が仕切っていると聞いていたんですが、私が聞いていた以上にあなたは頭がおかしい人だったんですね。そんな事をして何か意味があるんですか？」

「俺の事を頭がおかしいって面と向かって言う勇気には恐れ入ったぜ。でも、それは勇気って言うんじゃなく蛮勇なんじゃないかな。ちょっとは相手を見てから言葉を選んだほうがいいんじゃないかな。頭を殴るだけじゃなくて、頭の中身を頂くことになっちゃうかもしれないからな」

　燦の字は頭を下げようとしない女性の頭を掴もうと機械の右手を伸ばしていた。女性はその腕を避けることもせずに頭を押さえつけられているのだが、女性も燦の字も全く微動だにしなかった。燦の字は顔を真っ赤にして頭を押さえつけようとしているのだけれど、どんなに力を入れても女性の体はピクリとも動くことは無かった。

　その膠着状態がしばらく続いていたのだが、無理矢理力を入れていたからなのか燦の字の機械で出来た腕はギシギシと軋む音を立てたと思っていたらそのまま粉々に砕け散ってしまった。機械の腕にどれだけの負荷がかかっていたのかわからないが、見事に粉々に砕けているところを見ると物凄い力が集中していたという事だけはわかってしまった。

　見守っているギャラリーからは感嘆の声が漏れていたのを聞いて私も思わず喜んでしまいそうになってしまったのだが、栗鳥院燦の字の取り巻きの連中に見つかってしまった声の主は燦の字の前まで連れていかれると機械で出来た足を根元から奪われてそのまま栗鳥院燦の字の腕として利用されてしまった。

「いったいどんな技を使っているのか知らんが、俺様の腕を壊したことを後悔させてやるからな。お前はこのまま生きてこの場を去る事なんて出来ないと思えよ」

　栗鳥院燦の字は綺麗に腰が入ったストレートを女性の顔面に叩きこんだのだ。どんなに頭に来ていても大振りにならずに的確に顔面を打ち抜こうとするのは凄いことだと思ったのだけど、先程の腕と同じように栗鳥院燦の字の新しい腕は再び粉々に砕け散ってしまった。それを見た女性は眉一つ動かしていないのだが、一体どんな装甲だとあんなに一方的に相手だけを破壊することが出来るのだろうか。私にはそこが気になってしまい、あの女性が無事この場を切り抜けることが出来たらその秘密を知りたいと思いながら見守っているのだった。