うまなちゃんと愛玩機械人形 第二話

 栗鳥院燦の字はその後も近くにいる人達の体を奪い取って同じように何度も何度もお姉さんに立ち向かっていた。どんなに攻撃をされてもお姉さんは微動だにする事も無く、栗鳥院燦の字を冷めた目で見ているだけだった。

 野次馬の中に混じって見ていた私の腕も栗鳥院燦の字に奪われそうになってしまったのだが、私の腕は左手に合わせて一番細いタイプの腕であるからなのか栗鳥院燦の字に奪われることは無かった。私の隣で見ていた人はいかにも力の強そうなタイプだったからなのか機械化されている両手と左足を奪われていて可哀想だった。奥さんらしき人に支えられながらその後も見守っていたのだけれど、自分の手足が目の前で壊れていく姿を見るのはいったいどういう思いなのだろうか。私は隣に目を向けることが出来なかった。

 しばらく続いていた栗鳥院燦の字による略奪と自損事故と言っても良いような行動は唐突に終わりを迎えた。手足を失った栗鳥院燦の字の顔をおもむろにつかんだお姉さんはその細い腕で栗鳥院燦の字の体を持ち上げると、ぬいぐるみを振り回すように栗鳥院燦の字の体を左右に大きく揺さぶっていた。

「すいません。いくら意味のない攻撃だったとしてもさすがにやられっぱなしだというのはイラっとしてしまうんだよね。でも、これだけ攻撃出来たんだからもうそろそろ反撃しても文句とか言わないよね。って、気絶しちゃってる?」

 お姉さんに顔を掴まれた状態の栗鳥院燦の字の体はどこにも力が入っていないのかだらりと垂れ下がっている状態になっている。お姉さんは栗鳥院燦の字の体をゆっくりと地面におろして横たわらせると、そのまま栗鳥院燦の字の呼吸を確認しているようだった。

「ねえ、誰かこの人の事任せても良い人いるかな。これだけ偉そうな人なんだから付き人とかいるんでしょ。私はもう何もしないからこの人の事をお願いしたいんだけど」

 栗鳥院燦の字は自分の強さに自信を持っているのでいつも一人で行動をしている。あれだけ攻撃しているのに何も効果が無かったのはそれだけ二人の間に力の差があるという事を表していたと思うのだけど、それを感じていた誰かが栗鳥院家に栗鳥院燦の字の惨状を伝えていたようだった。

「おい、お前はいったい何をやったんだ。このお方が誰かご存知なのか」

 誰も栗鳥院燦の字に近寄らなかった事もあってお姉さんは栗鳥院燦の字を心配そうに見守っていたのだが、そのお姉さんに声をかけたのは栗鳥院燦の字を介抱しようとした人ではなく栗鳥院家が抱えている施設軍隊の人達であった。

「栗鳥院燦の字って名前を名乗ってたけど、こんなに下品な男が栗鳥院家の人間だとは思ってなかった。でも、本当に栗鳥院家の人間なの?」

「まあ、燦の字さんはお前が思っているような人間なのは否定出来ないが、間違っていない事だけは確かだな。そのお方は間違いなく栗鳥院燦の字だ。燦の字さんがやったことは大体聞いて理解してはいるんだが、お前がやったことはちゃんと償ってもらわないといけないのでついて来てもらえるかな。もちろん、お前に拒否権は無いのでついてきてもらうことにはなるんだが、大人しく着いて来てくれれば手荒な真似をしなくて済むのでこちらとしても助かるんだが」

「別に私はこの人に危害なんて加えたつもりはないんだけどな。むしろ、あれだけ無抵抗で殴らせてあげたんだから文句とか言われたくないんですけど。ねえ、見てた人達もそう思うよね?」

 お姉さんのその言葉を聞いてみていた人達は一斉に施設軍隊の人に向かって暴言かとも思えるような反論を繰り返していた。普段は誰も栗鳥院家に逆らう事なんて無いので異様な光景に思えたが、それもこれもあのお姉さんが栗鳥院燦の字よりも圧倒的に強いという事も影響しているのだろう。私もお姉さんがあれだけ栗鳥院燦の字の攻撃に耐えられた姿を見ても軍隊のどんな攻撃にも耐えてしまうのではないかという期待感もあったからお姉さんが負けたりしないと持ってはいた。でも、あのお姉さんが栗鳥院燦の字よりも強いのは確かなのだが、肝心のお姉さんが私達のために何かをしてくれるという保証はないのだ。

「ほら、見てた人達は私が何も悪くないって言ってますよ。それでも私を悪者にしたいって言うんですか?」

「俺達はただお前に話を聞きたいだけなんだ。別にお前をどうこうしようってわけではないんだよ。まあ、お前がいったい何者で何の目的があってここにやってきたかという事を知ることが出来ればそれでいいんだが」

「私が何者かって事を知りたいんですか。そうですよね。私が誰かわからない状況ではそちらも私を無罪放免と言うわけにもいかないんでしょうね。良いですよ。でも、あんまり大きい声で言いふらしたりしないでくださいね」

 お姉さんは鞄の中を見せると集まっていた軍人さん達はそれを確認して話し合った後に栗鳥院燦の字を抱きかかえると乗ってきた車に乗せて帰って行ってしまった。一人残されたお姉さんはなぜか私の方へと駆け寄ってきた。

 お姉さんは小さく手を振りながら私の事を真っすぐに笑顔で見て駆け寄ってきた。すぐ隣にいた人達はお姉さんから逃げるように私から少しだけ離れて距離をとっていった。もちろん私はこのお姉さんの事なんて知らないのだけど、今まで見ていた無表情なお姉さんと違って満面の笑みを浮かべている姿を見ると少しだけ背筋に寒いものが通っていったように感じていた。

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